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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十七章:因果は偶に、思いもよらない巡り方をする

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468.因果は何事にも報いてくれる

「ほい抜いたー!どうだ見たか!見た見た!?」

「ええ、しかと」

「お前から掴まれた力が体に掛かるのを逆らわずに凹ませて、骨までロックされる前に腕を抜く!っしゃあ!これで俺にはもう関節技は通用しねえ!」

「良かったですね」

「へっへっへーん!もっと褒めてくれても良いんだぜ?」

「偉い偉い。頭を撫でてあげましょう」

「ゲッ!?いつの間に後ろからくびをグェッ!!」


 調子に乗ってたら〆られました。

 日魅在進です。

 本日の夢の背景は、“精螻蛄トゥイッチン・ウォッチン”の低層、アーケード商店街らしきどこかでお送りしております。


 最近はカンナの分身体——なのかも微妙だけど詳しくは教えてくれない——と組み手をして、実戦で使う「脱力」技術の精度を上げています。

 ちなみにカンナは、救世教の修道服の色を反転させて、黒をメインにしたみたいな、謎の格好をしています。


 俺そんな冒涜的な衣装知らないんですけど。

 しかも腕は半袖、脚部分にはスリット入り、肌着代わりに縦ラインが入ってテラテラしている、黒いラテックス製の全身スーツ。

 ………マジで知らないんですけど。それ本当に俺の記憶か?


「これは……私の記憶です、恐らく」

「『恐らく』なんだ……?」


 ってことは、こういう服着た人が、歴史上どっかに居たってこと?

 ほぼ変態だぞ?

 あ、ごめん、「ほぼ」要らないわ。変態だわ間違いなく。


「ススムくんが好きそうでしたから、窮屈な思いをして着てあげましたのに」

「何をどう見てそう判断した!?っつーか肌という肌にぴちぴち張りついてるのはいつもの格好でもそうだろ!とか以前にまずお前に『窮屈』とか感じる実体が無いだろ!」

「順番にご指摘ありがとうございます」

「ややっこしいなあ!」


 なんで俺ツッコミスキルみたいなのも指導されてんの?ここはお笑い養成所か何かか?


「それで、承前しょうぜんのお話に戻るのですが」

「どこまで?」

「あなたが諸々を『受け流せる』ようになって来た事について」

「あ、そっからね」


 ほら見ろ話しの筋立てがこんがらがってやがる。


「例の選別遊戯の最中も、あなたは自然体のまま、余計な力を入れずに戦闘を遂行していました」

「えっと、ああ、アンチコメント総スルーしてた時の奴ね」


 確かに、これまでああいう悪意を前にした時に、大なり小なりどこかにあった、耐える為に食いしばるような、そんな痛みが現れなかった。本当に、馬耳東風って感じ。


ぎょうの成果は、出ていると見ていいでしょう。あなたの自惚れなどでなく」

「っっし……!」


 拳を胸あたりの高さで握る。

 かなりの難問だったが、どうやら突破したみたいだ。


「但し」

「た、ただし?」

「交渉(ごと)の不得意は、思いの外改善が見られません」

「あー、うん、それは思った。俺って顔に出やすいのそのまんまだよな……」

「ススムくんの場合、色香を前に理性が軟弱なだけかと」

「反論出来ない事実で殴るのやめて?」


 俺は、女の子に弱い!

 もうマジでアホみたいにゲロ弱い!


「残りの目立った改善点はそこですね」

「そこなんだ!?えっ、でもそれ、イリーガルと戦う事に関係なくない?モンスター相手だぜ?」

「黄金色の髪に目移りしていた方の言葉とは到底信じ難い言い草ですね」

「さようでございますりました」


 奴らも色仕掛けの一つや二つ、その気になったら平気でしてくるって話。


「少々突貫工事になりますが………」

「………おい!?そこで止めるな!?怖いだろ!?」

「まあ、いいでしょう」

「良くない!もっとソフトランディングで行こうよ!?正直年単位でも治る気がしないって言うのに!」

「はい、静かに」


 カンナが右手の人差し指をこちらに向けた。

 ペリペリとスーツの表面が剥がれ、手の甲にある十字を孕んだ八芒星が露出する。


「“ヤツカ”」


 俺は空中高く放り投げられた。


 慌てて魔力で制動しようとして、だけど息が出来なくて、瞬きくらいしか自由にできない状態で、小さな人形みたいに回転軸を絶えず揺らしながら、コロコロ回り墜ちて行く。


 視界を何度も掠める景色。

 “精螻蛄トゥイッチン・ウォッチン”の内装から、教室の中のように塗り替わっていく地上。

 そこに小柄な胴体が倒れていた。

 それには首から上が無い。

 

 その瞬間、手足や胴の感触が、スイッチでも切るように落ちた。

 

 なるほど、そういう事かと、ストンと俺も腑に落ちたし、


 物理的にも比喩的にも、思考がそのまま落ちてった。







「んぐっ!」


 目が覚めた。

 暗い。

 まだ夜か。

 ひでえ方法で起こしやがる。

 

 まっ、カンナに人間への配慮なんてないのはいつもの事だ。

 俺はまず二度寝をするべきかしないべきかという難問に向かい合うべく、時計を見ようとスマホに手を伸ばし、


 動かない。


 って言うか、なんか、苦しい?


「あれ、ススムくん」

「カン、ナ……?んあ……?」


 これ、暗いのって、夜だからってより、

 閉じてる……?


「ど、どういう……?俺、夢から覚めたんじゃ……」

「誰も一言も、そのような事は言ってませんよ?」


 真っくろの中で、塊が動いた気配。

 その後ろから、橙色が入って来る。

 隅まで薄っすら染めて、そこが狭い箱型だと知らせてくれる。


 俺の目前で動いていたのは、カンナの顔だった。

 でもなんか、違和感がある。

 大きい。

 遠近法で説明できないほど、彼女の頭が、

 違う。

 俺は自分を四方から潰しているのが、彼女の肉体だと気付いた。


 巨大なカンナが、胸と脚の間に俺を挟み、拘束している。


「ここ、どこ、だよ……!?」

「教室の、荷物棚の中です。ススムくん、こういう状況に憧れがあるでしょう?」

「なっにぉをう……!」


 悔しいが、興味が無いと言えば嘘になる。

 ロッカーの中に女子と二人みたいな、定番のアレ。

 ただ、こんな怪物に喰われるみたいな感じじゃなくて、もっと甘酸っぱい奴を夢想してた筈なんだけど。

 これ、絶対カンナの独断で、脚色入ってるよね?


「はい。ではここから抜け出してみましょう」

「この、状態から……!?」

「出来ますよね?」


 出来る。

 出来る筈だ。

 いつも通り。

 いつも通りにやれば。

 さっきもやったじゃないか。

 なんてことない筈だ。


 まず自分に掛かる力を把握し、何処をどう挟まれてるか解析。

 顎の下に、ツルツルしたゴムの感触。

 カンナの格好はさっきと変わっていな………

 いいや待て、首の後ろから来る、スベスベした上等な布。

 

 ぞろり、ぞわり、

 現状理解が脳まで這い上がり、俺は恥ずかしさに震えてしまう。

 内側だ。

 俺は修道服とラバースーツの間に挟まれているんだ。


「ほおら、どうしました?変な力の入り方を、していますよ?」

「おま……ふざけ……!」


 衝動。

 この状態の見てくれの悪さを客観視して、全身がホカホカと沸騰する。

 それではいけないと分かってるのに、力づくで抜け出そうとしてしまう。

 肌がてかてかの滑面かつめんねぶり合い、触れこすった所がぬかるんで、やわっこい刺激と共に手足に付着したと錯覚。


 心の中でその感覚を、自分の肉にり付け、練り付け、沁み付けようとする欲が生まれてしまう。

 快さが脳芯にこびりついて、離れてくれない。


「仕方ありません。もっと分かりやすくしますか」

「ま、まって、よけいなこと……!」

「こ、れ、で……どうです?」


 ねちねちねちと、

 腕か、脚か、

 彼女を構成する柔曲じゅうきょくの内の何処かに、より強い力が加わる。


 頭以外の、俺の全身、そこに触れていた空気が、吸い出されたのかと思った。

 水も漏らさぬ、粒一つ入り込めない濃密着。

 耽美という言葉を融かした液体が、温泉となって首まで満ちたみたいだ。

 

 温かみが腹から昇り、ゾクつきが背中を撫で降りる。


 上限一杯振り切れてもなお注ぎ込まれる多幸。

 頭の奥から来る酔ったような痺れが蓄積されていく。

 脳がホルモンの代わりに、甘々なお酒でも作って、スポンジみたいに吸い上げているように、どろりと重い桃色が、受容細胞をぷちぷち潰す。

 

 脊椎に、骨髄に媚蜜びみつが注入され、体熱がじんわり広がり渡る。

 内と外から信号電流さえ蕩かす粘膜に挟まれ、蛇の腹で密閉消化されているかのように、息詰まるえつを逃す行き場がない。

 

 そんな、ミシミシと骨まで平らに畳む、残酷非道な、圧潰あっかいにも至る禁縛きんばくの中、


「そろそろ、こなれてきましたか?」


 愁いの斜陽を受けながら、優しく細まる橙の瞳。

 大きく曲げ上げられてはおらず、けれども“わらっている”と分かる口の端。


 一滴垂らされる慈慕じぼの味。


 それを探り当てた途端、力が抜けていった。

 どこからも締まりが失せていき、歯の根を閉じ合わせる事すら満足にいかず、無様に痙攣するばかりで、何一つ用をなさなくなった。


「この記憶が、少しは防壁として、機能するでしょう」


 理屈とか取捨選択とか、そういう盾を失って、丸裸にされた心を、直接抱き締められている。


「これは、念の為、です」


 言葉の意味は分からず、それと共に吐き出される麗風れいふうを、


「私のこと、迎えに来てくださいね?」


 甘味かんみに溢れた朝露を、

 遮らず舌から伝い呑む感魅かんみを、


「待っていますから——」


 ごくりと視床下部で堪能して——




——いつまでも




 り抜かれた。


 そう思った。

 目蓋から眼窩までを、すーすーと風が吹き溜まる感覚。それがあったから、思ったのだ。

 前触れや音を伴わず、俺の意思などお構いなしで、

 奪われたのだと。


 そこまでは理解できた。


 そこまでは憶えていた。


 そこから先は、


 何一つも無い。


 赤黒く燃える絶痛ぜっつう


 憎悪が、


 俺の全身を塗り替えてしまった。

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