465.それ以外、先は無いと思ったんだ part2
例えば、土木関係。
土の下、摩天楼の上、
肉と骨に掛かる軋みと、
設計を狂わせてはいけない重圧と、
踏み外したら命が飛ぶ緊張と、
家を、道を、国を作るという行為が持つ重みに、
踏み潰されるようになりながら、
耐えて、作って、耐えて、また作って、直して、作って、
未来が載った指先を震わせ、
脳も筋肉もフル稼働して………
白茶けたタオルで汗を拭うのを、
道行く父母が鼻を抓んで、
我が子に善意からこう言うのだ。
「あんなのにならない為に、しっかり勉強しなさい?」、と。
例えば、教師。
休み時間も一人の時間も、全て費やす数十人分の業務。
専門外の活動の顧問を強制され、頭を働かせる余裕も欠落していき、
一人一人に本気で向き合うとリソースが足りず、
機械的にやれば非難の対象となり、
基本的な躾すら生徒の親から押し付けられ、
子ども達が自主的に迫害を起こした時点で失点にされ、
時間外労働ばかりなせいで給料は多くならず、
国の将来そのものを作る、不可欠な役目だからと逃げられず、
どこかでモラルハザードが叫ばれれば、元凶として石を投げられ、
かと言って重宝も優遇もされる事のない、板挟みの孤立位置。
子ども達を大事に思う余りか、
単に過労と心労の耐荷重が降り切れたか、
折れてしまった者に人は言う。
「責任感の無い世間知らずめ」、と。
例えば、政治家。
考えるのが面倒な人間達の代わりに考え、
責任を取りたくない人間達の代わりに矢面に立ち、
そう在る為に顔を晒し、
身辺常に整えて、
息抜き一つをサボりと憎まれ、
何かを楽しめば厭らしいと嗤われ、
呼吸も苦しい閉室に詰め込まれ、
昏倒の淵で侃々諤々《かんかんがくがく》。
日頃は無関心な俄か主権者が、
唐突に張り切って繰り出した、
直感だけに依る無為な中傷、
世間はいつもそれに味方して、
胃液で焼かれ辛酸を嘗めて、
せめて報酬で富もうとしたら、
カメラを突き付け民が言う。
「卑怯な金だ取り上げろ」、と。
——どれも、いい!
どれでも、彼に似合っているように思えた。
泣きっ面にアナフィラキシー。
その弱り目に更なる祟り。
人がのうのうと食っちゃ寝できる、そんな世の中を支える裏方。
けれど居場所が縁の「下」だから、誰からもうっすら見下されている。
人間より、むしろロボットや部品として、軽んじられている。
そういう損な役回りこそ、
彼が身を置くに相応しい。
大きな苦しみが、彼に相応しいヒロイックさを持たせてくれる。
ただ、今挙げた例達は重要であるが故に、「成る」だけでも簡単じゃない。
まともな学歴が手に入りそうにない、
いや、まず漏魔症に罹ってしまっているせいで、普通の就職すら不可能に近い彼には、どれも実現が厳しい道だ。
もっと簡単に、誰でもレベルで成れる中で、
社会だとか国だとかを背負わされるのに、
人からは卑賎な業種だと見られ、
自分を理解しない敵の為に、
身を削らなきゃいけない生き方。
寸分の狂いも許されない専門性と、見合わない蔑視。
何があるだろうか?
中学一年生当時、彼女はその事ばかりを考えていた。
「将来かあ……」
「10年後って、遠過ぎて想像つかないよねー」
「確かに、今までの人生のほぼ2倍だもんね」
女子グループの一員として、出された課題について教室で雑談をしていた時のこと。
「あっ!ハイハイ!私、配信者になりたいっ!」
頭の軽い一人が、そんな事を言い始めた。
まあ中学一年生なんて、小学生に毛が生えた程度の精神しか持っていない。
こういう無神経さが、普通なのかもしれない。
「確かにカッコイーけどさ、競争率高そうじゃない?」
「私カワイイから行けるって!」
「あー、確かに!」
何が「確かに」なのかは分からないけれど、彼女は取り敢えずお追従を言っておいた。
少女達の社会にとって、「共感」こそが法だ。
「みんなが同じ思いを共有している」、そういう空気を演出し、互いに本気で信じ込めるように場を整える、その共同作業。
幻想を醒まそうとする者が居れば、「女子」の枠から追放され、「ブス」か「陰キャ」か「オモチャ」に格下げ。
「かのとちゃんはどう思う?TooTuberとか、良くない?憧れない?なくなくない?」
「良いと思うよ?ザ・非日常って感じで、あれを職業に出来たら楽しそうだし、最先端を走ってる有能女子!って自慢できるかもね。大人じゃないとか、男女とか、関係無く稼げるのも魅力的」
「でしょでしょー!?」
身動きが取りにくくなると煩わしいので、彼女も無難に合わせている。
本当はあれにも、独自の苦しみやらリスクやら惨めさやらが付いて回るし、あんなもの目指す奴ばかりになると、足下を固める基幹事業者が絶滅しかねないので、正直ほどほどに火が落ち着いて欲しいと思っている。
が、口には出さない。
今はみんなで楽しく馴れ合う時間なのだ。
それにあのトレンドにも、悪い事ばかりじゃない。
人間社会の平和を成り立たせながら、構成員が目を逸らしがちな職業に、スポットライトを浴びせるような、功罪の「功」も持っていることは認めないといけなくて——
——!!!
「ところで、みんなは何系のジャンルを見てるの?」
「私美容系!」
「ゲーム実況!ちょっと待って、今写真出すから」
「Vtuber!おもちゃでハシャぐおもしれーイケメンが居るんだ!」
「私のあれは……グループ系?って言うんだっけ?色々やってる人」
「この前凄い装置みたいなの作る人が『おすすめ』に流れて来てさあ!」
「ほら見て見て!顔良くない!?遺伝子天才じゃない!?」
「確かにかっこいいよね」
彼女はさりげなく斜め左後ろ、教室の隅で位置を固定されている席の様子を窺う。
「でも私、思うんだ」
机の上に突っ伏したままだ。
だけど臆病な彼が、こんな敵ばかりの場所で、眠る事が出来る筈がない。
誰がいつ、ストレス解消の為に矛先を向けるか、分かったものじゃないから。
「一番はやっぱり——」
ちょっと頭が浮いた。
反応している。
気になっている。
聞こえている。
「ダンジョン配信系かなって」
「あー!最近ドカン!って流行って来たよね!」
「へー?いがーい!かのとちゃんそーゆーの好きなんだー!」
「だって、あの人達が、今も私達を守ってくれてるって事でしょ?そう考えたら、格好良いなって」
「確かにー!」
「あれも結構イケメン多いよね!海外とかにも一杯いるし!」
「強いし、しかも魔法とかのビジュまでエグい人居るよねー!」
「無料で映画見てるって感じでコスパの味方だよね!」
「みんなどう?綺麗な魔法を使うつっよい騎士様に、守られてみたくない?」
「わーかーるー!私は王子様系の女の子でもいーけど!」
「そう考えるとヤバッ!メロくなってきた!」
自らで作った盛り上がりを余所に、彼女は背後の彼に語り掛ける。
——さ、どうしよっか?
——君にとって一番大切だった人が、潜行者を尊敬してるよ?
——素晴らしい職業だって言ってるよ?
——でもあんた、漏魔症だもんね?
——漏魔症がダンジョンなんかに立ち入ったら、一発で死んじゃうよね?
——でも他にあるかな?
——あなたが出来る事、就ける仕事、自己肯定出来る場所、
——そんな都合の良いもの、
——他に、見つかるかな?
十叶叶十は、中学二年生に進級した。
日魅在進は、学校に来なくなった。




