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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十七章:因果は偶に、思いもよらない巡り方をする

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465.それ以外、先は無いと思ったんだ part1

 この世界では、今こうしている時も、様々な悲劇が起こっている。

 

 それは人の手で作られているけれど、作った者の手で変えられないと言う。

 では、彼ら当事者がそれを変えられないなら、余裕のある人間が、手助けをするしか方法はない。


 それでは、余裕のある人間とは誰か?

 そんな人間はいない。

 誰だって持てるリソース全てを使って、明日をしぶとく生きる為に、今日の束の間を楽しんでいる。

 

 どれだけ過剰に思える財だって、風の一つでも吹けば飛び去る。

 安心の為に溜め込んで、それでも真の満足などなく、永遠に失う恐怖と暮らす。


 本当は、助け合える世の中の方が良いのだ。


 貧民を救うのは、テロリストにしない為。

 他人の神を認めるのは、自分の正義を否定させない為。

 見知らぬ研究にお金を使わせるのは、想像だにしない災いと戦う武器を増やす為。

 互いが互いに、それなりの距離を取って線を引いて、一部だけ支え合いつつ過度に操ろうとはしない。そういう尊重のし合いが、各地に同時に存在すれば、地球は平和に丸く収まる。

 他者に構い、他者を想う人が多いほど、生死の間の余裕は伸びる。


 だけど人は、そんなに強くはなれない。

 自分が手に入ったかもしれない何かを、黙って差し出す事が出来ない。

 それがある方が、より安心だから。

 自分が我慢したら、相手から取られるから。

 相互に不安と不信を抱いて、奪って奪われてを繰り返す。


 彼ら全員がそれを同時に止めれば、夢を完全無欠で手に入れる事を諦めれば、この世から地獄は消えてなくなる。

 しかしそれをするには、人間は弱過ぎる。

 そして人間はそれなりに賢いから、相手も弱い事を知っている。

 相手がその手を止められない事を、知っている。


 圧倒的な暴力に膝を屈した日、彼女はそれを思い知った。

 人が人に虐げられる理不尽は、強弱の不均衡から来るものじゃない。

 人が全て弱いから。

 自分の事以外まで手が回らないほど怠惰だからだ。


 保護者からの要求にも、ある程度ノーを言わないと、いつかより大きな面倒を背負い込む。

 積み上げられた決まりに背いた、暴れん坊のやり方で解決するのを拒まないと、明日には自分が即席の理屈で叩かれる。

 だから、彼女に味方した方が良い。

 明日の我が身の為に、今日から行動するべきだ。


 だけど、彼らは今、この瞬間に辛くなりそうだから、痛くなりそうだから、

 だから手を出そうとしない。

 自分がやったとして、他の誰もやってくれないんだから、

 起こる変化とは、自分が傷つくだけ。

 やる意味がないと確信している。


 それらが詰まった底が、無法が日常を侵食するのを、黙って突っ立って見ているのみな、行動をしない“賢人”の群れ。


 自分もみんなも弱いんだから、変えられるものなんてないと責任から逃げる。

 手段はあった筈なのに、運が悪い、人間が弱いのが悪いと諦める。


 そして諦めれば諦めただけ、本当に理想が離れていく。

 本当に弱くなっていく。




 人間は、強くならないといけない。

 その為には、「強く成れる」と示さないといけない。

 御伽噺の中だけじゃなく、本物リアルの人間にも、「強い」人が居るのだと、

 幾万もの論証にも勝る、一見いっけんによって実感させる。


 賢者だけが紐解く歴史でなく、愚者すら触れ得る経験として、

 「強い人」を見せなければならない。

 弱い事を「仕方ない」と、言い訳させない現実を見せるしかない。




 その第一号に一番近いのが、日魅在進なのだ。




 彼女はそう確信する。

 少なくとも、彼が見える周囲一帯、

 それだけでも、変える力を持っている。


 光を、

 星の曜光ようこう余人よじんに浴びせるには、

 偽物の眩しさを遠ざける事だ。

 

 炎と共にある不夜の暮らしの横で、真の夜空を仰ぐ事は出来ないのだ。

 満ちる大気のレンズの下で、本物の輝きに触れる事は出来ないのだ。


 切り離す。

 彼の手から一つ残らず、紛い物の救いを、奪い尽くさないといけない。

 光を紛れさせる発光物を、不純物を、取り上げなくてはならない。


 幸いにも彼は今、()()()()()()()()()()()()()()()()

 世界で最も不運な立場に、追い込まれようとしている。

 無一文に堕とすなら、ここしかない。

 彼女以外の世界全てが、彼に悪感情を向けている、今だけしか。


「あんたの態度、ずっとムカつくのよ!」


 彼女は、


「付きまとわれるの迷惑なの!分からない!?空気読んでよ!デリカシー無いの!?」


 やり切った。


 世界にとって、正しい選択の為に、

 自分の手から財宝を捨てる、その決意を貫き通した。


 彼はこれから、何も持たずに、人を救うのだ。

 彼女だって、些末な痛みの一つや二つ、耐えなければならない。

 「些末」、そうだ、ちっぽけなんだ。

 地球とか、人類史とかと比べると、小さな悲哀なんて、ここでは邪魔だ。

 


 後は、どうやって誘導するか。

 どうすれば、一番綺羅綺羅(キラキラ)しく炸裂してくれるのか。


 

 彼に思わせるのだ。

 自分にはもう何も無い。

 死ぬまでこのまま一人ぼっちだと。


 考えるのが楽しくなってきた。

 毎日目の端で捉える彼の、胸がきゅうきゅうと捻り締められるような半ベソ顔も、段々と味わい深いものになっていた。


 この後に彼が報われると、彼女だけが知っている。

 本人すら信じていない救いを、彼女は予期している。

 ああやって窒息しそうになって、夢も希望もぐちゃぐちゃに踏み潰されて、今にも消え入ってしまいそうだけど、


 そんな彼が、最後には大輪に返り咲く。


 ヒーローもののフィクションなんて、勝つのが分かってるんだから、何をそんなに愉しんでいるのだと、彼女はかつて冷めた目で見ていた。

 今では謹んで謝罪したい気分だ。

 最終的には勝つことが確定している英雄が、負けに負けに負けを重ねているのが、こんなに胸を高鳴らせるとは思わなかった。


 底無しの深淵から天を衝く柱耀ちゅうよう、必ず訪れるその絶景を予見して、

 全身が発熱で蕩けるかとすら思われた。


 神秘なんかで誤魔化せない、確たる救世主の煌臨だ。

 なんて喜ばしいのだろう。

 長い人類史の中で、世界が進む瞬間に立ち会える。

 なんという奇跡なのだろう。


 彼はその時、どこに居るのが一番良いか。

 それまで彼という原石を磨き上げる、身のたけ以上の苦難が欲しい。

 彼に与えて不足しない「役」とは何か。

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