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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十七章:因果は偶に、思いもよらない巡り方をする

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464.「強い人」って、結局なんだろう? part2

 思えば、彼女の強さは一度否定されている。

 だから、「強さ」の定義を書き換えるべきだったのだ。

 彼女はその答えを、その少年に求めた。


 世の中に「強い人」は幾らでもいる。

 それらを煎じ詰めれば、自分の持っている物を守る頑固さ、或いは敵から奪う為の勇敢さ。

 例えば彼の兄だったら、家族や社会の担い手を助け、世の理不尽の解消の為に戦う。

 

 それは何かを得る為の戦い。

 どれだけ可能性が低くとも、勝ちさえすれば手に入る。


 なら、絶対に勝てない戦いに挑むのは?


 それは無謀や蛮勇だ。

 だけど、それだって本人達は、「勝てるかもしれない」と思っているのだ。「負ける」事を想像出来ていないのだ。それか、他に手に入る物を思いつけなくて、どうせだったら賭けとこうと、記念受験しているだけだ。


 自分の物とか、自分の物になりそうな何かの為に、みんな戦っている。

 その意味で、勇者も噛ませ犬も、同じ穴の狢だ。


 だから、ここからどうやっても何も手に入らないとなった時、人は全てを投げ出す。

 体力やら知力やら精神力やらを削って、何も得られないのじゃ意味がない。

 どうせどうやっても自分は擦り減っていく。

 だったら、他人も同じように減ればいい。

 彼らはそうやって、絶望を爆弾に転化する。


 そうなって尚も、他人について考えて、自分にとって嫌な方に進めるなんて、

 狂っている。

 一番苦しい方法を選んで、自殺するようなもの。

 捨てて捨てて、捨てる苦しみを最大に伸ばして、

 最期には何も残らないのだから。


 だが彼は、それをした。

 勝算はゼロだと、少なくとも本人は、心から信じ切っていた。

 味方はおらず、勝った所で得られる物は無いと、そう思い込んでいた。

 そもそも彼がやっていることは、他人に降った火の粉を、その身を挺して受ける事。

 攻撃の概念が無い。

 勝ちを捨てている。

 でも捨て鉢ではない。

 痛いのも苦しいのも恐れている。

 抜け出したい。

 最後の逃げ先、思考停止に飛び降りたい。


 けれども、戦う。

 壊すのでなく、守る為に。


 全て失って、得られる物が何もなくて、このまま死ぬまで一人ぼっちが続くという、寄る辺ない暗黒。

 

 人類滅亡の果て、砂と地平線ばかりの荒野に残されて、自分の死後に新たな生命が生まれる可能性を考えて、それらの助けにならなければと行動を起こせる人間が、果たして何人居るだろうか?


 疑似的とは言え、彼はそれをやった。

 やれる側の人間だった。


 それは彼が、怖がりだったからかもしれない。

 全て失って、失う物が無くなって、でも失う怖さだけはそのままで。

 だからそれが他人事でも、何かがうしなわれる事に、心を痛める。

 それを防いで、喪失から守ろうとする。


 聖人とは、我欲ではなく世界の為に、その生を使える者の事だと言う。

 彼はそれだった。

 全てを奪われ、塞がれたその時、


 彼は立ち上がれる人間だ。

 「正しい」事とは何か考え、自分の感情や、損得以上に、

 「幸福の総量を増やす」ことを、目指し続けられる男。

 



 彼女は、彼の強さを感得した。

 

 俗な言い方をすれば、惚れ込んだのだ




 問題が片付いた後、彼が彼女を守ると誓ってくれた事が、本当に嬉しかった。

 類稀なる一人に選ばれ、守られる。


 彼の在り方が人に伝播し、やがて少しだけでも、“人間”を強くする。

 「こういう生き方がある」と、その背で示す事で、次代の人々を理想郷に一歩、近付けさせる事が出来る。

 その革新を、特等席で見ていられるのだ。

 こんなに誇らしくて、幸せな事、他にあるだろうか?


 彼女は本気でそう思った。

 気が逸り過ぎて婚約まで結んだ。


 だからあの窟災の後、彼が呪われた病に侵された後も、彼女は彼の味方だった。

 たとえ彼と二人きりで生きる事になろうと、それ以外の一切を敵に回そうと、その運命を受け入れるつもりだった。


 不治の病の一つや二つ、彼の内に眠る本物に対して、何らの翳りも与えないと、そう信じていた。

 周囲に何と言われようと、彼は強いのだと胸を張れた。


 張れたのだ。

 その筈だったのだ。


 だが、

 だけど彼は、

 いつまで経っても弱いままだった。


 彼女は彼の本質を引き出すよう、精一杯の努力をした。

 いじめられるよう手を回して、ストレスを掛けてみたり、

 彼女がそれに巻き込まれそうだと演じて見せて、危機感を煽ったり、

 仲良しだった彼女の家族と険悪にさせ、このままではいけないと責任感を芽生えさせてみたり。


 追い詰めて、追い込んで、その成果は無きにしも非ず。

 彼は、彼なりに奮起して、それなりの強さを見せてくれた。

 「強い人」くらいには成長した。


 でも違う。

 そうじゃない。

 それじゃ役不足だ。

 彼が持っている聖性は、こんなものじゃなかった。


 こんな通り一遍の鋭い爪じゃなくて、

 心の臓から耿々《こうこう》と照らし溢れるような、

 直に触れれば目を潰すくらいの白光びゃっこう


 どうしてそんなに煤けて、くすんでしまっているのか。

 どうしたら彼に、本当の自分を思い出させる事が出来るのか。

 それともまだ、その時ではないのだろうか?

 いつか、相応しい場面が来るのだろうか?


 本当に、そんな希望的観測を当てにするのか?

 もし今、何か明確な理由があって、彼がその輝きを、見失ってしまっているなら、

 大切な彼を導けるのは、この世で唯一それがある事を知っている、彼女だけ。

 その責務を、放棄していいのか?

 真に価値ある物を、彼女の怠慢で、彼に捨てさせていいのだろうか?

 

 何かが異なっている。

 何かが間違っている。

 

 彼女に出来る事は何か——


——()()出来る事?


 はたと思い出す。

 彼の素晴らしさは、何を得る為でもなく、進み続ける事だ。

 では、今は?

 彼は何の為に抗っている?


——()()


 彼女を、

 彼女との絆を守る為に、戦っている。

 「守る為の戦い」になってしまっている。


 彼女は愕然とした。


 この世で最も示されるべき、真の強さ。

 人類をより良くする、この世を少しはマシに出来る、

 人倫道徳のパラダイムシフト、それを引き起こす先触れ最前線。

 それを詰まらせ塞いでいるのは、

 光を握り潰し、殺してしまったのは、

 

 十叶叶十、


 彼女自身だった。

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