463.「無欲」は薬にも毒にもなる part2
「後悔、ですか?」
「そう。いずれあいつと二人、大き過ぎる希望に、過大な期待に、潰される」
「言ってる意味がよく……」
「そこで分からないから、あなたは駄目なの。見えてないの」
日魅在進を、まるで理解していない。
「あいつは、弱くて臆病なヤツよ。自分に力があれば、威勢の良い事の一つでも言えるけど、それは有利に立っているから。勝てる希望が僅かでもあるから」
絶望すれば、簡単に折れる。
大事な所で、腰が砕ける。
「ススム君は、魅力的ですよ?今までだって、何度も立ち上がって見せてるでしょう?」
「そう?あれが?あれが強いように見えてるとしたら、それは寄り掛かる先があるから」
どんなに辛くても、耐えられるような顔をしている。
だけどそれは、どこかに避難所が、最後の砦があるからだ。
どうしても台無しになった時、それでも奪われず抱えておける、一番の財産があるからだ。
「人って、そんなものじゃないですか?」
「そう、そこよ。あいつが見せてる“強さ”なんて、普通の人間が持ってるものでしかないの。そんなの全然、『強い』ことにならない」
あんなのは、偽物だ。
まるで当てにならない。
砂上の楼閣。
宝石に似せたガラス玉。
「あいつはね、何かを取り上げられる時、手を伸ばさない。塩で揉まれた青菜みたいに、しなしなにヘタレる。間違った清貧思想みたいなのに取り付かれて、守るべき自己みたいなものを持とうとしない。『自分にはこれだけあればいい』、その満足が、あいつを腐らせる」
今回も、徹底的に敵を潰し、二度と逆らえなくさせる事も出来た。
勝手な軽口を吹聴する空っぽどもに、「もう二度とやるなよ」と見せしめる意味でも、それをやるべきだった。
そうすれば、彼だけじゃない、社会の色々な場所が、もう少し生きやすくなっていたかもしれない。
で、彼が何をした?
城の外に敵を追い出して、そのまま休戦協定で終わり。
一度背いた者達に、転向を悔いさせることすらしなかった。
より遠くまで領土とすれば、次に攻められた時により安全になる。
敵を威圧する事は、平和を維持する第一歩。
裏切りへの厳しい罰も、秩序という地に足を着けさせる重力。
乱暴さ無き国に、穏やかな暮らしなど有り得ない。
それをしないのは、邪悪に向けて胸襟を開くのと一緒。
甘っちょろい。
弱腰ここに極まれり。
回土時代の初期、丙都を本拠としていた、前時代の支配者の一族が、そういう寝惚けた和睦を呑んだことがある。結局堀を埋められてから、改めて攻め滅ぼされたのだが。
自分が悪者になったり、或いは一部の人気や信用を失ったり、そういった危険を冒しても、前に進む勇気がある。それが、頂点や英雄へと、人を導く。
今の彼には、それがない。
最悪失ってもいいか、どこかでそう思っているから、退路がずっと開けているから、だから強者の寛容さみたいな余裕を、装う事が出来ている。
それは彼から“配信業”を取り上げても、帰る場所が残っているからだ。
強いのではない。
強ければ、自分の蓄財の一切を敵に明け渡さない、その覚悟を持てる。
彼はそうしない。敵対しないのが一番と逃げる。
「どんなものでも、『絶対に渡せない一つ』以外、最悪あげてやっても良いって、変な甘えを持ってるのよ。そうやって持ち物を切り崩していって、だから何度でも敵の攻撃を受けて、まともにダメージを受けて、そしてまた捨てるか、ってなって………」
日魅在進と絆を持っているつもりの女を、彼女は憐れみたっぷりに見下す。
「あなたも、捨てられる側の一人。まあ、最後の一つになれれば別かもしれないけれど、その時手に入るのは最強の騎士でも、高貴な王子様でもない。一匹の怯えた痩せ犬だけ」
そして「最後の一つ」の方から、見放される。
それを守る為には、他の物も手放してはいけなかったのだと、そこで思い知る。
いつの間にか、何もかもを捨てていた事に気付いて、もう何も持っていない事を実感して、その時初めて地金が露出する。
何でも倒せる最強ではなく、
底辺に堕ちた餓鬼道の住人。
悲しくて、苦しくて、
凍りつくみたいな心細さが狂いたくなるくらいの怖さに成長して、
泣いて、嘔吐いて、
顔をぐしゃぐしゃに丸め歪めて、
憎くて、恨めしくて、
駄々っ子のように喚き散らして、
沈殿物を吸った体が重みを増して、
四肢に入る力がなくて、誰も手を貸してくれなくて、
じゃあもういいやと、大の字に投げ出して、
惨めさだけは一丁前に感じながら、
朽ち果てる事への抵抗をやめて、
「で、何故かまた立ち上がる」
弱いのに、
折れてるのに、
何も持ってないのに、
何も手に入らないかもしれないのに、
自分も知らない何かを、これ以上を奪われるかもしれないのに、
勝てないのに、
彼の全身全霊、毛先に至るまでがそれを理解しているのに、
彼は立つ。
自分の幸せはもう手に入らないから、
誰かの幸せを守ろうとする。
その結果がどうであれ、
幸不幸を問わずして、
彼が死ぬ時は、立ち往生だ。
「あいつは、すすむは、何かを持ってると、輝きを鈍らせる」
日魅在進は、
“持たざるもの”でないといけない。




