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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十七章:因果は偶に、思いもよらない巡り方をする

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461.ご対面

 6月22日、日曜日。

 丁都にあるとある喫茶店での出来事。


 その日は朝からよく晴れた一日で、午後には麗らかな日差しが、店内の時間をウトウトと緩めていた。

 

 ストレートティーのように色付く窓際の席は、丁度一つしか使われておらず、静かに黄昏たそがれるには格好の日和、絶好の時間。


 けれどその長閑さを独占する少女は、冷めた空気を纏いながら、手元の端末に目を落としていた。

 日常が垣間見せる美しさにニコリともせず、日向を浴びる原始的な心地良さに浸るでもなく、不満そうな顔のままで角砂糖を数個掴んで、テーブルの上のコーヒーに混ぜ溶かした。


 高く弾んだ鈴の音が鳴る。

 店に新たな来客。仮初めの貸し切りに終わりを告げる鐘。


「待ち合わせです」


 そう言って板の上を迷いなく歩く足音。


 窓辺の少女は、それに注意を逸らさなかった。

 彼女はここに、煮詰まりの解消に繋がるかもしれないと、気分転換をしに来たのだ。

 見知らぬお友達グループに、抱く興味なんて脳の無駄遣い。


 と、そこまで思考を進めて、わざわざここまで来ているのに、ろくすっぽ休めていないと気付くき、端末の電源を落とす。

 一旦何も考えず、頭を眠らせる事も必要だろう。


 未だスプーン越しにゴリゴリと、生き残りを伝えて来る糖分。

 それが形を失うのを待たず、ミルクで鈍った褐色を、その熱さを喉元に叩きつける。


——ああ、しまった。


 よくよく考えたら、カフェインを入れたら却って目が冴えてしまう。

 考慮が過ちに及ぶのが遅く、結局は左脳が勝手に、論理と分析を組み立て始める。


 議題は何でもいい。

 活力を持て余した幼児のように、動いて発散したいだけ。

 

 例えば、「待ち合わせ」。

 さっき聞こえた言葉。


 だけど少し変な気もする。

 後からどんな人間が、何人来るとか、そういう事まで伝えないだろうか?

 店側も、聞いて確かめないのだろうか?

 それよりまず、最初に店主と目が合って、第一声がそれなのだろうか?

 どういったおもんばかりの末に、そう言おうという結論になったのだろうか?


 問題の人物はまだ歩いていた。

 彼女の頭蓋の中が忙しなさ過ぎて、他より時間を広く感じていたのだろう。

 さっき声を聞いてから、10秒も経っていないらしい。


 足音がやっと止まった。

 近い。

 顔を上げる。

 グレーのブレザー。

 一瞬同じ高校の生徒かと思い、だが細部をよく見れば、似ているだけの別物だと分かる。

 知らない制服だ。


 更に視軸を上へ。


 綺麗な少女だった。

 どこか青っぽく見える、黒髪ショートボブ。

 二重瞼からキョロリと覗く黒目以外、顔のパーツが小さく控えめ。

 春の朝7時めいた快活さを燈しながら、その身体で作られた影に夜が棲むような、陰と陽の両極端的調和体。


 天真爛漫で貞淑魅惑。


 花も嫉み憤して枯れる乙女は、人好きのする笑顔を浮かべ、親愛を装いながら向かいの席に座った。


 ここで放つべき言葉は、「誰ですかあなた?」、又は、「何のつもりですか?」、あたりか。


 実際の彼女は、


「どうしてここに?」


 押し殺した忍び声で、そう訊いた。


 その少女が誰なのかは知っていたし、何しに来たのかも予想がついていた。

 ただ、今彼女がこの店に居るのを、どうやって嗅ぎ付けて来たのかが疑問だった。


「調べて貰ったんです」


 鶯舌おうぜつはシンプルに振るわれた。


「調べる?」

「探偵さんに。と言っても、人探しは助手の人の方が、得意らしいんですけど」

「平たく言えば、張り込まれてたって事ね」

「そういう言い方も出来ます」


 店主がやって来て、注文を訊ねる。

 少女はシンプルなアイスティーを頼んだ。


「じゃあ次。どうして私を?」

「大声で人の悪口言える人って、とどまる所を知らないんですよ」


 要領を得ない答え。

 だが続きがある。

 彼女は黙して促した。


「ああいう人って、正しいって思ったら、どんなルールにもマナーにも、法律にだって唾を吐くんです。学術的な探究心とか、国民としての知る権利とか、そういう物をごちゃごちゃにして、好奇心は全部満たされるべきなんだって、そう信じているんです」

「そうね。そうでしょうとも」


 そうだから、彼女の指揮に、簡単に乗ったのだ。


「だから、ヘンだなって」

「ヘン?確かにあれで、人を正しい方に導けると、本気で信じているのは可笑しいけれど」

「そうじゃなくって——」




——どうして私の顔が出回らないんだろう?って




 成程、そのルートか。

 確かに、そこからなら辿れるのだ。


「少なくとも、最初に私とススム君を撮った人が居て、その人は顔を隠す前の画像を持ってるんです。ネットにそのまま上げたんだから、フリーの記者とかでもなくて、単なる通りすがりの野次馬さん。だったら、これだけの注目の中、一番求められている私のプロフィールを、公開せずに居られるのかな?って、それが不思議になったんです」


 倫理も法も意に介さない、猪の如き行動派。

 そんな人間が、嫌がらせか世直しかは分からないが、一人の人間に打撃を与えるべく爆弾を落とした。


 その威力は、最大化したい筈だ。

 例えば写真の中、標的と共に歩く少女。

 彼女の身元を特定し出回らせれば、大きな強打になる。


 特に、明胤学園の制服姿が出回っている方は、“くれぷすきゅ~るチャンネル”その人だと目されている。是が非でも情報を欲しがる者だって居て、そういう人間を見つけて元画像を売り払えば、それだけで自らはリスクなく放火出来る。


 「真実を暴く」事に繋がるから、知りたがり達の道義に照らし合わせてみても、公開し得でしかない筈なのだ。

 



 だが、少女達の匿名性は最後まで守られた。

 それに関してのみ、手段が選ばれた。

 手ぬるいのだ、不自然なくらい。




 運ばれてきた飲み物を、少女は礼を告げながら迎え、ミルクを流し入れ琥珀を濁らせる。


「そう思うと、最初に大量に出回ったディープフェイク画像が、『デート写真』についてばかりだったのも、ちょっと怪しく思えちゃったんです。まるでダミーを沢山撒いて、本物の写真に撮られた二人を守ろうとしてるみたいで」

「群集心理なんて、何をするか分からない相手なんだから、そういう事もあるんじゃない?」

「そうかもしれません。でもそうすると、あなたとススム君が再会したあの日、ピンポイントで見張ってた人が居たのも、そもそもあの日にあなたが、待ち伏せてたかのようなタイミングでススム君と出会ったのも、全部疑えてしまうんです」

「偶々、あの辺りに用事があったのよ」

「そうだとしても、普通の人はダンジョンの近くに寄り付きません。マスコミの人だって、あそこでの出待ちを断念するのが殆どなんですから」


 モンスターが中から湧き出て、ディーパーという人外が集って、一般人はその場所を意識的に避ける。

 周囲にあるのは、ダンジョン関連企業か、或いは潜行者を顧客と見込んだ飲食店など。

 ただの女子高生が、偶然歩いているような道ではない。


「その時、仮説としてなんですけど、思ったんです。もし今回のことを仕掛けたのが、写真に写ってる女の子だったら、結構簡単に説明がつくなって」

 

 明胤の少女の身元へ注目を集めれば、自らにも累が及ぶ可能性がある。

 それを避けるため、大火に乗じて「誰が写っているのか問題」をくらました。


「想像力が逞しいのね」

「そうですね。私もそう思って、知り合いの探偵さんに相談したんです」


 まず知り合いに「探偵」なんて人種がいる事自体、彼女にとっては想定の外だ。

 明胤に通うお嬢様だと、そういう事もあるのかもしれないが。


「それで、あなたの事を調べて貰いました」

「何か面白いものはあった?」

「それなりに」


 あの男を雇った所を、誰かに見られていたか。

 それか、アドレスからあのネットカフェまで辿り、投稿時間と監視カメラの映像でも照らし合わせたのか。

 心当たりは色々ある。

 これは刑事的な取り調べではないので、その少女を確信させる材料さえあれば充分なのだ。


 重要なのは、怪しむに足るだけの根拠が見つかった事。

 だから少女は「探偵」とやらに、彼女を見張らせたのだ。

 よく似た市販制服まで用意して。


「もしかして、今起こってるこの流れも、あなたと探偵さんの仕業?」

「どうでしょうか?よく分かりません」

「認めるわけないか。立派な犯罪行為だものね」


 さて、実のところ彼女はここまでだった。

 雲を掴むような正体不明、そもそも実在するかすら分からない、それがこの炎上の絵図を引いた、彼女の唯一にして最大の武器。

 悪意あるたった一個人として特定された時点で、彼女は二度と彼らに逆らえない。

 真っ向勝負で、彼女は勝てない。


 だから今度は、その少女が要求する番だ。


「十叶叶十さん。ススム君から、手を引いてくれますよね?」


 闇色の邪視が交差する。


——あなたとわたし、よく似てる


 詠訵三四は思い出していた。

 

 あの日、

 あの高級央華料理屋。


 「二人きりで話す」と締め出しを食い、気を揉みながら道化と待ちぼうけ。


 そんな時、向こうから話し掛けられた。

 剽軽な態度から一変、重々しい舌遣いで、

 ピエロは詠訵を評したのだ。



——宵から覚めず、酔いを醒まさず、

——それが狂態と知りながら、

——おの嬌態きょうたいれるばかり



——同じだ

——鏡を見ているようだ



 詠訵はあの時に初めて、

 

 そのメイクの下にある本物の口が、


 ピクリともその端を吊っていない事に気付いた。

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