459.何が有利でどっちが強いかなんて、人間に分かる事じゃない part2
「いや聞ーてくださいよー?これリスナーにも話した事あるんですけどぉ、ウチの母親って男に捨てられたタイプでぇー」
「………」
「その後も男作ってはダメになって、ウチが重荷になるからだぁー、ウチのこと産まなきゃ良かったぁー、っとか言っちゃうありがちなタイプでぇー」
「………………」
「ウチあいつの事キラいなんですよねぇー。男と寝たいって思ったのも、ウチを産みたいって思ったのも、ウチを手放さないのも、ウチが居た程度で破局するような相手を選んだのも、ぜーんぶ自分なのに、他責他責でウザいってゆーかぁー。どう思いますぅ?」
「さっきから話題が全部強い!!」
冷や汗が止まらねえよ!
何言っても不謹慎な発言になるよそんなの!
「うはははは!」
「うははじゃなくて!」
「いやこれ、得した話なんですよぉ」
「はい!?得!?どこが!?」
「ちょっと前までだったらぁー、クソ親なんて居るだけソンで、その経験はリソースどころかお荷物にしかならなくてぇ、生きづらくなる道しかなかったでしょぉ?でもそーゆー無い方が絶対ヨシな不幸自慢みたいなの、今じゃ配信でコンテンツ化出来る時代ですよぉ?」
「この世界、一発で覚えるような強烈なエピソードが、最強の武器ですからぁ」、
さ、さっぱりしてるなあ……!?
「良い商売道具を提供してくれたから、クズ父にもカス母にもむしろありがとうって感じでぇ。まぁーそーゆーふーに割り切れない人もいるけど、でも割り切る方法は増えたと思うんですよぉ。ウチのダチにもストーカーに監禁されたコがいますけどねぇ?異性への恐怖とチヤホヤされたいって欲との間で苦しんだ後、Vになって毎日楽しくやってますしぃー」
「V」って言うのは、2次元キャラクターのアバターを使って配信する人達の事だ。
自分と世間との境にワンクッションを置く事になるので、その人の心の負担は若干でも軽くなったのだろう。
「で、やっぱり酷ー経験を、リスナーに聞かせて飯の種にして、それが切り抜かれてバズったりするわけですよぉー。なんか有名なストリーマーさんとかに、目を掛けて貰ったりするわけですよぉー。
そーゆーのが生まれる前は付くはずなかった自信を、手に入れられたって事じゃん?ダルいものを昇華できる筋道が生まれたって事じゃん?消えないマイナスだった物が、特大のプラスになるってゆー錬金術みたいなぁ?だからウチ、配信業って好きなんですよぉー。世の中の懐を、ちょっとだけ深くしてくれる気がしてぇ」
「それは、思います。俺もそういう仕組みに、拾われた側ですから」
「ですよねぇー。選択肢を増やしたいって、あの時言ってましたからぁ。『道具になる』、でしたっけぇ?だからウチ——」
——君のこと嫌いじゃないんですよぉ?
その意味で、俺達は同志のようなものだと言う。
“配信者”という在り方が無いと、ただ他よりマイナスが、苦しみが多いというだけの人間になっていた、と。
どんなものにも、何か意味があるのかもしれない。
良い事ばかりじゃないけれど、絶望って言葉は追い出せるかもしれない。
そう思える人間でいれるのは、この娯楽形態があってこそだった。
「君があっさりやられちゃうと、心の狭い人達の天下が、この世界にまで及ぶかもですから」
それ以上は、皆まで言われずとも分かった。
最後まで足掻け、という事だろう。
ある種、自由の為の抵抗戦、みたいな物と言えるのかもしれない。
「一つアドバイスをするならぁ、君はたくまし過ぎるって事ですねぇー」
「逞し過ぎる?」
「はぁい。もうちょっとほっといても勝手に耐えそう、って味方が思っちゃってぇ、どれだけ殴っても勝手に立ち直りそう、って敵が思っちゃうんですぅ。そうやって相手に甘えさせちゃう所があるんですよぉ」
「でもその、ナイスガイっぽい頼りがいって、必要だと思うんですけど。ガイだけに」
「…………はい?」
「そんな考え込まれるようなギャグじゃないんでやめてください」
言わなきゃよかった。
(((毎度毎度、堪えられないのでしょうか?減点です言うまでもなく)))
「ウチが言いたいのは、弱い方、被害者な方、ってポジションを取れないとぉ、永遠にこの状況を逆転出来ないって事ですよぉ。君が強過ぎるから、みんな遠慮なく攻撃してるんですぅ。ちょっと傷つけても、大したことないだろう、って」
「強過ぎる、から………」
確かに、強い俺が弱い視聴者や女の子を騙す、みたいな構図がウケて今の祭りが起こっている。
漏魔症も、国という大きな機関に特別扱いされて、バックに強い誰かが付いてる構図が出来て、反感が大きくなった一因となっている。
強い方が被害者な事だってあるけど、世間はそう見ない。
被害者が間違っている事だってあるけど、世間はそう見ない。
自分の弱さを出来るだけ封じていって、全く弱点の無い状態になるのが理想。そういうブランディングをしてたけど、方向性はともかくとして、度が過ぎてしまうと逆に脆くなるのかもしれない。
自分の中のダメな部分を、もっと娯楽として活かせるように、それを考えなきゃいけないタイミングが来たのかも。
「参考程度によろぉー。そんじゃ頑張ってくださいねぇー」
彼女は俺に、何かを託しに来た。
俺はそれに応えたいけど、でも名案は思い付かないままだ。
動じない強さが、味方を守り、攻撃を陳腐化する、盾になると思っていた。
でもそれだけじゃダメだ。
どっちが「やられてる側」なのか、それを見せないと世間は納得しない。
かと言って「騙っている」って誰かを糾弾する、攻撃に転ずるのは、やり過ぎると逆にある種の強さを見せる事になる。
一方的に攻撃されるだけでも、諍いが酷くて近寄りたくないと思われるのに、こっちから防衛以上の反撃をしてしまうと、本格的に新規が寄り付かなくなる。それも、ダンジョン配信界隈そのものから、引いていくのだ。
飽く迄受け身、応える側でありながら、自分への爆撃の苛烈さを暴くような、そんな丁度良い塩梅。
どうすりゃいいんだ………?
俺はスマートフォンの画面を覗き、ふと視野の隅を横切った、WIREのアイコンをタップした。
トクシのみんなからアイディアを貰おうとしたからなんだけど、かのとちゃんとのトーク履歴に自然と目を寄せてしまった。
炎上が始まった直後に話し合い、暫くの間は会ったり連絡したりを控えると決めた。
最悪の場合、彼女のプロフィールがインターネットにばら撒かれる。
折角の仲直りが、またしても最悪な記憶に塗り潰される。
彼女に対しては申し訳なく、悲しい気持ちがとめどなく湧いてくる。
俺は両頬を張って、切り替える。
ウジウジしてる場合じゃない。
幼馴染との関係を良好に戻す為にも、一日も早くこの消火活動にケリをつけて——
俺は端末を放り落としそうになった。
手の中でそれが急に振動し始めた、
別の言い方をすれば、急に電話が掛かってきたから。




