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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十七章:因果は偶に、思いもよらない巡り方をする

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451.取り戻す

「ススム?もう小学生だし、遠くまで探検しに行っても良いよ。アタシが許そう」


 「けどね」、

 母さんはしゃがんで、俺の目を見て言う。


「アンタが、しっかり考えられるお兄さんになったって、そう見込むから許すんだよ?」


 俺が小学1年生。

 例の学童での騒動が終わって、少し後。

 幼稚園時代に同学年だった子達とその保護者で、丁都内にある河原に集合し、バーベキューをした時の記憶。


「『こうして良いですよ』ってのは、何でもかんでも許されてる、って意味じゃない。誰かがアンタに『良いよ』って言う時、そこに幾らか『ここは超えないだろ』って信頼があるんだ」


 「せきにん」って奴かと、俺は聞いた。


「そうだよススム。『責任』だ。これからアンタは、少しここを離れて、刺激的な冒険に行く。それで良い。そろそろ自分だけで色々やるのを覚える頃合いだ。だけど、あんたがやる事には、それなりの結果と、その影響が付いて来る。例えば不注意で大怪我を負ったりとか、アンタの身にそういう何かがあったら、アタシ達みんなすっごく傷つくんだ。分かる?」


 母さんや父さん、にーちゃんが痛い目に遭ったら、俺だってイヤな気分になる。

 それが分かるから、頷いた。


「それに、アンタは一人だけで行くんじゃない。他のチビ共も一緒だ。アンタが大好きなかのとちゃんだっている。アンタがハシャぎ過ぎて、大変な事になっちゃって、そうなったみんなどう思う?」


 俺は言葉を探してから、楽しくなくなってしまうだろうと答えた。


「そうだね。そういう事が分かってるなら、きっと大丈夫。アンタは一つ大人になったんだから、周りをしっかり見て、事故でも人でも危ない物には気をつけて、みんな元気で私達の所に戻って来る。出来る?」


 力強く頷く。

 俺がみんなを守るだとか、そんな事を言ったかもしれない。


「よし、それじゃあ楽しんでこい!」


 母さんから背中に一発貰い、気を引き締めた俺は他のみんなと合流した。

 そこそこの人数のグループになっていた事もあり、何処の親からもお許しが出たみたいだ。


「すすむ!」


 俺が来たのを見て、顔を輝かせる女の子。

 幼稚園の年少の頃から、ご近所付き合いまであった少女。

 十叶さんちの、かのとちゃん。


「行こっ!」


 彼女が手を差し出して、俺はおずおずと握り返す。

 その時に若干戸惑う程度には、そういう意識が、思春期が既に芽生えていたのかもしれない。


「ちゃんと、まもってね!」


 二人だけの約束。

 それを覚えてくれている。

 日を跨いでも、無かった事にはなってない。


 それだけの事なのに、胸の奥からほんわかと、温かい泉が湧くようだった。


「すすむ?」

 

 彼女から訝しげに声をかけられ、


「あ、ううんっ!懐かしいなって思って!」


 俺は慌てて2061年5月21日のカフェに我を戻した。

 

「そうだねー、あ、見て見て、これとか覚えてる?」

「え?……!?うわあ…っ!?」


 彼女が家から持って来た写真の束。

 それを上からめくって目に飛び込んだ一枚には、ぐしょ濡れになった俺が全裸になって、かのとちゃんに頭からタオルで拭かれている写真。

 俺は反射的にその下半身を手で隠す。


「もー、今更そんな事気にしなくていいのに」

「そんなこと言ったってさあ…!」


 心拍が跳ねて耳の後ろがドクドク言っている。

 今の彼女の目に触れたのと、当時もしっかり見られていたという状況を思い返した事で、二倍重ねの羞恥心に包まれる。

 

 ついでに思い出した。

 大見得を切ってみんなと一緒に遠征——と言っても7歳が考えるレベルのそれ——に出た俺は、帰り際に川の深い所を試しに目指そうとした子を止めようとして、すったもんだの末にすっ転んだのだ。


 戻ってきた俺の惨状を見て、母さんが漫画みたいな横滑りをしたのを覚えている。


「これは現像しなくて良かったじゃん…!」

「えー?でもあの時のすすむ、委員長か何かみたいにキリッとした顔作ってたと思ったら、あんな盛大にズッコケて、それから水被ったワンちゃんみたいにしょんもりして……、むふふ、今思い出してもおかしいんだから、やっぱり形に残して取っといて良かったよ」

「勘弁してよぉ…!」

「こうやって反応も楽しめて何度でもオイシイしねー」

「ぎゅぐぐぐぐ……!」


 そうだったそうだった。

 当時の彼女はマセていた事もあって、普通にクソガキだった俺より何枚も上手うわてで、同い年なのにお姉さんような存在だった。

 そのパワーバランスは、現在も変わらないみたいだ。


(((人に歴史あり。ススムくんの腰掛け適性は、その頃に確立されたのですね)))

(人のこと家具志望の変態みたいに言うのやめな~?)

(((“負け癖”の方が良かったでしょうか?)))


 俺の肩に顎を乗せて後ろから覗き、テーブルの上のアイスティーをストローで啜るそいつを無視し、俺は何とかその写真を下げさせようと写真を掴み、


「でもさ、すすむ」


 その手の先に彼女の両手指が絡まる。


「ぬゅっ」

「私あの時、すすむに感心したんだよ?」

「か、かんしん…?」

 

 あーとえーと、

 「かんしん」って、どの字?

 

「川とかって、外からじゃ分からない所が深みになってて、そこに嵌まると頭まで沈んで、出られなくなっちゃう事もあるんだって。後から知ったんだ」


 「あの子、もしかしたら、あそこで死んじゃってたかも」、

 一本一本丁寧に、俺の指が剥がされる。


「あの時ちゃんと、すすむが『みんなを守る』って約束を果たそうとして、目を離さなかったから、あの子が溺れる前に、すすむが転んだから、だから私、この写真を見て、笑って振り返れる。ああなんて——」


——良い思い出だったんだろうって


 手が離れ、写真の隅が見えるようになる。

 腹を抱えて笑っているにーちゃんが写っている。

 これを撮ったのは、確か父さんだった。

 母さんはその横で、「ヤレヤレ」とか言いながらニヤけてた。

 

 みんながそこに居た。

 本当に良い思い出だ。


「私、今日、すすむに謝りに来たの」


 睫毛でくゆる伏し目がちな瞳を落としていた彼女は、

 意を決して、と傍目からも分かる様子で、その顔を上げた。


「謝るのは、俺の方だよ」


 自分の足で自分の重さを支えられない少年は、そのまま隣に居た少女に甘えっぱなしだった。

 自分が変わるつもりもなく、彼女にも変わって欲しくないなんて願っていた。

 

 いいや、彼女は小学校時代も中学時代も、早熟だった。

 いつの間にか、女性になりつつあった。

 だから俺は縋ったんだと思う。

 親の代わりが欲しかったんだ。

 最低な奴だと、今なら分かる。


 あの時も、自分の痛みにかかりきりで、彼女の気持ちを気遣えなくて、まともに謝れもしなかった。


 嫌われて当然の弱虫だった。


「ううん、すすむは悪くない」

 

 でも彼女は、優しいからそう言ってくれる。


「あれは、八つ当たりだったの」

「八つ当たり?」

「うん。あの、8年、ううん、もう9年前だね。あの日から、大好きなおじさんもおばさんも、おにいさんも居なくなっちゃって、あんなに元気で、幸せそうで、何の心配も兆候も無かった人達が、急にいっぱい、もう会えないってなって、すすむも、取り返しがつかないくらい変わっちゃって………」


 たった1日。

 たった数時間。

 それだけで、俺の周りの世界は、酷く様変わりしてしまった。


「私、怖くなったの。どんなに幸せでも、満ち足りてても、優しい人ばかりでも、それが安心って事にはならなくて、まるで……、とにかく、あっけなく、居なくなっちゃう。それで、私や私の家族だって、いつそうなるか分からなくなって」

「うん、それは、分かるよ」


 彼女は言葉を濁したが、その視点の転換は、俺も体験した。

 虫や草花みたいな、日々目にしている、慣れ切った死屍累々。

 あれと自分の間に、線が引けなくなる感覚。


 俺が初めてダンジョンに入った時、恐怖を前にして動けたのも、外だろうが中だろうが、死ぬときは死ぬとどこかで思っていたからだ。

 簡単に命が消えるのは、どこでも一緒な気がしてたから。


「すすむは前のすすむと同じように見えて、でも中身は変わっちゃったって言うし、でも話してみると前みたいなすすむで、でもどこか生気が無いようにも見えちゃって」

「それは、そうだろうなあ……」


 普通に死人みたいな顔してた自信がある。


「だから私………」

「………かのとちゃん?」

「………ごめん、全部忘れて。言い訳。今までの全部」


 彼女は首を2・3度振って、ブラックコーヒーをこくりと飲み含んでから、少しだけ苦しそうな表情で、


「私、すすむを売ったの」


 その一文を吐き出した。

 一つ言ったら、後は止まらないみたいだった。

 

「すすむに関わって、私まで変わっちゃったらどうしようとか、すすむと一緒に居て、悪意に巻き込まれたらどうしようとか、そういう保身ばっかり考えてた。私は化け物になりたくなかった姿が変わるって意味でも周囲からそう扱われるって意味でもそんな風になりたくなかっただから…!だから、すすむを切り捨てた。あんな仕打ちに加担して、私は傷ついた私は怖がってる誰だってそうするみんな安心な方に逃げるそうなって当然だって自分に言い聞かせて。私はズルいから、自分の口からそれを確定させたくなくて、離れようとしてるのを察してとか身勝手に思っちゃって、それが分かってない感じのすすむを、そんなだから嫌われるんだ私が拒絶するのも正解なんだって言い聞かせて………」


 「ごめんなさい」、

 彼女はそこで目元の拭いながら、再度カップの中の苦汁を流し込んだ。


「私が、酷い事言っちゃった日は、当時の彼氏から、すすむの事好きなんじゃないかって疑われた直後で、」


 ちくり、

 俺は話を聞きながら、気付かれないよう自分の左胸を掴み、彼女の勇気の前では余計な感情を握り潰す。


「だから、八つ当たりだったの。私の不安とか、上手くいかない事とか、全部すすむのせいだって——」

 

 「ごめんなさい」、

 また、そう言う。


「………」


 どう言うのが正解だろうと考えて、この場に正解も何も無いかと思い直し、


「俺も、ごめん」


 彼女を責めるでも励ますでもなく、

 ただ素直な気持ちだけを伝える事にした。


「かのとちゃんに、勝手に俺を救う役目を背負わせてた。気持ちも聞かず、俺の幸せの象徴に当て嵌めようとしてた。俺の交流が狭くて、他に誰も居ないからって、失礼な消去法で、勝手に俺の世界の、一番重い役をお仕着せてた」


 「ごめんなさい」、

 頭を下げる。


 お互いに、相手の罪悪感に、訂正を入れる事はしなかった。

 どっちも、自分のやった事の方が重いと思ってる。

 相手が謝る事の原因は、自分にあると思ってる。

 その元を辿ろうとすると、堂々巡りで終わらない。


 それが分かったから、相手の告解に手を加えることなく、罪の告白だけ。


 快刀乱麻を断つように、しこりが立ち所に消えるわけではない。

 ただ、一区切りはついた。

 見ないフリをしていた宿題だったけど、やっと答えを埋めるくらいまでが済んだのだ。

 

 


 その後数分、二人とも鼻を啜る音だけ出しながら、手持ち無沙汰で目の前のドリンクに同時に手を伸ばし、そのタイミングがあまりにぴったりだったので、顔を見合わせて笑ってしまった。


「仲直り、しよっか」

「俺はもうしたつもりだったんだけど」

「こういうのは形式が大事なの!」

「確かに」


 右手と右手を差し出し、どちらも壊れ物を扱うように、慎重に力を入れる。


 掌に返される温かさに息を抜き、軽く何度か振ってみるくらい余裕が回復した。

 

「これからも、よろしくねっ!」

「ああ!」

 

 あの日から失ったものは、どれもこれも取り返せないと思っていた。


 でも、こうやって戻せることもある。


 壊れてしまった物ばかりではない、その事実は希望だった。

 

 俺の思い出は、


 幸せな顔で懐かしんで良いものだって、


 そう言えるのが嬉しかった。

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