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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十七章:因果は偶に、思いもよらない巡り方をする

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450.急だった、本当に、急に、だった

 新しく出来た後輩も教室に馴染み始め、ダンジョンでの実戦訓練も何回か経て、トクシ2061として7月の校内大会を見据え、具体的な編成を考えるくらいになった頃の話だ。




 朝、俺は独り占めの部屋で目が覚める。


 乗研先輩が卒業した後、同室のベッドを埋める誰かは見つからないままだ。

 漏魔症への忌避感はそのままで、俺が後輩に焼きを入れる種類の人間だという噂まで広まっているから、まあしようがない所もある。


 軽いストレッチの後、外に出て走る。

 季節が進み、この時間に吸う外気も、痛くて重い物ではなくなった。

 それでもカンナが負荷を調整するので、楽になったというわけではないが、それがあって尚、どこか爽やかさを感じるのも事実だ。


 学園の門が関係者用に開かれ始めると、すぐにミヨちゃんとニークト先輩が合流する。

 基本は3人でジョギングや柔軟体操、軽い組手みたいなのをしながら、気紛れでカンナが色々アドバイスを落としてくれる形だ。


 それと、毎朝すれ違う理事長と学園長に関しては、いい加減3人とも慣れてしまった。

 前から朝練している人間の中で語られていた、一種の噂程度の物が、実は100%マジだったと、今やトクシ全体に知れ渡っている。

 シャン先生も普通に以前から知っていて、「学園長のおっさんは、あれで何で一向に瘦せねえんだろうな?」とか本気で不思議がっていた。


 そして登校時刻。

 幸いにも通常授業の教室は、星宿先生担任で、ミヨちゃんがクラスメイトという二大ラッキーが継続したままだった。というか、他の教師が担任したくないのと、俺のぼっち具合に配慮してくれたのと、その辺りを総合的に考え合わせて、かもしれない。


 午前中は主に、頭から煙を出しながら座学をインストール。

 お昼はミヨちゃんに作って貰ったお弁当を食べながら、廊下で会った友達や後輩と適当に駄弁ったり授業で分からない所を教え合ったりする。


 午後から第15号棟へ行き、最近は“シャン教室”と称され出した特別指導教室に集合。この時、座学を更に深めるか、戦闘訓練にするのかは、毎月曜日に一週間分のスケジュールを作って決めている。

 外のダンジョンに潜る実戦訓練に行く場合は、大抵全員参加。理由としては、安全上の観点から、シャン先生がそっちに必ず同行する事になるから、指導を受けようとすると自然とそうなる。


 偶にトロワ先輩が「ちょっと今日は剣と向き合いたい」みたいな事言って、一人で訓練場に籠ったりする事がある。3年になってからは集団行動に結構馴染んで見える人が、急に孤立を選び始めるので、その急に出て来る我と心臓の強さに、後輩二人は結構怯んでいる。


 今年の深級遠征は、ニークト先輩とトロワ先輩は不参加になる。

 U18大会に関しても、受験とかとの兼ね合いで、出られないかもしれないのだ。


 頼れる二人が開ける穴は結構デカいとあって、俺達も気合を入れて取り組まなければと、高等部2年生一同、今から張り切っている。


 授業が終わり、放課後。


 新開部に行くか、ダンジョンに潜りに行くか、概ねそのどっちかだ。


 5月14日水曜日、その日に配信をする事は、月曜の夜に出すスケジュールで告知済み。

 友達グループと別のダンジョンに潜るらしいミヨちゃんと解散し、最近買ったマイ二輪、といっても特に原動機みたいなのは付いていない単なる自転車に跨る。


 最寄り駅や近場のダンジョンとの行き来を楽にして、配信に当てられる時間を増やせて便利。あまり外で人に見られて追っかけられたり、囲まれたりしたくないから、そういう意味で重宝もしている。ヘルメット被って髪が見えないと、人相って分かりづらくなるし。


 学園から出るまで、特に変わった所のない日だった。


 いや、学園から出た後、ダンジョンに行って、配信しながら潜って、そのまま学園内の寮に返る。その過程のほとんどが、最近は見慣れた一日と言えた。

 去年の俺に見せたら、「どこの青春漫画?」みたいに偽造を疑う充実ぶりである。

 お話の中にしか無いと思っていた理想郷みたいな所を、俺は日々歩いていた。


 今はそれはいいか。

 その日、明確にいつもと違う事があった。

 ダンジョンから出て来て、夕焼け小焼けの中で駐輪場に向かった時、その荷台に何かが載っている事に気付いたのだ。


「?」


 煙草の箱だ。

 開封済みで、中を覗くとまだ数本残っている。

 誰かの落とし物だろうか?とは言っても、ここにどうやって落とすのだろう?

 吸おうとして一本抜いて、置き場所に困って一旦ここに、そしてそのままうっかり置き去り、という事だろうか。

 

 よく分からないけれど、一応そのダンジョンの管理受付窓口に、落とし物として届け出ておいた。受付の人にも困った顔をされたが、受け取ってはくれた。


 その僅かな、時間にして数分が、その再会を決めたとでも言いたげに、


「すすむ?」


 管理ビル前の歩道に、彼女が居た。

 

「すすむ、だよね?」


 ヘルメットとゴーグルで顔がほぼ隠れているのに、間違えるわけがないという確信を持った足取りで、彼女は俺の前に立ちながら、腕に手を乗せてくる。


「久しぶりじゃん。元気してた?」

「………!……!……!」


 声が、出なかった。

 本当に、不意打ちで、だから何も出来なかった。


 当然だ。

 ここに彼女が居るのは偶々で、だから事前に何の警告がされる事もない。

 かと言って青春ストーリーよろしく、叙情的な前触れだとか、詩的な予感だとか、そういうのがあるわけもない。


 彼女とまた話せる時が来るとして、俺から関わろうとはしないのだから、そのタイミングを計るよしなんてなかった。

 もしその時が来たら、向こうから何かの方法で連絡してくるか、或いは今なっているみたいな、雷に撃たれるような事故的巡り合わせか。

 

 分かっていても、心のどこかで、俺は思っていたのだ。

 彼女と再び会えるなら、もっと重々しくて、色々な前段階や儀式を経て、互いに構えた状態でないと、有り得ない、なんて、そんな物語に浸った脳味噌で考えていたのだ。


 同じ丁都の、都市部に住んでいるのだから、ばったり会う可能性はあった。

 低くても、ゼロじゃなかった。

 ドラマチックさが介在するまで、現実が待ってくれないなんて、簡単に予想出来た事だったのに。


「おーい、聞いてるー?」

「…!ハ……ッ!」

 

 やっと、吸い込んで詰まった息が吐けた。

 声どころか、空気が止まっていたらしい。


「ちょっともー……、すすむってそういう所あるよね。急にどもるって言うか、慌てん坊が一周回って止まっちゃう感じ」


 まるで気にもしていないような様子で、数日ぶりに顔を見たくらいのノリで、彼女は朗らかな笑顔をくれる。


 膨らんだポニーテールを下げる、ストレートな茶髪。

 つり目がちながらくりくりとした瞳と、なだらかなカーブを描く鼻梁、薄く桃色づく唇。

 整った眉や長い睫毛も滑らかに黒く、冷やかさを感じさせる白い肌との間に、強烈なコントラストを浮き彫る。

 背は俺より少し上で、グレー基調のブレザーにチェック柄のリボンを合わせ、膝に掛かるくらいのスカートを履いている。


——付きまとわれるの迷惑なの!分からない!?

 

 その穏やかさ、優しさが、

 記憶の中で、俺に向けられた最後の表情、最後の言葉と、絶望的に一致しなくて、


——空気読んでよ!デリカシー無いの!?


 その断層が、黒曜石みたいに鋭く尖り、胸を切り裂いて脳を開き離す。


「……まさか、私のこと忘れた、とか言わないよね?」


 それはない。

 それだけはない!


 眉根を寄せる仕草であらわにされた不安を感じ、腹から胸を通ってそのまま噴出しそうになった叫びを、直前でガチリと歯で閉ざし、

「かの……十叶とがのう、さん……?」

 俺はもっと控え目なやり方で、彼女を覚えている事を示した。


「別に、『かのと』で良いよ?昔みたいに」




 十叶とがのう叶十かのと

 俺の幼馴染だった人だ。




 二言三言だけ交わして、それでさようなら、そのつもりだった。

 けれど彼女は、何故か俺を引き留めた。


「偶然昔馴染みに会うなんて奇跡が、折角起こったんだよ?積もる話もあるだろうし、ここでバイバイじゃ寂しいじゃん」

 

 そう言って、「でも今日はもう遅いから」と連絡先の交換を提案してきた。


「今度さ、楽しい思い出の事とか、会わない間何してたとか、いっぱい話そうよ。あ、学校のみんなは呼ばないよ?すすむが気まずいだろうから、二人きりで、ね?」

 

 俺はそれに何と答えたのか、よく思い出せない。

 気が付いたら、自転車を押しながら明胤の門を潜っており、一人部屋になった自室で電源を点けたスマホには、かのとのWIREのIDが登録されていた。


 俺は、

 一人になって、

 時間を置いて、

 起こった全部がようやく喉を通って、

 それで一先ず、


 取り敢えず一息、

 ホッとした。


 もう修復不可能だと思っていた、それこそ無秩序にばら撒かれた破片となって、二度と戻らないと思っていたものが、ただパーツに分かれただけで、不格好ながらも形を整えられそうだったから。


 俺が壊してしまったって、そう思ってた。

 彼女はもう許してくれなくて、俺の顔を見るなり逃げて、一言も聞きたくも言いたくもない。それほどまでに根っこの根本ねもとから、強く拒絶されてると思っていた。


 どうやら、そうではなかったらしい。

 その安心が一等最初に去来した。


 元からそうだったのか、時間が解決してくれたのか、俺の頑張りがどこかで届いたのか、どれなのかは分からないけど、でも少なくとも、彼女は俺と会ってもいい、話してもいいと思っていたし、何なら旧交を温める事まで考えてくれた。


 嬉しかったのもあるけど、それ以上に腰の奥から引っこ抜かれるほどの安堵があった。

 自分の罪が一つ、許された気分だった。

 傷つけた過去は変わらないけど、癒えてくれたのかもしれない、って。

 


 その日の夜、俺は小さい頃の夢を見た。



 強くなって、彼女を守ると誓う俺。

 

 人並みにヒーローとかに憧れていた俺は、「大切な人を守れるくらい、強い自分」という目標を持っていた。

 将来なりたいものが、それだった。


 そして当時の俺にとって、「大切な人」は家族みんなと、それから彼女だった。

 なんならその言葉を発する時、ほとんど彼女一人の事を考えていた。

 いつか、本気でそういう男になれるって、信じ切っていた。


 世間知らずの思い上がりが、のぼせ上がって暴走して、

 約束を一切守れてないのに、勝手に彼女との絆に甘えて、

 

 距離感を間違えた俺は、彼女から強い言葉を叩きつけられないと変われない、鈍感野郎だった。


 守る以前に、まず不快にさせているのだから、救えない。

 こうして第三者目線で見ると、最低なダメダメ野郎だった。

 ストーカーとして告発されても、文句が言えなかっただろう。

 そうでなく注意で留めてくれた彼女は、やっぱり心優しい人だった。


 場面は移ろい、

 季節は進み、


 中学校の教室。

 嫌がらせの標的にならないよう、寝たふりをして息を殺している俺は、彼女とその友人との会話に聞き耳を立てていた。


——確かにかっこいいよね

——でも私、思うんだ

——一番はやっぱり——




 一週間後、俺は学校帰りに、待ち合わせのカフェに直行していた。

 



 彼女と一緒に居た記憶、良いものでも悪いものでも、それをいつまでも引き摺ったままでは、彼女にとっても迷惑だろう。

 きちんと処理して、咀嚼して、呑み込んで、自分の一部として、軽い足取りで次を目指す。

 過去に決着をつけて、これからは何の落ち目も無く、良い友達として関わっていたい。


 前に進む為に必要だからと、


 俺は一層の気合を入れて、


 カラカラ鳴らしながら扉を開いた。

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