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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十六章:どれもこれも、もう止められない

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445.後でニュースで見てびっくりした

「「不甲斐ない。私は恥ずかしいです、リーゼロッテ」」

「………ハイ………」

「「救世主教信徒、それも誉れある騎士団長が、御勅命を宣するだけで、この有り様とは」」

「………申し訳ゴメンナサイ………」


 救世教会が調達した旅客機。

 その一角を寝室のように改造したスペース。

 そこで毛布を被り、熊のぬいぐるみを抱きながらガタガタ震えているのは、世界6番目の認定を受けているディーパー、神聖ローマ市国東方聖騎士団団長、リーゼロッテ・アレクセヴナ・ロマノーリである。


「アノ……やっぱり、お酒入れちゃあ……」

「「良いわけないでしょーが!…ゴホン、略式とは言え、重要な式典です」」

「で、ですよね、ですよね……!」

「「そもそも聖職を得る身でありながら、酒精に頼る事を恥と心得なさい」」

「すいませんすいませんスイマセン……!」


 それをつらつらと叱咤しているのは、頭上に一つの大きな輪を戴く、背格好の等しい男女二人。

 但し彼らは、口を貸しているに過ぎない。

 それを通して時に朗々と、時に父母の如く語るは、救世教会のメッセンジャー。

 人為的調整魔法の最高傑作。

 神聖ローマ市国代表広域伝道者。

 チャンピオン第3位、“聖聲屡転ガヴリール”。

 

 彼、又は彼女は、リーゼロッテをふるくから知るが故に、時にこのように少しばかり親しみを込めて、折れくねった性根を叩き伸ばそうとする。


 が、今は緊急性がそれなりに高い議題である為、このままネガティブ思考のループに入られて会話が成り立たなくなるのは、望ましい事とは言えない。

 “聖聲屡転ガヴリール”は溜息を吐き、横に控えていた侍従の一人に命じて、リーゼロッテが愛用しているスキットルを持って来させた。


「「くれぐれも、潰れぬよう」」

「ハイ!ハイ約束します!」


 こういう時だけ自信満々にハキハキ喋る彼女は、その変わり身にまたも相手の頭痛を悪化させるのにも構わず、その場でキュポンと蓋を開け、アルコールで喉を引っ掻くように流し込む。


「ぷへぇ~……!調子全快エンジンぜんかーい!だにゃ~!」


 そしてトゥニカを脱ぎ捨て、前髪を一部下ろし、ジャンパーの下に薄着という日頃のスタイルに戻ってしまった。


「おー、さみーさみー…!冷えるねェ~…!」

「「まったく、嘆かわしい……」」

「かったいこと言うなよぉ、ガヴぅ~…!こっちのアタイの方が、ステキ!じゃ~ん?ニッハハハハハ!」

「「こちらはいつでも魔法でアルコールを解毒出来るのですよ?」」

「待て待てまてって!ちょっとくらいジョークを飛ばさせてくれよこのブッチョーヅラ天使ちゃんめぇ~!おろ?おろろろ?カリカリしてる?カリカリカリ?カルシウム、足りてないんじゃにゃぁい?ニハハハハハハハ!」

「「………」」


 二人の表情は顔布に隠されており、もともと発信元の機微が細かく反映されるものでもない。

 が、リーゼロッテ以外の室内に立つ全員が、“聖聲屡転ガヴリール”の光輪に青筋のマークを幻視した。


「んでさぁ~?あれどうなったのアレ?」

「「どの議題でしょうか?直近で生じた試練が多岐にわたります。よりつぶさに」」

「あの職務ホーキクンだにょぉ~」

「「詳細不明。それ以上は何も」」

「なあにそれつかえなぁ~……!」

「「未だ容疑の段階です。予断で罪科を判じてはなりません」」

「はいはぁ~い……。暫くは手がとどかなーいし、ちゅうぶらりんで手を打つかにゃあ………。あっ、ろーま症との融和工作はどこが邪魔になりそ?」

「「聖国は今回、漏魔症に土を着けられる憂き目を免れた事で、辛うじて反感は最小限に留まっております」」

「じゃあ反対最大手は~、フランカかぁ~?」

「「予選での談合を持ち掛けた事実を、従属させていた関係諸国から逆に外交上の切り札として示威されているとの情報が」」

「ありゃりゃ、やりすぎちったねえ、そりぁ~!頭押さえるの、思ったより楽チンそうじゃあん」

「「英国からは今の所目立った動きが見られませんが——」」


 それから彼らは業務連絡のように、幾つかの要注意事案を各個潰していくが、“それ”について意図的に避け、指先で輪郭に触れるのみで安置していた。

 その話を掴めば、長くなる。

 残り時間の全てを使って話すべき本題だと、どちらも、誰もがそう合意していた。


「ニハハ……」


 再度キツめのアルコールを入れて尚、リーゼロッテの面持ちは晴れ切らない。

 誤魔化すにしても限度がある。


 その情報は、事が起こってから少し遅れて入ってきた。

 本来ならとある国の機密事項、なのだが、人の口に立てる扉程度で止められない重大事、天変地異。

 そのうち公にも知れ渡る事になる。


 世界が変わるその一報。


 あの日、

 ギャンバーU18の世界大会決勝当日。

 

 まさにその日の話だったと言う。




—————————————————————————————————————

 


 

「………」

「………」


 ごうごうと威容を流落りゅうらくさせる白い瀑布。

 日輪から遠い山中の滝壺、その縁の岩に腰掛け足を水の中に浸していた女は、


「くっはっ…!」


 沈黙の後、おこりのような震え方で笑い出した。


「ははははは……!はは……!はははは……!は……!」


 両腕で日に焼けた肌を抱き、発作のように小刻みに上下する。


「かははは……!はは……!イミ、わかんなー…!」

「………」


 傍に立つ旅装の男は、黙したまま。

 好対照にも見える反応だが、これが自然だ。

 それを聞いた者は、笑うか、黙るかしかない。


「ははははは!ははははははは!!」


 バシャバシャと飛沫を撥ね上げるバタ足。

 それは八つ当たるように、水面を何度も叩くのだった。




「は?」


 ガラスと赤い葡萄酒が、支えるものなくデッキに落散らくさん

 太蔽洋上に浮かぶ船の中に設けられた上等なソファの上で、黄金色の三つ編み髪の女はポカンと固まった。

 隣で道化師の手で注がれていた葡萄酒が、血の池のように溢れ広がりつつある。


「………なんじゃと……?」

「だ、だからさあっ!」


 火急の報を持ち帰った少年も、自身での咀嚼が間に合っていない。

 ここまで全速力で、とにかく届ける事を優先したが故に、思考の隙が一切無かった。


 下手の考えなんとやら。

 どう見ても彼如きが考えて分かる話ではないのだから、最も信の置ける頭脳に調理して貰うしかない。


 が、

 彼らの中でも最高峰の頭脳でさえ、

 その事実を入力されるとフリーズした。

 数秒の間怜悧を潜め、おぼつかなかった。


 彼らが持ち寄ることわりの、正しく埒外の霹靂へきれきであった。



 

「首相…!これは…!認めねば、なりません…!」

「ど、同志!報告致します!その、とにかくありのままをご報告致します!」

「大統領、落ち着いて聞いて下さい」

「猊下、神の御意向を我らに…!我らが父はなんと…!?」

「それは…、確か…、なのか…?公爵閣下の、御耳に入れられるほど、確かか……?」

「現在各貴族家の代表を招集しています。お分かりですね?ほぼ覆らない、という意味です」

「至急総理を呼べ!大至急だ!カット出来る会合は全てキャンセル!」

「く、クミちゃん?冗談ならシュミが悪過ぎるかなー、なんて……」

「人員を追加で送れ!事実確認を急がせるんだ!」

「諜報部に全力を上げさせて下さい。他の国と一分一秒遅れるだけでも命取りになりかねません」

「いいや、どの道答え合わせが来る。緘口令なんて目じゃないぞこんなもの」




 牲歴、2061年。

 1月12日。

 南洋地域シンド連邦共和国。

 特異窟永級第5号。

 非公式名称“泆矗戰ストレート・ストリート”。




                () ()




 ダンジョンが現れて2000年、

 新人類の歴史が始まっておよそ20万年で初めて、


 永級ダンジョンの枯失こしつが確認された。


 それは同時に、“彼ら”の席が一つ取り上げられた事も意味していた。


「……そういう、事ですの………」


 “転移住民リーパーズ”の一席、“臥龍メガサウリア”は、


「ようやく、分かりましたの」


 その時全てを悟っていた。


「お姉様が、あいつを使って何をしたいのか」


 顔を上げ、


 預言をのたまうように、


 神話を紡ぐように、


 厳かで眩しげに、


 だけどもどこか痛切に、


 寂寥せきりょうたたえ、


 彼女は吟ずる。


「全ては、その為に」

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