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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十六章:どれもこれも、もう止められない

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444.ここまで、来たんだ part2

「私達教会は、様々な教えを人に与えました。『潜行者とは特別である』、それは彼らが背負わざるを得ない使命を前に明白。そしてそれは、潜行者の暴虐を制止する、最低限の安全弁でもありました」

「安全弁?」

「はい。潜行者は超人です。ダンジョンが続く限り、彼らは他者より強く在らねばならない。潜行者にあらぬ者達との間には、生物としての格の隔たりが発生する。自然に任せてしまっていれば、互いが互いに同族意識を薄めてしまうのです」

 

 潜行者が人間扱いされないって言うのは、確かに普通の「あるある」だ。

 その逆に、潜行者がそうじゃない人を見下すって言うのも、どうしても出て来る話だろう。

 俺だって多分、どこかにそういう意識が芽生えている。

 「自分は他の普通の人とは違う」、みたいな気持ちが、良かれ悪しかれ、どこかに根付いている。


「我々は潜行者への崇敬を、潜行者からの隣人愛を説きました。戦う者達は、自らを愛し、その帰りを歓迎する愛すべき人々の為に、戦う。そうでなくてはいけません。道徳を横に置いたとしても、実利として、双方が納得するバランスが無ければ、いずれ暴発が待っている。命をいたずらに損なう爆発が」

 

 人がディーパーを尊敬しなくなって、地位もお金も何も出さなくなったら、多くのディーパーは人の為に働かなくなる。

 ダンジョンから人を守り、その恩恵で文明を発展させて、みたいな事が起こらなくなる。


 ディーパーにもそれ以外にも、互いの事を思い遣れと言い聞かせ続けないと、沢山の人が死ぬ将来が残る。


「人間性に下限などありません。人の底なんて簡単に抜けます。潜行者は力を持ち、枷が無ければ暴走します。人は恐怖を忌み嫌い、放っておけば無関心に逃げます。誰かの力で平和を維持する社会には、責任が、正しさが必要なのです」

「それが、神様ですか?」

「ディーパーとそれ以外との差が馬鹿馬鹿しくなるような、圧倒的な上位者、絶対的な真理。それを説く事が、そのまま人の暮らしと生命を守る」

 

 救世教は、というか宗教は、ただそれっぽい物語を並べているのではない。

 

 物語の力で、どんな人でも、例えディーパーとして戦いの運命の中にある人でも、幸福にしようとする人類の知恵。


「そんな“正しさ”の公式から、長年爪弾きにされていた物があります」

「………漏魔症……」

「はい。それはダンジョンが生み出した物ながら、ダンジョンからの働きかけをほとんど受け付けず、その上で害だけを齎すと考えられてきた」


 魔力の漏出と、異形化。

 まだ発症例の記録も少ない頃、それはいつ悪化するかも分からない、爆弾ゲームのボールだった。自分の手元から、一刻も早く別の誰かに押しつける、そうやって扱われてきた。


「こう言うと言い訳めいて聞こえるかもしれませんが、教会は当時彼らを、神から見放された者達として切り捨てざるを得なかった……、いいえ、矢張り言い訳ですね。訂正します。我々は切り捨てる事を選択したのです」

「………」

「何故なのか、分かりますか?」

「………ディーパーの立ち位置が、ややこしくなるから、ですか?」

「……貴方は本当に呑み込みがお早い」

 

 六使通さんは、何か痛ましい物を見るように目を細める。


「潜行者のなり方と、漏魔症の発症方法は、どちらもほとんど同じです。ダンジョンや、その生成過程への接触。では両者を分ける物は何か?現代では、最初にダンジョンからの魔学的エネルギーを受ける時の、その総量や密度等だとされます。せんずるに、運です。しかし、それを認めるわけにはいかなかった。いかないと、我々は考えた」

「漏魔症っていう嫌われ者と、ディーパーが同じ物だって、そういう話になるから」

「お察しの通りです。潜行者の聖性は、保たれなければならなかった。人が潜行者を汚らわしく思ってしまったら、意思無き爆弾や疫病のような排除すべき物だと感じてしまったら、敬意と愛は失われ社会は崩壊します」


 だから、漏魔症とディーパーを切り離した。

 「漏魔症になるには理由がある」、「彼らは罪人だったからそうなった」、「誇り高きディーパー達とは決定的に異なっている」、と。


「潜行者を志し、ダンジョンに向かう勇者達、彼らの決意を鈍らせない為にも、必要な事でした。神の前に何らやましい所無ければ、漏魔症には罹らない。洗礼により、栄えある潜行者として生まれ変われる」

「そしてそれが、2000年続いたわけですね」

「………申し訳ない」

「……救世教だけの話じゃないですし、六使通さん個人にどうこう出来る話じゃないです。謝られても、困ります」

「ですので、略式では御座いますが、救世教会として謝罪をさせて頂きたく、本日この場を設けさせて頂きました」

 

 彼はそこで立ち上がる。

 他の教徒の人達も一斉に。

 俺も釣られて腰を浮かせたが、そのままで大丈夫と手振りだけで伝えられた。

 

 彼らが2列に並び、それで作られた通りを一人が楚々と進む。

 たぶん女性だ。

 水色っぽい髪を後ろに垂らし、顔は円が描かれた布で隠されている。

 彼女は俺の前に立って、それから何故かキョトキョトと落ち着きを無くし始めた。

 えっ、これ、俺が何かやった方が良いの?


「殿下、お願い致します」


 と思ってたら、六使通さんが何かを促し、それを受けた彼女は少し俯いた後、意を決したようにその布を上げて素顔を晒す。


 美人だ。

 透き通る青目、整った鼻筋、雪のように白い肌。

 ………どこかで見たような気もする。

 

「……御手を」


 波線のようにモゴついた口から、消え入りそうな声が辛うじて聞こえ、掌を上にした両手が差し出される。

 俺は訳も分からず、彼女に向き合ってから、右手をその上に乗せる。

 彼女はそれを捧げ持つように跪いて、ボソボソと何かを唱え始め、


「………教王猊下の代理として、私、神聖ローマ市国東方聖騎士団団長リーゼロッテ・アレクセヴナ・ロマノーリが、御言葉をお届けします」


 手の甲に口付ける。


「あなたに神の祝福があらん事を。そして我々救世教会は、これより漏魔症に苦しむ方々の、汚名払拭名誉挽回に勤しむ事を、ここに誓います。あなたに神の祝福を、そうあれかし」

 

 俺が訳の分からない展開に目を白黒させている間に、彼女はそそくさと別室に逃げて行ってしまった。


「あのー……」

「勿論、後日正式な形で、より大々的な式典を執り行う予定ですが」

「いやそうじゃなくて、今のって……!」


 流石の俺も名前を聞けば分かる。

 キリルの皇位継承権保有者の一人で、キリル正教会の有力人物、何より救世教会の最終手段。

 チャンピオン第6位。

 リーゼロッテ・アレクセヴナ・ロマノーリ。

 

「なんで、ここに……!?」

「彼女も我々救世教会の人間ですので、当然同行しております」

「いや『当然』って…!何処にでも出てきて良い人じゃないでしょ……!」

「……もしや、お気付きでない?」

「……え?」

「つい先日、日魅在様には御挨拶を済ませたと、そう聞き及んでおりますが………」

「挨拶……?」


 俺の脳内で突発連想ゲームが始まる。

 救世教、挨拶、女の人、水色の髪………あっ!「ああっ!えっ、ええっ!?」


 あの酒カs……酔いどれお姉さん!

 いやキャラ違い過ぎない!?

 言われないと分かんないよ!?


「申し訳御座いません。殿下はどうも、人見知りのきらいが御座いまして。酒類の力を借りなければ、あのように四六時中萎縮しておいでなのです」

「それって聖職者的にどうなんですか?」

「どうなん、どうなんでしょうか………」


 いやそこでそっちが困らないでくださいよ。

 一番困ってるのこっちですからね?

 

 六使通さんは空気を切る為か咳払いを一つ挟み、列を作っていた皆さんを解散させてから再び席に就く。


「我々救世教会は、これまで漏魔症から目を逸らして来ました。しかし真理を得るまでの旅路では、いつか向き合うべき時がやって来る。それが、今だと考えております」

「もしかしてそれって、俺が現れたから、なんですか?」

「その通りで御座います。漏魔症もまた、神の祝福を受ける者であった。彼らは本当に潜行者と同じであり、人がその事実を受け入れるまで成熟していなかった。その可能性が大いに高まりました」

 

 俺が魔力を使えたから、

 並のディーパーより強いと世界に証明したから、

 教会は愈々、それの読み解き方を変える事にした。


「貴方が、変えたのです」

「俺が……」

「この2000年停滞し続けた、我々の最も大きな罪業、それをあがなう鍵、それが貴方なのです」


 俺が諦めないで、

 強くなって、

 活躍して、




 漏魔症を、救う。

 



 本当に、


「本当に、そんな、こと…!」

 

 そんなことが…!


「誠心誠意、取り組ませて頂きます。お約束します。我々は今度こそ、漏魔症との対話を投げ出さない」

「それは………!」

 

 腰が、

 腰が抜けて座席に深く沈み込む。

 いきなり俺は、目の前で一つ、理想を叶えられてしまった。

 

 救世教会が、漏魔症救済に動いてくれる。

 そんなことって、そんなことってあるのか?

 現実感が無い。

 頬を抓ってみたいけど、手に力が入らない。

 

 それじゃあ、

 それじゃあこれからみんな、

 天王寺さんや、佑人君達や、じーちゃんは、

 

「あの……!」

「はい」

「丹本に帰ったら、」


 誰よりもまず、


「伝えたい人が居るんですけど」


 俺の家族に、吉報を持って行きたい。


「急激に広まれば、影響が大きくなり過ぎ、強い反動が返る危険も御座いますので、あまり大勢にはご遠慮頂きたいのですが……」

「『ですが』……?」

「信頼のおける方でしたら、問題ありません」

「そ、そうですか……!」


 それなら大丈夫だ。

 じーちゃん程信頼できる人、なかなかいないから。


「そうですか………」


 ぐったりと熱い頭を垂れて、目に入ったコーヒーをぐいっと呷り、それから、

 それから………

 

 落ち着かない。

 

 スキップでも踏みたいのか、


 ワッと泣き出したいのか、

 

 それとも今すぐ報せに行きたいのか。


 嬉しいのか悲しいのか怒ってるのか焦ってるのか、


 たかぶってる事だけが確かだった。


「そう……ですか………」


 全て失って、漏魔症になった日を思い出す。


 それからの学校での日々を、反吐の中でのたうつような日常を思い出す。


 自分の足で立って、一人でも生きていけるのだと、意地を張ろうと決めた日の事を思い出す。


 く~ちゃんの眩しさを浴びて、いつか自分も誰かを救えたら良いと、漏魔症でもやれるのだと証明してやると、無謀な夢を持った日の事を思い出す。


 搔き集めた希望が霧散して、行き場がどんどん狭められて、いつか窒息して死ぬのだと思って、遂にはどん底にまで落ちて………


 運が上向いた後だって、困難は数え切れないくらいあった。

 漏魔症アンチはいつまでも消えない。

 学園の生徒の半分以上から敵視されている。

 あっちこっちから命を狙われて、

 おじいちゃんとおばあちゃんも居なくなった。


 だけど、

 沢山躓いて、叩きのめされたけど、

 無理だって言われて、現実を見ろって罵られたけど、


 やったか?

 やった、のか?

 俺は、壊したり、殺したりだけじゃなくて、


 救えたのか?

 世界を、良い方に変えられたのか?


 脳が体の中をぐるぐる駆け回っている。

 考えて、結論を浸透させる事に全器官を使用して、

 汗や涙を出す余裕さえ無くて、

 

 リズムを刻むタップ音。

 奏でているのは、俺だ。

 俺の両手が、座席を意味もなくパーカッションにしている。


 行儀が悪いとか、話している相手に失礼だとか、頭に浮かばなかった。


 ただ、


 ただただ心臓を破って跳ね回る、今の気持ちを誰かに伝えたくて、


 俺は真上に頭を倒す。


 彼女が覗き込んでいた。


(((ススムくん)))


 両腕を背凭れの上に載せ、袖で口元を隠しながら、


(((面白い顔を、していますね。私好みの)))


 愉快そうにそう言った。


 ああ、彼女も喜ばしそうだ。

 

 そんなわけがないのに、勝手に共感を得たような嬉しさが胸に広がり、


 彼女と通じたような気がして、


 全身に再び芯が入った。


 甘くぼやけた橙色に映った俺は、


 笑っていた。


 確かに、


 くしゃくしゃで滑稽な笑顔だった。

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