444.ここまで、来たんだ part1
飛行機自体、人生2回目だ。
その2回目で、いきなり最上位クラスの座席に乗れちゃっている。
これいいのかな?
いや別に俺の金じゃないし、向こうの厚意ではあるから、ありがたく貰っておいていいサービスなんだろうけど……やっぱモヤる。本当に良いのかこれ?
「落ち着きませんか」
「は、はぃ……まあ……」
「申し訳ございません。矢張り、私の顔は見るのもお辛いでしょう」
「ぃぃえ…?その……」
「誠に手前勝手では御座いますが、私は貴方に事情説明を施す任を負っています。絶対の秩序たる御方から、私に与えられた責務であり、祝福です。全うする事をお許し頂ければ至極の幸いです」
「全然ぜんぜん!どうぞ!ドーゾドーゾ幾らでも!ハイ!」
俺の前で何やら畏まっているのは、スーツ姿で綺麗な黒髪をぴったり整えた、エリートリーマンみたいな男前。
六使通信さん……もっと通りが良い呼び方をすれば、TooTuberの“あっしぇん”である。
折角この前のインタビューの時、幸運にも言葉を交わさず気まずさ回避を達成したというのに、なんと一対一での対面である。
お蔭でファーストクラスの席を全然満喫できない。
ここに入るのが許されているのが、救世教の人員以外だと俺だけだから、余計に色々考えてしまう。
心細さだとか、俺だけこんな豪華な待遇である事への後ろめたさだとか、色々と。
「ありがとうございます。それでは、どこからの説明をご希望でしょうか?」
「えっと……、まず、六使通さん、救世教徒だったんですね……?」
「ええ。厚かましいお願いでは御座いますが、宜しければ、ここだけのお話に」
「言いふらすつもりは無いですけど……」
動画とか配信とかでは、そんな素振り一切見せなかった。
ちょっと意外な事実というヤツである。
「それで、俺の帰国スケジュールが前倒しになったのって……本当にあの……」
「はい。日魅在進様への襲撃計画が実行に移されようとしていた為、こちらで安全な旅路を御用意させて頂きました」
「『様』とかそんな……」
ニークト先輩と俺の前に扉を開けて現れたのは、先生方と一緒の救世教徒だった。
そこから何か分からないうちに、貸し切った飛行機ですぐに帰る運びとなり、あれよあれよと言う間に機内へ放り込まれた。
にしても、前に一緒に潜行した時には居ないも同然な扱いだったのに、この態度の変わりよう。ゲヘへ気分良いぜぇい!とはならず、何なら怖い。
身に覚えがないのに、凄い下段から来られると、逆に威圧を感じるのだなあ………。
新し過ぎる発見だった。
うーん、でも、こんな機会あんまり無さそうだし、
聞きたい事、聞きたい事………
「えーと、これは聞いて良いのか分かんないんですけど」
「どうぞ。是非とも。ご遠慮なく」
近い近い近いグイグイ来過ぎだって!
「今の俺、そっちの中だとどういう扱いになってるんですか?」
ただ、これはどーしても気になる、というより、数ある死活問題のうちの一つだ。
救世教会のスタンスとして、漏魔症なら人に非ず、みたいな立場を公言している。
去年の8月の騒動の時は、何かと協力してくれたらしく、漏魔症の扱いも「一旦保留」くらいの温度感だと言われていたけど、それは変わらず、なのだろうか?
この話、つい数日前にも聞きたかったんだけど、話してくれそうなのが酔っ払いの変人お姉さんだけだったからな……。改めて確認したい。
「お察しの通り、非常に難しい位置にあります」
「やっぱり、そうなんですね……」
「しかしながら、決して負の産物としてだけで論じられているわけではない、という事も確かです」
「……俺に、何かプラスを見出していらっしゃる人も……?」
「はい。小さくない勢力が、貴方の擁護論に回っておいでです」
わあおびっくり。
一番水と油だと思ってた所が、どういう風の吹き回しで?
「我々が望む所として、大いなる御意思を読み解く事、という物が御座います」
「神様が、何言ってるか、聞こうとしてる、って事ですよね?」
「ざっくり言えば」
教会のイメージ通りって感じの行動原理だ。
「世界にはダンジョンがあり、それを平定する潜行者が存在する。それらには意味がある筈です。人は考えました。神はそれを通して、何を仰りたいのか」
「ダンジョンは人間の罪の結晶で、ディーパーはそこから出る穢れを一身に受けて、贖罪を担当する人達、みたいな考え方になったんですよね?」
「良く学ばれていらっしゃいます。大変結構な事です」
「ははあ、これはどうも」
これどっちがへりくだってるのかよくわかんないな。
「我らが教えの下で、古来より潜行者が偉大とされてきたのには、そういった事情があります。神から与えられし試練に、最も正面から挑んでいる者達。神と向き合い無原罪へと還る旅程、その天国への歩みの最前線を踏み固める先遣隊。それが潜行者」
「神様から抜き打ちテストを出されるのを待ってる人より、自分から模試を受けに来る人の方が勉強熱心で偉いよね、みたいな?」
「だいたいその理解で正しいでしょう」
神様がどうこうはともかく、世の中を良くしようと頑張る人が優れているとされるのは、理屈としては吞み込みやすい。
「ですが」
ですが?
「これは飽くまで、我々の世界での話に過ぎません」
「え…?でも、神様が絡んだ話なんですから、普通に神様の世界の話と地続きですよね?」
「ええ、そういう事です。我々のような神を父と仰ぐ者達にとって、その理は自明のものでした」
「??」
ととと……?分からなくなったぞ?
「つまりですね、神と原罪を信じない人々にとって、そんな話は知った事じゃあないんですよ」
「………えっ」
俺はついキョロキョロと周囲を見渡してしまった。
い、今の発言って、結構アブなかったりしないのかな?
「御心配は御無用ですよ、日魅在様」
そんな俺のキョドり方が可笑しかったのか、相好を崩しながらコーヒーに口を付ける六使通さん。
「我々はしっかりと現実が見えております。この世には神を信じない者が、それも数多く存在する。その者達に、如何に神の御言葉を届けても、まるで響く所がない。承知しております。それくらいの事」
「そ、それは……」
「もっと狂信的な集団を想像していましたか?」
ウッ!
な、ナンノコトカナー……?
俺は最近上達し始めた口笛を吹いて目を逸らす。
「教会は愚かではありません。見た目が幾らか変わった程度で、人々の暮らしに寄与しなくなる、何ら意味を持たない教えであれば、それは神の口から出るものではありません。教えが人に影響を与えなくなった時点で、それは我々の見通しが短絡であった事の証左、つまり誤解釈であった事を突き付けられます」
「うーんと……、神様が『こうやって』って言ってる事なら、例え神様の名前を使わないでも、同じ方へ人を導ける、って事ですか…?その、“普遍的”、だから……?」
「素晴らしい御理解です。我々は神を信じない者達にも、異なる言葉で同じ事を教え、それによって世を治められなければなりません。それが出来ないのであれば、それは『神の教え』ではありません」
神様の言う事は、救世教徒以外も納得させるものでなければならない。
分からないなら、伝え方が悪い。
理解した上で現実に沿ってないなら、それ以前の解釈が間違っている。
「この世には、ダンジョンがある。これは現実です。これを放置すれば、世が乱れ、犠牲が増える。これも現実。それを抑えられるのは、潜行者しかいなかった。それもまた現実。これらの現実を前に、潜行者は人の世に貢献し、人々はその献身に敬意を表すべき、そう主張する事に疑いを持つ者は、少数でしょう」
「道理を解するなら、誰であれ同じように頷く筈」、
それはそうだ。
ダンジョンがある世界で安心して暮らせているのは、ディーパーの存在が大きい。
ディーパーは平和を守って、他の人達はディーパーを尊敬して、それは普通の考え方だ。
そしてそれは、さっきの神様の世界の理論と、着地点がほぼ同じ。
どっちも「ディーパーの皆さんを大事にしよう」、みたいな結論に落ち着く。
「我々は、我々が思う神の御告げと、眼前に横たわる厳然たる現実とを絶えず擦り合わせ、真の御意思を削り出すという、2000年続いた試行錯誤を引き継いだ、探究者の末裔なのです。何も神秘ばかりに傾倒しているのではありません。人を救えぬ教えなど、節穴が唱える誤った神格。それは全知全能なる神への冒涜と同じこと」
神様を大事に思っているからこそ、「神様」という言葉が持つ力だけを振り回す事をしない。
そこに宿る力を使うのでなく、増させる。
それが信徒の仕事だと言う。
「勿論、そうは考えない、嘆かわしい傍若無人さを持った者達も、現代にも尚数多く存在する事は確かです。けれど、本道はそれ。我々の真意はそこにある。無謬の真理を絶えず探し続ける、それこそが本懐。御理解頂けますでしょうか?」
「なんとなく、分かります。プラスマイナスみたいな符号と数字がセットな数学は、いきなり教えられても直感的に分からない。だけど『リンゴが2個にみかんが3個で合計何個?』みたいな算数から始めれば、そのうち誰でも分かるようになる。
神様の言う事を正しく理解できているなら、四則演算から数学に発展できるみたいに、身近な所からその真理まで段階を踏んで辿り着ける、って感じですよね?」
彼は満足そうに頷き、それから俺の手元を見て「コーヒーより紅茶の方がよろしかったでしょうか?」と尋ねた。
そう言えば砂糖を入れてからずっと掻き混ぜてたんだった。
正直炭酸飲料とかオレンジジュースの方が好きだけど、出されたものにそんな失礼な事も言えないので、角砂糖をポコポコ入れて味を誤魔化している。
「大丈夫です」と言って恐る恐る口に入れる。
うん、これくらいなら飲めるな。
(((何ですかこの甘さ。私の珈琲の苦味が台無しです。十点減点)))
(カンナの以前に俺のなんだよ)
(((ススムくんは私のものでしょう?)))
その一言で動いた自分の心情を誤魔化すように、俺は六使通さんに視線で話の続きを促した。




