442.そこまで来てたの!?
「ふむん?どうやら本当に、S・Kが片付けたようだわい」
「左様で御座いますか」
五大湖に隣接する自然林の中、動く物が見えないその場所で、二人の会話が聞こえてくる。
「憑依現象ありきとは言え、illを退けるか。やるわいなぁ。政情さえ許せば、もっと泳がせてサンプルデータ収集に使う我の案も、通ってくれた筈なのじゃが……」
「つくづく漏魔症とは、取り扱いの難いテーマじゃわい」、
光を曲げるフィールドの中、白衣を羽織り、ロイヤルブルーのスクラブ姿をし、仰々しいゴーグルを掛けた小柄な老人。
鶏冠のような白髪以外、つるりと体毛が見当たらない。
「兎にも角にも此度の事は、僕達にとって得であったと、そう言えましょう」
もう一人。
白いシルクハットに白スーツ、長髪の長身。
「僕という札を、向こうに晒さずに済みました。何よりの優先目標の達成。今はそれを喜ぼうではありませんか」
白スーツの男の言葉を聞き流すように、白衣の老人は背凭れまで作り込まれた折り畳み椅子に乗って、持ち込んだノートPCの画面に齧りついている。
「喜ばしい!喜ばしいわい。それはその通り大変な収穫じゃった」
が、会話を続けるつもりはあるようだった。
「しかしながら、じゃ。ダンジョン開発急先鋒の国に、あれをとことん調べられる環境があるのじゃと思うと、とてもじゃあないが諸手は挙げられんわい」
「向こうには彼が居ます。が、こちらにはそれ以上の材があります。何をそれほどに恐れているのです?」
「『材』?それはなんじゃ。そこまで当てに出来るものか?」
「“彼ら”と、それが齎す叡智、軍事技術の蓄積、そして、この僕が」
「お前も我が国の切り札カウントでいいんじゃろうか?」
「当然で御座います。僕はこの国の土壌によって育まれ、この国の理念の傘の下で身を立てました。この国あっての我が身。爪の一枚に至るまで、僕の全ては国の物です」
「そう言うのならばアイン、何故合衆国の敵に加担した?」
老人は変わらずキーを叩いてはインジケーターを睨み、自らの頭を叩くのを繰り返している。
それを見ると、まるで興味が無いか、ちょっとした好奇心で聞いているようにも思えてしまう。
その中に愛国心から来る、審問官としての顔があるのか、本当の所は窺い知れない。
「僕は誓って、敵に与してなどいません」
いずれにせよ、アインの答えは同じだ。
老人もそれは分かっている。
「『二度』、じゃわい。バーと、スタジアム。一度ならず二度までも、お前はスラムのチンピラを救った」
「救ったつもりなど。所持品を調べ無害であったと確証を得た上で放したに過ぎません」
「お前の能力なら、危うい物品があろうと改竄隠滅朝飯前じゃわい」
「可能かどうかで言えば、肯定しましょう。ですが、やったかどうかで言わせて頂ければ、否定します。僕は任務を忠実に遂行しました」
「そうかの………」
老人は右の親指を立て、背後を指し示す。
「ならば頼むぞ?あれが信用ならん以上、お前が我が国最後の防衛線じゃわい。S・Kがこちらの手に負えなくなって、緊急で削除する必要が生じ、されど我が国の他の戦力では太刀打ちできないとなった時、」
「お前のその手で葬って貰う事になる」、
そこでやっと、彼はアインに向けて顔を上げる。
「マイノリティとしてのシンパシーかは知らんが、その個人的感情で矛を鈍らせる事の無いようにせよ」
——クリスティア最高機密
——世界最強
——コードネーム“確孤止爾”
「アイン=ソフ・シュタイン」
そこまで一方的に要求した後、老人はまたPCに掛かり切りになる。
「イエッサー。御命令通りに」
身体を横向け、右腕全体をゆらりと流して胸に当て、上半身を倒す優雅な一礼。
但し、その左眼は、先程老人が指した先へ。
彼らをここまで運んだ軍用車、そこで待つあの女へと。
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「フぅー……」
厚い体、片側を剃り上げ、鋸刃状の髪を反対に流す女。
トラックの表面の柄を、都市迷彩から雪原用に変更し終えた彼女は、指先から出した火を使って一服していた。
車体に体重を預けつつ、「用」が終わるのを退屈そうに待っている。
「やあ、君か、ワースト」
と、出し抜けに口を開き、誰かに向けて喋りかけた。
「ボクだよ。この前ぶりだネ、“号砲雷落”」
サイドミラーの中の彼女、その陰から一人の男が現れる。
全身黒づくめ、長髪パーマで針金めいて痩せぎす。
“最悪最底”、零負遠照。
チャンピオン8位のジョーナ・Z・ヴァークと、元チャンピオンにして世界最悪のディーパー、奇妙な密会である。
「どうしたんだい?こんな所まで来るなんて、慎重な君らしくもない」
「答えは簡単。キミを責めに来た」
「へぇ~?」
外気に冷やされ白くなった吐息と、煙草の煙を混ぜこぜにし、それから顔を上向けて、雪を食べながらヴァークは問う。
「Is there any problem?なにか不都合でも?」
「君はお祭り騒ぎを欲してるって、そう思ってたんだケド、それはボクの思い違いカナ?」
「That’s right!大正解さ」
「それなら、もっと張り切ってくれても良かったって、ボクはそう思うんだけどねえ?折角、冷や水を掛けそうな組織を、教えてあげたのにサ」
「大した炎になってないじゃないか」、
それを聞いた彼女は、噛み締めるような含み笑いで返す。
「何か可笑しい事言ったカナ?」
「そうだねえ?それで行けると思ってる君が、どうにも可愛くて仕方ない」
遠照はその言い草に、片頬を吊り上げただけで答える。
「君の狙いは分かってるよ?反社会的組織だけでゴチャらせれば、この街への社会全体の注目がより高まって、常に衆人環視状態に。“あいつら”は目撃されたくなくて、どんどん手が出しづらくなる。そういう環境を作りたかったんでしょ?
どうしてか知らないけど、あのボウヤを世界大会の最後まで戦わせたかった……ってより、illとの戦闘で、死んで欲しくなかったのかな?What a worrier!君は彼の父親かい?」
「参ったナア……」
大して困っていなさそうな軽さで、遠照は言外に肯定する。
「ま、僕がそんな目先のボヤに惑わされると思ったら、大間違いだよ。鉄の匂いは嗅ぎ分けられる。もっといっぱい死にそうな方に持ってくさ、そりゃあね」
「でも結果は、一組織の壊滅でフィニッシュだケド?」
「そこはまあ、賭けの妙だね。一発だけ実弾を抜いたロシアンルーレットだったけど、残念、6分の一のハズレを引いちゃった。What a shame!」
「キミのお遊び癖の良くない所だね。整序立った既定路線を嫌うせいで、果たせた筈の望みが遠のく」
「でもま、今回はそれが正解だったみたいだ」、
発作のような気紛れに、敷いたレールを図面ごと破壊された割には、彼は上機嫌なようだった。
「お蔭で、思ったより近いのかもと、そう思えてきたよ」
「フーン?楽しそうだね?」
「キミほどじゃない」
「あ、わかるかい?」
ヴァークは燃えさしの煙草を、指で真上に弾き飛ばす。
「あともう少しの辛抱さ」
それは他の白に混じって、灰と焔を回し落として、
「もっと楽しい事が待ってる」
ぐしゃりと軍靴の下敷きになった。
「待ちきれない、この時間も乙だとは思わないかい?」
彼女は長し目でミラーを見遣り、
「………結構せっかちなんだねえ………」
一人寂しくお留守番に戻るのだった。




