441.願わずにはいられなかった part2
国の平和に貢献し、隣の誰かが今日もぐっすり寝られる世の中を作ろうと、大志を抱いてこの街に来た。
決して楽な仕事ではなかったが、肩を並べる仲間は誰もが互いを誇らしく思っていた。
だがいつからか、人を憎むようになった。
全部壊れてしまえと思うようになった。
それは、
ディーパーが英雄ではなく、始末し損ねたお荷物扱いへと堕していったからだ。
ディーパーは、必要な犠牲だ。
人があるところにダンジョンあり。
この地球上、どこであってもそれから逃れる事は出来ない。
だから、奴らから人を守る者が必要だった。
生ける人類の救世主、それは大きな栄誉だった。
けれども、その畏れは忘れられていった。
人は「特別」を禁じられ、均質化され始めた。
何故か。
「殺す」事が、楽になったからだ。
意志や覚悟を持たずとも、生命を奪える道具が生まれたから、
深く考え強くならずとも、誰でもそれが為せるようになったから、
人は命の重さについて思い悩むことをやめて、ディーパーの責務の本質を理解しないまま、同じ程度の破壊力だけを手に入れてしまい、
だから思った。
「殺したり壊したりなんてのは、案外簡単なのだ」、と。
「ディーパーとは、楽をしている卑怯者なのだ」、と。
そんな風に変わっていく世界に鬱屈した彼は、息が詰まる閉塞からの解放を求めて、社会の破壊を考えた。
どうすればいいのか、理論上は分かる。
国が人に命の保障を与えらず、そして個人に国を悩ませるくらいの暴力があれば、誰も上から言われる事なんて聞かず、秩序なんて維持出来なくなる。
誰でも、要人であっても呆気なく死ぬ。
凡愚、蛮人であっても簡単に殺せる。
そういう恐怖と夢とをばら撒けるツールがあれば、
「もしかしたら」の可能性が生じる。
それが、あったのだ。
求めていた条件にぴったり当てはまる道具が。
可能性はゼロじゃなくなった。
何か切っ掛けがあれば、彼はその唯一の光明に走り出す。
そして「出来るかもしれない」から、止まれなくなった。
挑戦し続けなければ、手に入った筈の成功を逃してしまうと、そういう強迫観念に駆られた。
全ては、
人を、モンスターを、自分より強い物を殺す、それを陳腐化する発明があったから。
そんなものが、この世に生まれてしまったから。
人の良心が、ブレーキが緩くなった時、その先の被害を最大限悲惨なものに巨大化させる、そんな利器を手にしてしまったから。
罪悪を感じず、それでも大きな変革と破壊を。
負担を払わず、自らに最大限の恩恵と権能を。
そんな二兎を同時に掴んだ、人間の業の結晶。
彼は自分の右手を、
そこに我が物顔で収まったそいつを見た。
それはニヤリと鈍く燦めいた。
数秒間、場がけたたましさに制圧された。
それはすぐに収まり、青年の目の前で、養父が凶弾に斃れた。
「こっちにゃ、ケンリが、あるんだ…!」
青年が呆然としながら顔を右に向けると、見た事のある女が、組織の下部構成員の一人が、杖のように地面に立てた、小銃の弾倉を入れ替えていた。
「自分を殺しそうなヤツを殺して、助かるケンリがある…!こいつは、誰にでもそれをくれる…!ワタシみたいなザコボンクラでも、ボスのやり方を変えられるんだ…!」
止まらない笑いを涎と共に垂れ流し、焦点の結ばれない瞳が恍惚と公約を語る。
「ボスより優しくて、クスリだってケチらずみんなに分けて、竜巻の中まで運転させたりしなくて、前よりハッピー!な街に……あれ?」
そこで顔を上げ、青年に向けて目を丸くして、
「よく見たらカエルじゃん、弾当たらなかったんだ?運いいね」
素朴な驚きを口にした直後、女は頭を吹っ飛ばされた。
遠くからサイレンの音がする。
警察が来て、銃を乱射している容疑者を見て、射殺した。
相手は法に敵対的な組織の一人であり、よくある話であった。
「親父…!」
青年は養父に駆け寄り、その身体に開いた赤い穴を塞ごうと試みる。
だが彼の能力は、彼以外を延命させる用途では、役立つ事はなかった。
「ケ…、ネ…ス……!」
サングラスが外れ、そこに居たのは薬物で充血した、寄る辺なく不安げな迷子の目だった。
べったりと掌にこびりついた赤色が、青年の頬に生温かく押しつけられる。
「おれ…!」
「親父、今、きっと警察の奴らが医者を…!」
「お、れ、は、なに、が…!」
彼は一度血反吐を撒いて、
「なに、が、だめ、だったんだろう、な…!」
なんとか、そこまでを言葉として整形した。
「親父……」
青年は彼を見て、それから隣の地べたに腰を落とした、手探りで出血を止めようとしている女を見た。
養父もまた、瞳に不思議そうな反射を宿しながら、それを見ていた。
「親父は、親父で良いんだよ、きっと」
青年は、結局そう思っていた。
「何かが絶対に許されないとか、たぶんない。俺は親父のやり方が合わなかったけど、でも」
最後まで、その男は彼の父親だったから、
「………ありがとう」
それだけは伝えたかった。
それを聞いたか聞いていないか、
男は目を閉じ、青年に触れていた手は力なく落とされ、
粉雪がそこにポツポツと降りる度、残った温みは奪われていった。
その内に再び火が灯る事は、未来永劫ないのだと分かった。
青年は彼から手を離し、目元を拭い、2本の足で立ち上がった。
「どちらへ?」
彼が動く気配を察し、女が問う。
「俺がやった事、あんたにやった事まで含めて、罪滅ぼし、してくる」
白く染まる湖畔に、警光灯の赤と青が映える。
彼が向き合うべき地獄が、そこまで来ていた。
「償い切れるものじゃ、ないと思うけど」
それでもいつか、安寧の明日の為に。
「あなたを」
彼は振り返る。
そこにあったのは、初めて彼女が見せる表情。
迷い、
逡巡、
そして、
「私はあなたを、許します」
風が、止んだ。
青年は畏敬の念を抱いた。
それと同時に、これは戒めだとも思った。
色んな物から逃げる為に、彼女の尊厳を破壊した。
こんなに立派な人の、大事な物を。
事実と言う名の、大きく重い巌。
それを背負って、生きていかなければならない。
時には許される事も、覿面な罰になるのだと、
そんな発見に打ちのめされながら、
のしのし、
ざくざく、
この街の形を踏み固めるように、
一つ一つハッキリと、
丘の上を目指して、
歩み進んだ。




