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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十六章:どれもこれも、もう止められない

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441.願わずにはいられなかった part2

 国の平和に貢献し、隣の誰かが今日もぐっすり寝られる世の中を作ろうと、大志を抱いてこの街に来た。

 決して楽な仕事ではなかったが、肩を並べる仲間は誰もが互いを誇らしく思っていた。

 

 だがいつからか、人を憎むようになった。

 全部壊れてしまえと思うようになった。

 

 それは、

 ディーパーが英雄ではなく、始末し損ねたお荷物扱いへと堕していったからだ。


 ディーパーは、必要な犠牲だ。

 人があるところにダンジョンあり。

 この地球上、どこであってもそれから逃れる事は出来ない。

 だから、奴らから人を守る者が必要だった。

 生ける人類の救世主、それは大きな栄誉だった。


 けれども、その畏れは忘れられていった。


 人は「特別」を禁じられ、均質化され始めた。

 何故か。

 「殺す」事が、楽になったからだ。


 意志や覚悟を持たずとも、生命を奪える道具が生まれたから、

 深く考え強くならずとも、誰でもそれが為せるようになったから、

 人は命の重さについて思い悩むことをやめて、ディーパーの責務の本質を理解しないまま、同じ程度の破壊力だけを手に入れてしまい、


 だから思った。

 「殺したり壊したりなんてのは、案外簡単なのだ」、と。

 「ディーパーとは、楽をしている卑怯者なのだ」、と。


 そんな風に変わっていく世界に鬱屈した彼は、息が詰まる閉塞からの解放を求めて、社会の破壊を考えた。

 どうすればいいのか、理論上は分かる。

 国が人に命の保障を与えらず、そして個人に国を悩ませるくらいの暴力があれば、誰も上から言われる事なんて聞かず、秩序なんて維持出来なくなる。

 

 誰でも、要人であっても呆気なく死ぬ。

 凡愚、蛮人であっても簡単に殺せる。

 そういう恐怖と夢とをばら撒けるツールがあれば、

 「もしかしたら」の可能性が生じる。


 それが、あったのだ。

 求めていた条件にぴったり当てはまる道具が。


 可能性はゼロじゃなくなった。

 何か切っ掛けがあれば、彼はその唯一の光明に走り出す。

 そして「出来るかもしれない」から、止まれなくなった。

 挑戦し続けなければ、手に入った筈の成功を逃してしまうと、そういう強迫観念に駆られた。


 全ては、

 人を、モンスターを、自分より強い物を殺す、それを陳腐化する発明があったから。

 そんなものが、この世に生まれてしまったから。

 人の良心が、ブレーキが緩くなった時、その先の被害を最大限悲惨なものに巨大化させる、そんな利器を手にしてしまったから。


 罪悪を感じず、それでも大きな変革と破壊を。

 負担を払わず、自らに最大限の恩恵と権能を。

 そんな二兎を同時に掴んだ、人間の業の結晶。


 彼は自分の右手を、

 そこに我が物顔で収まったそいつを見た。


 それはニヤリと鈍くきらめいた。


 数秒間、場がけたたましさに制圧された。

 それはすぐに収まり、青年の目の前で、養父が凶弾に斃れた。


「こっちにゃ、ケンリが、あるんだ…!」


 青年が呆然としながら顔を右に向けると、見た事のある女が、組織の下部構成員の一人が、杖のように地面に立てた、小銃の弾倉を入れ替えていた。


「自分を殺しそうなヤツを殺して、助かるケンリがある…!こいつは、誰にでもそれをくれる…!ワタシみたいなザコボンクラでも、ボスのやり方を変えられるんだ…!」


 止まらない笑いを涎と共に垂れ流し、焦点の結ばれない瞳が恍惚と公約を語る。


「ボスより優しくて、クスリだってケチらずみんなに分けて、竜巻の中まで運転させたりしなくて、前よりハッピー!な街に……あれ?」


 そこで顔を上げ、青年に向けて目を丸くして、


「よく見たらカエルじゃん、弾当たらなかったんだ?運いいね」

 

 素朴な驚きを口にした直後、女は頭を吹っ飛ばされた。


 遠くからサイレンの音がする。

 警察が来て、銃を乱射している容疑者を見て、射殺した。

 相手は法に敵対的な組織の一人であり、よくある話であった。


「親父…!」


 青年は養父に駆け寄り、その身体に開いた赤い穴を塞ごうと試みる。

 だが彼の能力は、彼以外を延命させる用途では、役立つ事はなかった。


「ケ…、ネ…ス……!」


 サングラスが外れ、そこに居たのは薬物で充血した、寄る辺なく不安げな迷子の目だった。

 べったりと掌にこびりついた赤色が、青年の頬に生温かく押しつけられる。


「おれ…!」

「親父、今、きっと警察の奴らが医者を…!」

「お、れ、は、なに、が…!」


 彼は一度血反吐を撒いて、


「なに、が、だめ、だったんだろう、な…!」


 なんとか、そこまでを言葉として整形した。

 

「親父……」

 

 青年は彼を見て、それから隣の地べたに腰を落とした、手探りで出血を止めようとしている女を見た。

 養父もまた、瞳に不思議そうな反射を宿しながら、それを見ていた。


「親父は、親父で良いんだよ、きっと」


 青年は、結局そう思っていた。


「何かが絶対に許されないとか、たぶんない。俺は親父のやり方が合わなかったけど、でも」


 最後まで、その男は彼の父親だったから、


「………ありがとう」


 それだけは伝えたかった。


 それを聞いたか聞いていないか、

 男は目を閉じ、青年に触れていた手は力なく落とされ、

 粉雪がそこにポツポツと降りる度、残った温みは奪われていった。


 その内に再び火が灯る事は、未来永劫ないのだと分かった。

 

 青年は彼から手を離し、目元を拭い、2本の足で立ち上がった。


「どちらへ?」


 彼が動く気配を察し、女が問う。


「俺がやった事、あんたにやった事まで含めて、罪滅ぼし、してくる」


 白く染まる湖畔に、警光灯の赤と青が映える。

 彼が向き合うべき地獄が、そこまで来ていた。


「償い切れるものじゃ、ないと思うけど」


 それでもいつか、安寧の明日の為に。


「あなたを」


 彼は振り返る。

 そこにあったのは、初めて彼女が見せる表情。

 迷い、

 逡巡、

 そして、


「私はあなたを、許します」


 風が、止んだ。


 青年は畏敬の念を抱いた。

 それと同時に、これは戒めだとも思った。

 

 色んな物から逃げる為に、彼女の尊厳を破壊した。

 こんなに立派な人の、大事な物を。

 事実と言う名の、大きく重いいわお

 それを背負って、生きていかなければならない。


 時には許される事も、覿面な罰になるのだと、

 そんな発見に打ちのめされながら、


のしのし、

ざくざく、


 この街の形を踏み固めるように、


 一つ一つハッキリと、

 

 丘の上を目指して、


 歩み進んだ。

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