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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十六章:どれもこれも、もう止められない

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441.願わずにはいられなかった part1

「カァ、え、ル……?お前なんで、ここに居るんだ……?」


 養父は問う。

 思いがけず再会した青年に。


「お前も、何か、察したのか…?悪人がゴソゴソやってる、って……」


 立ち上がる事さえ苦労しているようで、生気を感じさせない様子でブツブツと口の中をまさぐる。


「まあ、どうでもいいか……、手を、貸してくれ、立ちたいんだ、手を……」


 親しげに何も持っていない左手を差し出し、それを見て青年が一歩近づいた所で、


「相棒、何を言ってんだ?」


 胸板と一緒に右手も上がる。


「こいつは裏切り者じゃねえか」


 50口径の吐き出し口が、青年の胸をピッタリと見詰める。


「裏切り……ああ……そうだった……そうじゃねえか……!」


 膝立ちに移りながら、養父は不意に激昂した。


「カエルぅ…!お前…!俺を、父親を裏切ったなあ!?裏切ったよなあ!?あれだけ言った俺を!あれだけの事をしてやった俺をォォオ!!」


 涙の一つでも流しそうな苦悶の胴間声どうまごえ

 それに反してトリガーに掛かった右手人差し指は、不可逆点の一分手前で乱れず冷静に停止している。


 冴えて正気であるような素振りで、我が子と呼ぶ相手を平然と撃とうとしていた。


「カエルゥ…!カエルカエル、無脳のカエル君よぉおお…?」


 彼がそうしないのは、家族への温情からではない。


「どうして俺を裏切ったんだ…?どこらへんを見て、相棒を裏切って良いって、そう思っちまったんだぁよぉお?ぇぇえええッ?」


 舐められない為。

 そして腹の虫を満腹で寝かしつける餌として、嫌悪する相手の苦しむ様を貪ってやろうとしただけである。


「………」


 青年は、数秒の間ただ突っ立っていた。

 どちらも黙する時間が続くと、両人共に周囲の物音に敏感になってくる。


 養父の耳を、か細いうたが突っついた。

 青年がおっかなびっくり、その重い口を開いたかとも思ったが、音が高過ぎる。

 女の声だ。


 養父はそこで初めて、青年の後ろで祈る女を目に入れた。

 みすぼらしく薄汚れていたが、格好からしてどういう人間かは大体想像が付く。

 何より、つい数時間前、彼はその女を子分から紹介された。

 唾棄すべき人間未満であると。


 生理的嫌悪が銃口をその背中に向けさせる。

 青年が横に一歩踏んで、それを守るように遮る。

 

「………」

「………」

「………あ………?」


 理解できない物を見た、という顔で、養父は立ち上がり不肖の子を見下す。


「何してんだ?カエル……」

「………」

「まさか、まさかよ、まさかとは、思ってんだぜ?まさかと思った上で聞くんだがお前——」


——()()が理由か?


 返事は無かった。

 が、青年の両目は、かつて見た事が無いほど真摯だった。

 臆病者のその態度は、何らかのストーリーを悟らせるには充分だった。


「マジかよお前……!オー・マイ…!本気で頭なくしちまったのか…!?」

「………」


 養父は左手で額を叩き、渋い顔を更に皺寄せる。


「バカだバカだとは思ってたけどよ…!獣姦趣味にお目覚めか…!?相棒!こいつやっぱダメだぜ?ああ、そうだな。まるでなってねえ」


 遊ばせていた銃身を、再度構え直す。


「気に食わねえのはよ…!『俺は勇敢でござい』ってツラぁしてるってトコだ…!俺を殴り返す勇気も無い奴が…!ここで動けなきゃおっぬってヤツが…!」


 養父は最後の親心とでも言うように、無駄でも良いから掛かってこいと発破をかける。

 死に際くらいは、みっともなさから解放してやろうと。

 せめてディーパーらしく、戦士らしく死なせてやろうと。


 だが青年は動かない。

 じっと、遮光ガラスを破って穴を開けるほど、真っ直ぐに目を合わせ続け、


「親父、神父が来たんだ」

「………なんだって?」


 脈絡を飛ばして本質を曝け出した。


「神父だ、親父。ドアが叩かれて、俺の目の前で、神父が彼女を訪ねて来た」

「………」

「戸を叩いたのは、黒肌……いや、『黒い色の肌をした()()』だった。なんてことない、特別でもないって感じの、人間の神父だった」

「………何を言ってる?」

「黒い色の肌の人間が、病人の、ただ魔力が溜められないだけの人間の、暮らしを支えてた。白い色と、中間色くらいの肌を持ってる人間が、落ちた奴を助けて、」「おい」「それ以外の色んな人間も一緒になって、そいつを心配してた」「おい…おい…!」


 一歩、青年の方へ。

 死が、質量を帯びていく。


「意味が、分かんねえぞ…?」

「特別じゃないんだ。どっちも特別じゃなく、普通にある、『いいこと』だったんだ」

「英語!英語分かるか…!?意味が、分かんねえ、言ってんだ…!」


 言葉を区切りながら、一回一回銃で刺し殺すように突きつけ、もう一歩近く。

 その姿がはっきり見えてくるほど、養父の中で違和感が張り詰めていく。


「助ける奴は、別に黒くても助けるんだ」


 震えていないのだ。


「攻撃する奴は、別に黒くなくても、ディーパーじゃなくても、攻撃するんだ」


 あの、

 あの小心者が、

 養父の怒りと、銃まで前にして、冗談皆無の殺意にてられて、


「俺達はきっと、俺達の敵とおんなじだ」

 

 怖がっていないのだ。


「俺達は、攻撃する側なんだ」


 流暢で、真っ直ぐなのだ。


「親父が言ってる、エラいヤツラと同じ、いやな社会を作る側なんだよ。ほんとは何でも良い、殴りたいってだけなのに、黄色だとか、ローマンだとか理由をつけて、安心してから殴るんだ」

「全然、違えだろうが…!俺達は、奴らからの攻撃と戦う為に…!」

「そうなのかもしれない。だけど、少なくとも俺達は、来ちゃいけない所まで、来ちゃったんだよ、親父」

「どこが、何が…!」

「たくさん脅した、たくさん殺した。俺達の敵と同じように、俺達は色んな人間から憎まれてる」

「分かってねえ…!分かってねえんだお前はァ…!甘く見られたら、奴らどこまでも付け上がる…!俺達が反撃しなけりゃ、俺達は一生報われねえ…!憎まれてねえと、生き残れねえんだ…!」

「そのままだと、死んでたんだろう。それはそうなんだろうと思う。だけど、そこから生き残り続ける方法が、『敵を無くす』ことじゃなくて、『色んな奴の敵になり続ける』ことなのって、それで良いって思ってるのか?」

「お前、それは…!」


 なまじ彼に、筋が通った思考を重んじる気性があったが故に、養父はかえって即座の反駁はんばくを為せなかった。

 彼は確かに、正しさを確信していた。

 このやり方でなければ、守れないものがあると胸を張れた。

 

 だが、どこまでが「やむを得ない暴力」だったのか?


 どこからが、「余計な暴虐」だったのか?


「親父。弱い奴らが、自分達の弱さを言い訳にしたら、武器にし始めたら、もう守らないといけない『弱い奴ら』はいなくなるんだ。そいつらは、武器を使えば別の奴らを叩き続けられるって知った奴らだ。自分達でも食い物にできる、『弱い奴ら』を見つけただけの、悪だ」


 「虐げられている、いたのだから、これくらいは良いだろう」、

 その理論を手に取った時点で、それは肩を寄せ合う弱者ではなく、“被害者”特権で武装した軍勢となる。


「俺は、もうイヤなんだ、親父。俺、もう敵ばっかりなのは、イヤなんだ」

「イヤだっつったって…!敵は向こうから、来るモンなんだよ…!」

「だったら、それを遠ざけたり、減らしたり、そういう事をさ……。どうやれば良いか分かんないけど、そういう事をやりたいんだ……」


 詰まる所、青年は安心したいのだ。

 思い知らせるのではなく、謝罪や隷属でもなく、心を落ち着ける時間が欲しいのだ。


「やりたいったって、できねえから、俺は…!その安心の為に…!」

「いつかさ……、明日とか明後日だとか言わず、もっとずっと何年も後に、俺が死にそうなくらい将来になったとしてもさ、友達と、家族と、仲良くはないけど敵でもない人と、それだけの世界で暮らしてみたいんだ」

「そんな、世迷言…!」

「出来るかは分かんないけどさ…。でもやり方を、探しはしたいんだ。このまま、一生安心なんてない、敵に殺されるまで敵を殺すだけだって生き方より、『いつかは安心できるかも』って生き方の方が、少しは気が楽だから」


 「だから親父」、

 割れた雲間から晴天が差し込み、

 その背後から青年を照らす。

 彼の方から養父へと一歩、

 その間を詰めた。


「俺は、やめるよ」

「家族、を…!」

「この世界から、足を洗う」

「俺達の全てを、裏切って…許されるなんて……!」

「許されるさ」


 嵐は消えた。

 燃える雪はあった。


 そこに厳然として存在する確かな事象だって、ずっとそこに居なくても良いのだ。

 急に消えたり現れたりなんて茶目っ気も、許されるのだ。

 この世界には正しい事などなくて、何が起こっても何が消えて何が生まれても許されるのなら、


「俺は、ここに居て良いんだ」

「良いわけねえだろう…!こんな親不孝がぁ…っ!」

 

 養父は残りの数歩をズカズカと、


「ただで済むと思ってんのかァァァア!?」


 荒い足取りで踏み消した。


「ずっと何言ってんだテメエよお!?明日だあ!?将来だあ!?んなモン寝ぼけた時にしか見えねえよぉ!俺達には今日しかねえだろ!そうだ相棒!いつ死ぬかも知れねえディーパー!俺らの末路がここだ!これ以外にねえんだ!明日だとか明後日だとか、眠くなるくらい遠い話なんか知らねえよ!今!今を充実させなきゃ生きてる意味ねえだろうが!」

「いいや、親父。俺はもっと良くなるいつかを、夢に見ていたい」

「はーっ!これはまた立派になったもんだな!ガリ勉クンかぁ!?相棒見ろよ!いつの間にか役人連中が一番好きそうな奴隷の面構えになっちまってやがる!ああ全くだ!今更公務員の働き口でも探してんのか?聖人にでもなりてえのか?あれだぜ相棒。警察にいい子ちゃんアピールだ。あー、それか。自分だけ助かろうと尻尾振って点数稼ぎかよ?悲しいぜ?俺を、父親を裏切るのか?お前の為に尽くした、この俺を?」


 両手を広げてせせら笑ってから、青年の頭にぐりぐりと鋼を押し付ける。


「そんな薄情者が…!真っ当に生きれるわけ…!ないだろうが…!」

「親父」

「死ね、カエル」

「親父はなんで、強くなろうとしたんだ?」

「黙れ」

「なんで、俺を拾うような組織を作ったんだ」

「相棒、早く黙らせろ」

「なんで、そんなに憎むようになったんだ?」

「いいか?何度でも言ってやる。相棒、相手にするな。俺はなあ!」




 彼は人を守る為にディーパーになった。

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