435.あっちもこっちもにっちもさっちも
「傾いてるぞおおおお!!」
「減速してんぞ機首下げろ!腹に力入れてケツの穴締めとけ!」
トルネード・ハンター達は早くも窮地に陥っていた。
それも尋常の危機ではない。
この竜巻は何かおかしい!
『観測機を一部放出して分かった!こいつ異常だ!』
「異常なのは分かってんだよスリーマン!何がどうヤバイのかを言えっ!『デカい』ってんなら百も承知だから言わなくていいぜ!」
『風の強さがコロコロ変わり過ぎなんだよっ!何もない高空で急に止まったり直角に曲がったりUターンしたり爆発したり!女ゴコロだってもうちょい分かりやすい!』
「女本人からそう言われちゃあお終いだぜチキショー!」
「スティーブン!あの“目”だ!」
ガラスの先にあるこの暴流の中枢、竜巻本体、その雲間から二つの目元が凝視している。
「まだこっちを見てやがる!」
「落ち着けファイバー!あんな女々しい目ん玉、なんてこたあねえよ!反り立つ漏斗雲の方だけ注意してやがれ!」
「だがこっちをずっと追ってるんだ!目がこっちを延々と!焦点が合ってるんだよ!こっち見てんだ!俺達を殺す気なんだよアイツ!」
「黙ってろ!あっちを見んじゃねえ!クソッ、“台風の目”ってそういう意味じゃねえだろうによ…!」
『厳密には「台風」じゃなくて「竜巻」だけどね!』
「オメーも黙ってろい!言葉に細けえんだよ学者先生かオメーは!」
『学者先生だよこれでも!忘れんな酔っ払い!』
スティーブンが軽口混じりでいるのは、そうでもしないと今すぐ正気を手放して、卒倒なり発狂なりしそうだからだ。
もう観測やデータ収集がどうのと言っていられない。今直ぐ逃げるべき。
だが、どっちに?
風は強く、刻一刻とその方向を変えている。
計器に狂いが無い事は、観測ドローンが証明してくれた。
とすれば、狂っているのは現実の方、ということになる。
どっちからどれほど強い風が吹くのか、1秒先の事すら分からない。
常に道順を変える迷路の中を進むようなものだ。
それも、少しでも勢いやハンドルを誤れば、一発で制御が完全に手から離れる!
さっきからスティーブンはなんとか付いて行けているが、半分程は膨大な経験から培われた一瞬で見出し得る最適解、乃ち勘で見切っている。暗闇の中曲がりくねる山道を、ライトも点けずに最高速度走行、といった具合。
だが彼の目は暗黒に慣れてくれるどころか、更に道を見失い始めている。
直に7割、8割、9割…と、直感に頼る比重は大きくなっていく。
落ちるのは時間の問題。
気を抜けば今すぐにでも上下逆様に宙返りの上、背中から湖面に直降できる!
「無理難題を強いてくるお姫様め!箱入りは目が合うだけでも過剰反応だからいけねえや!」
この周辺を拠点にしている間に行きつけにしていた商売女が恋しくなってきた。右手にビール左手にこなれた柔肌を持ち、軋むベッドの上で酔い潰れていられたらどんなに良いか。
だが実際は、過去最悪のヒステリーの直撃から逃げ、頭を押さえて隠れんぼと来たものだ。
現実はいつだって、ドグサレ三流脚本家が書いた、笑えない喜劇みたいに出来ている。
「おい!スティーブン!どういうことだ!」
「どういう事もそういう事もあるか!こういう事だよ!分かったらお前もハンドルを」「そうじゃあない!気付かないか!?」
遂に頭が召されたか。
彼は代わりの副操縦士を調達するため無線に呼び掛けようとして、
「魔力の巡りが良過ぎる!」
ハッとする。
機器を破壊しないように調整はしているが、彼は身体強化を行使していた。
空気力学が盛大に悪さをするせいで、一つの操縦桿に数百kgの力が掛かっているせいだ。
その強壮の勢いが、彼の体内に滞留する残存魔力が、まるで衰える気配を見せない。
『確かに、こっちもだ!』
「魔素、が…?」
「ってことは何か!?『こういう事』か!?」
ファイバーが悲鳴のように仮説を叫ぶ。
「これは窟災だってのか!?」
ダンジョン発生?
そういう事なのか?
あの奇妙な、二つの目に見える光学現象も、偶然そう見えるのではなく、そういう見た目のモンスターだと言うのか?
あんな巨大なモンスターが?
あんなの、どれほどの規模のダンジョンから、出て来るものなんだ?
「!何か光った!下の方で、何か…!やっぱり…!」
「やめろファイバー!そこを詮索してもどうしようねえだろうが!今は生き残った後に一杯引っ掛ける店と銘柄を考える時間だ!ウジウジ明日を思い悩むより今日を生きて」
爆音!
わざとらしいくらい揺さぶられる機内!
『ちょっ!今の何!?』
「……スリーマン、お前、友達とか恋人とか、縁が切れた時は未練がましいタイプか?」
『はあ゛っ!?』
「こんな時にナンパでもしてんのかセクハラジジイ」、
そう思いつつもアドレナリンの赴くままに腹から本心を発射するスリーマン。
『すぐ切るよ!そういうの引き摺る時間がこの世で一番無駄なんだ!』
「良かったぜ。俺と同意見だ」
『だからなんだよ!』
「第三エンジンが炎上してやがる。風で飛ばされた何かの破片が、シールドを突き破って命中したらしい」
天使が通る。
機内全域が瞬間的な無音地帯と化した。
「三番目の彼女への燃料供給を『切る』ぞ。俺はお前みたいにサバサバ系だからな。こっからは左右非対称の推力を使って、風を正確に乗り切るわけだ」
「『明日を思い悩む』どころか、昨日の思い出も忘れろてか!」
ファイバーが神を呪いながら天を仰ぐ。
「サヨナラは済ませたな?」
抗議や泣き言を一切聞き入れず、
スティーブンは決断と実行を済ませた。
—————————————————————————————————————
びゅおう
別に良いんじゃないか?
そうかもしれない。
彼はまた外を覗く。
女は同じポーズ、同じ場所で立っている。
このまま運良く、何もなくいられる可能性だって、無い事もない。
この天災の中なら、どこに居ようが大して差は無い。
彼が何かしても、何もしなくても、あの女は生きるなら生きるし、死ぬなら死ぬ。
彼に変えられる事は無いだろう。
だから、
別に良いんじゃあないか?
びゅうびゅう
ごぽごぽ
あの女も言っていた。
カミサマとやらは、何でも許すのだそうだ。
彼はそれを信じてはいないけど、あの女はそれを信じて、それはそれで幸せそうだった。
じゃあ、それで別に良い気がする。
許してくれるのだろう?
別に良いのだろう?
彼は引っ込み頭を抱えて、澱のように溜まった汚物の中に隠れる。
考えない。
考えたくない。
何をしようとしても、最悪に結びつく。
彼が決めると、碌な事にならない。
カミサマが許してくれるなんて、嘘だ。
彼を許してくれるヤツなんて、いるものか。
びゅう、
ぽこぽこ
びゅ おうっ、
このまま街の形が、変わってしまえばいい。
目を瞑って耳を塞げば、周りはどろどろと流れ、変わってくれる。
嵐も無くなり、女はいなくなり、彼は街の一部に溶ける。
ゴミが集まって間違って生まれてしまった彼が、元に戻って散り散りになる。
それでいいじゃないか。
それならきっと、みんな許してくれる。
ゴミのクセに人間の顔をした彼は、呪われた。
見た目も中身もゴミなら、決まったやり方で流されるなり燃やされるなりして、街に受け入れて貰えるのだ。
びゅ おう、
びゅう、
それで、
きっと、
別に、
ひゅ、ぅぅぅううう………——
——お加減が、優れないのですか……?
女がこちらを覗き込む。
彼は抱き締められている。
あの少年達に。
彼と何もかも違う者達に、
大事そうに受け止められている。
ひゅ、おおおぉぉぉ………——
別に、良い。
「別に」とは、なんだ…?
それじゃあまるで、彼が「もっと良い」ものを知っているみたいだ。
「本当はこっちが良いけど」、なんて言葉をこっそり足しているみたいだ。
本当は、「良くない」って思ってるみたいだ。
カミサマが本当に、何でもかんでも許してしまう適当な奴だったら、
彼の一切合切を許されているなら、
彼がやった結果、悪化したあれこれも、カミサマにとっては別によくあることで、だから目くじら立てずに許すのだとしたら、
カミサマが教える事なんて無い。
カミサマが言った「正しいこと」なんて無い。
カミサマは嘘を吐いてない。
だって何も言ってないんだ。
嘘に対抗して彼がやるべき「本当」も、無い。
正しさなんて、どこにもない。
全部正しくない。
だから何をやっても、別に、どうでもいい。
別に、
だったら、
何をやりたい?
彼は今、何をやりたいんだ?
何をやっても失敗続きで、
周りから責められ、軽蔑されて、
でも「正しい何か」からは許されて、
だけどその赦しだけじゃあ足りなくて、
彼が一番納得させたいのは、
誰に許して欲しいのかと言えば、
それは




