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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十六章:どれもこれも、もう止められない

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429.踏み越えてきた屍達

「うんうん!やっぱり昔ながらのシフトレバーだね!」


 俺より年下にも見える子どもが、なんだか分かったような発言をしている。


「こう、この手で実際に引っ張ってる感じが、たまらなくハマっちゃうよ!」

 

 うーん、幼いのは見た目だけだから、実際に俺より分かってるんだろうけど、何かその姿でそういう発言されると、ミスマッチが酷いと言うか……。


「っていうか、凄いな……、そのドラテクもモンスターとしての力なのかよ…?」

「魅せるのは得意中の大得意!でも結構練習させて貰ってこれだから、そこまでデッカい才能じゃないよ?」


 って事は努力の賜物?

 やめてくれよ。ただでさえ倒せそうにない強敵がしっかり修行するの。こっちの身にもなれってんだ。


「ススム君に褒められるなんて嬉しいなあ!あっ!足だけで運転も出来るよ?見る?」

「危ないからやめなさい」


 ただ今回は、そのたゆまぬ努力のお蔭で、追跡者を寄せ付けなかった。

 素直にありがとうである。

 それと、


 俺は座席に自分を固定する、ジェットコースターとかに付いてるバーを上げて、車の後ろ、その先に置いてきた襲撃者達に向かい、手を合わせて謝罪する。


「オヌシが殺したわけでもあるまい」


 “靏玉エンプレス”が横から茶々を入れてくる。

 

「そも、落命者が出たとも限らんじゃろう」

「ヘリまで落ちてたけど?」

「潜行者の世界ではよくある事じゃろ」


 そうでもねえだろ。


「命を奪ったとして、襲われたから自衛したものにまで心を痛めていると、キリが無かろうに」

「『いただきます』と『ごちそうさま』を欠かさず言うのと同じだろ。『命を奪ってはいけない』って言っても、そうしないと誰も生きてけない。でも『奪わないように』って意識と、それを破った重さを忘れないようには出来る」

「そんなに他者の命が大事なら、食事に味を求めなければ良い。栄養補給以上の工夫は、全て命の無駄遣いとは言えないかえ?」

「その食べ物が持つ最大限を引き出すのが、貰った命への礼儀って見方もできるけど。食事がマズかったら、それこそ頭から追い出そうとして、命を食べてるのを忘れちゃうのが俺達だよ」



「結局は自己本位な物言いじゃな?」

「知ってるよ。勝手な基準を出来るだけ自己都合から離して、でも自分の欲だって可能な限り盛り込もうとする。そういう自己満足の綱引きをやってんだよ、こっちは」



 今やってるのも、勝手な感傷で、勝手な意識付けだ。

 みんな生きてたらいいのに。

 死んじゃったのならごめんなさい。

 そうやって自分を納得させないと、その上に成り立った自分を放り投げるっていう、一番最低な不義理をやってしまいそうになる。


 許されるとは思ってない。

 まず善行だと思っちゃいない。

 ただ、俺の望みとして、忘れたくないだけだ。

 だから脳に刻み入れる。

 俺は彼らを殺しただけじゃない。

 彼らに生かされているのだと。


 生きるのを諦めると言うのは、彼らの死を虚無にする。

 自分の手で、彼らを二度殺すのと同じだ。


「面倒と言うか難儀と言うか、心労ばかり溜まりそうな性格じゃなあ」

「そこがススム君の良い所なんですぅ!ねー?」

(((お蔭で私も楽しめてますからねー?)))

「人の前で自分達にしか見えない相手と内輪で盛り上がるでない……」

 

 と、注意をしてる素振りをしながら、髪を上げつつこっそり汗をぬぐう“靏玉エンプレス”。

 きっとカンナが少し離れたらしい事を、ミヨちゃんの目線から察して、安心したのだろう。


 「安心」。


 カッコつけてるが、こいつもきっと死ぬのが怖いのだ。

 それに気付いてしまった。


 こいつらを、

 同じように怖がっている奴らを、

 俺はいつか、こいつらを殺すのだ。


 個人的な安寧と、報恩の為に、

 その命を犠牲にするんだ。


 想像する。

 それが成った時の事を。


 人の皮を被っているだけで、生物として全く違う奴ら。

 だけど、話せてしまった。

 分かり合えるとも、共存出来るとも思っていないが、同じ言葉を持ててしまった。

 

 厭な気分だ。

 胸の奥、肺の間、肋骨の先。

 どんな医療器具も、どこの筋肉による力も届かない場所が、

 吐き気がするほど痛んでいる。

 何千倍にも濃厚になった腹痛のムカつきが、そこに埋め込まれている。


 力むも流すも不可、脳を止めない限り和らがない嘔吐感。

 何とか掻き毟ろうと全身の神経が明滅し、脚には震え、腕には鳥肌、涙腺は痺れ、臼歯きゅうしは軋む。


 草を踏んでも平気なクセに、

 肉を出されたら喜んで食えるクセに、

 殺し合いを娯楽にしてたクセに、

 どうして俺ってヤツは、言葉を交わした途端、こうなるんだろうか。

 人間特有の欺瞞なのか、それとも俺が特別不覚悟なのか。


 「生きたい」って言葉の意味をちゃんと分かってないから、だからこんな半端者になってしまうんだろうか?


「あ、もうそろそろ人気ひとけのある場所に出そうだから、装甲下ろしとこっか」


 トモキ君がキーパッドを操作し、窓を覆っていた板がずり下がっていく。

 戦闘モードを解除、みたいなものだろう。

 俺は後方を振り返り、一応誰かが追って来ていないかを確認しようとする。

 変形していたらしいリア部が元に戻り、その向こうには今通って来た無人の道路の上に、轍を引かれた溶けかけの雪が積もっていて、


 そこに黒い塊が降って来た。


「あ」


 白い丸の中に黒い点。

 それが二つ。

 両目だ。

 人だ。

 分厚い上着があちこち破れ、オレンジや赤に点々と染まり、左手で車体を掴み、右手には巨人用のライフルみたいな一丁。


「まだっ!」

「お、おい!後ろ!」

「何ですの一体?」

「あっれー?おかしーなー?システム上では異物を検知してないんだけどー?」

「そういった魔法じゃろう。『触れた兵器を己が手足のように扱える力』、と言った所かのう。大方この車のシステムに、自身を一部と誤認させたのじゃ」

「そういうのでも、シールドが弾く筈だけどー?」

「ヘリコプターと空中衝突した折、シールドが再起動状態になっとったじゃろう?あの時に取り付かれたようじゃな」

「あの一瞬でよくやるねー?」


 “靏玉エンプレス”が何杯目かのワインをくゆらせながら分析している間にも、襲撃者は引鉄を何度も引いてバックガラスに放射状の亀裂を入れる!

 同じ点に何度も!何回も!

 少しの間止んでいたと思ったら、すぐにまた銃撃を再開する!


「その状態で再装填まで熟すか。人に擬態した殺人機械(ロボット)みたいなヤツじゃのう。ああいう外連ケレンは映画の中だけで充分じゃろうて」

「言ってる場合じゃないだろ!速くさっきの戦闘モードみたいなのを再起動しないと」

「ううん?大丈夫だよ」


 急加速。

 そして車体が傾く。

 どこかの地形に乗り上げてジャンプしたのだ。


「もう終わるから」


 傾斜はよりキツく、ほとんど垂直に近くなり、慣性と重力に引っ張られて襲撃者が振り切られそうになる。

 だが離さない。

 片腕懸垂で自分と巨大ライフルの質量を持ち上げようとしている。


 窓の外には、横に伸びる四角い灰色。

 俺が横に倒れているだけで、それは単なる集合住宅か何かだ。


 俺達はカーブを曲がらずに跳び越えて、その先のもう一つの道の上に。

 リアと路面の間に襲撃者が挟まれる。

 背中をアスファルトがこすり上げ削り取られる。

 折れるような、砕けるような、嫌悪感を掻き立てる鈍い音。

 ガラスにべったりと赤色が撒かれた。

 

「修理と洗車と……。新調した方が早いかのう?」

「だねー」


 そしてドライブに静けさが戻る。

 車の心配をしている二体と、見向きもしないもう二体。

 

「ススム君…っ!あんまり見ちゃダメだよ…!トラウマになっちゃう…!」

「………」


 ミヨちゃんに腕を引かれたけれど、俺はそのまま赤黒い塗料を呆然と見ていた。

 見ていたくないけど、目を離せなかった。

 瞬きすら忘れて、隅から隅まで視線で何度もなぞっていた。


「ススム君…?」


 目の前で人が死ぬのは、これが初めてじゃない。

 9年前のあの日、俺以外がいなくなった。

 去年の8月の騒動でも、俺の勝手な行動と共に、沢山たくさん死んだのだ。


 もう今更、動揺してはいけないのかもしれない。

 受け流さないと。

 そんなので意識に空白を作っていたら、カンナが育てようとしている強い精神になんて、辿り着けないのかもしれない。

 

 だけど俺は、それに慣れる事が出来なかった。

 慣れる事を、拒みたかった。


 ああやっぱり、

 

 厭な気分だ。


 こんなのは、いつまで経っても、


 いやなんだよ。

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