428.ここの土地の所有者の皆さんも含めて、みんなごめんなさい………
何度も何度も何度も何度も!
悪質な闇金融の取立人のように激しく遠慮なく終わりなく叩き続ける!
超高速で逃げ続ける要人警護用車両型魔具であったが上から見ればその進行方向の予測は比較的容易。
グレネードランチャーを撃っている女、リオンは、武器を使い熟す事を補助する魔法能力者である。「慣れない銃だったせいで宝くじみたいな命中率となり、取り逃がしてしまう」といった類の心配はほぼゼロ。
後は行きそうな方に擲弾を雨霰と降らせてやれば何発かは確実に当たってくれる!直撃にしろ至近での破裂にしろその度にシールドが削れてカートリッジから供給される魔力の消費が激しくなる!
対策としては屋内を走り続けるしかないが、それだといつまでもここを離れられず、やがて動力を失った息切れが待っている。
進行方法の自由度が上であり追跡魔法能力者も乗り込んだヘリコプターを、道に縛られる車で振り切るのは至難の業。それなりの高さを飛んでいるので落とす事も出来ない。催涙弾などあれを相手にする局面では完全なる無用の長物。
詰め切った!
このまま動かなくなるまでこのサーキットを周回するか、目的地が何処か明かされてしまう事を黙許の上で駆け込むか、どちらにせよ戦略的にプラスと言えるのはボス達である!
ヘリコプター2機が到着するまで引き延ばせた彼らの判定勝ちであった!
「俺達の足が四輪と二輪だけだと思ったんだろうが、こっちには翼もあんだよ…!」
これだけ大規模にやっていれば、生半可な戦力の派遣は逆に危険。
警察共には本格的な討伐隊を編成する時間が必要となる。奴らも間に合わない!
「リオォオオン!そいつを屑鉄にしろおおおお!」
ヘリコプターからライフルとランチャーの轟き!
頭頂を叩かれ続けた陸のモンスターは比較的広い平場に出てからその中心で後輪のみを駆動させ、後部から土砂を巻き上げた噴煙を吹きながら頭の方向をぐるぐると回転させる!
『ギャーハッハッハ!何やってんだアイツ!』
『どっちに向かうか分からないようにしようってのかよ!』
『囲むまでの時間くれてサンキューってやつだねええええ!!』
『優柔不断ってのはソンばかりさあーアー!』
それを遠巻きにしながらも包囲の輪は縮められていく!
ヘリコプターから追加の擲弾が——
マシンの天板、その左右の端が上に開く。
外に小さな点が無数に開いたプレートのような物を向ける。
——対人用の散弾か?いや、高速で発射するタイプの連装砲?
いずれにせよ、魔力で強化するのだとしても、あの程度の大きさの穴から出る弾頭では、ヘリどころかジープの破壊すrrrrrrrrrrrrrrrrrrr
ボスの見ている前で一台が横の壁に肩から突撃、削り取りながら停止した。
他の車両も次々に操縦を誤って乗り上げて引っ繰り返ったりボンネットを押し歪めたりしている。
——なんだ?おいどうしたってんだ!
無線に問うも、誰も何も答えない。
いいや、声が、
自分の声が出ていない。
それも違う。
肺から息を吐き出した感触は残っている。
言えなかったのではなく、聞こえなかった。
耳が。
鼓膜が。
音が失われている。
耳の穴の奥、音を受ける一枚が破られ、立っている為に大事な器官が破壊に曝された。
ヘリコプターがコーヒーカップアトラクションのように無闇に目を回し、やがて建設途中だったビルに横から飛び込んで爆発炎上、部品を四散させて果てた。
壁を作っていたトレーラー、その牽引部を破りながら怪物は檻から脱走。
悠々とボスの横を通り離れる。
スピーカー。
指向性遠隔音響兵器として、“拍昼鵡”のコアを原料に使った魔具を考えている、という噂があった。どこぞの開発会社が試作品を公開もしていたが、それから数年続報は無かった筈。
もし問題が費用やカートリッジといったコスト面だけだったとしたら、ああいったワンオフに近い贅沢品に搭載されている事も、在り得るということだろうか?
運転席に突っ伏している一人を叩き出しながら、ハンドルを握り、アクセルを全開にしながらサイドミラーを犠牲にする無茶なUターン。フラフラと頼りないが、追わなければ。
だが既に離されてしまった。
最高速で劣るこの車両で、狩りを続ける事は、もう………
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
音。
耳でなく、全身で感じる振動。
これは、
彼の前方視野、その上からスチールブルーの光に包まれるヘリコプターが入り込んでくる!
開いた側面扉から爆裂する礫の投下が再開!
リオンだ!
彼女の魔法はその手にある武器を自在に扱わせる。
その能力で、ヘリコプターという機体全体を己が武器と認識し、操っているのだ!
グレネードランチャーの命中精度は落ちるが、敵はまたそれを無視できなくなり、ここに留まる事を選択!まだ離されていない!
射程範囲外だった無事な仲間達が再集結しつつある!
あの音波攻撃の予備動作は分かった。次は防御出来る!
まだだ!
まだ彼らの牙は、奴らの脚に食いついて離していない!
——まだ10カウントじゃねえ!ラウンド2だ!野郎共!
「そうだ相棒!」、右手のリボルバーが喧しくせっつく!
「離しちゃなんねえ!お前はこの国に残った、『自由』最後の僕だろ!」、
そうだ。
彼の勝ちは、彼だけのものではないのだ。
この国の未来が閉じられるかどうか、その最終最尾の瀬戸際なのだ!
敵のマシンは打ち棄てられた立体駐車場に入った。
中で追い込む者と外で待ち伏せる者、それらの連携が最低限のやり取りの内に形成される。
彼らは長年苦楽を共にし、いつも隣で走ってきたのだ。
それ全てが一つの命のように動ける。
ボスという頭が、心臓が生きているから、まだ生き続ける。
ヘリコプターからのグレネード弾が外から斜め横方向での爆撃を継続。
柱が崩れて潰される恐れをも与える事で心理面も追い詰める。
一階一階上に上がって追手から逃げながら、時に擲弾炸爆を避けようとし過ぎて柱を自ら削ってしまうモンスターマシン。
獣は再び罠の中に。
次は屋上に出るしかない。
後は飛び降りるだけ。
その衝撃でシールドが損傷した所に追撃する。
止められる。
完勝がまだ見える。
紫光沢がまたも日の下に出た。
ヘリコプターがその進行方向斜め上に陣取り正面から擲弾連射。相対速度最高な上に横に広く降らせる事で回避は困難。
またも魔力を減らされる。
泣きっ面に蜂。
穴だらけで走りづらかった屋上階に勾配まで生まれた。
一つ下で支えていた柱が崩れたのだ。
マシンはその顔をぐいと持ち上げられ、
上げられ、
それが走っている面を伸ばすと、ヘリが浮いている点と重なった。
四角い複眼のようなフロントライトと、リオンの目が合った。
柱にぶつかり破壊していたのは意図的だった、その気付きは誰にとっても手遅れだった。
ジャンプ台と化した屋上駐車場から充分な助走を付けて鋭角射出されたマシンはヘリに吶喊。避けきれずテールと本体の間辺りをごっそり轢かれて冗談みたいな回転数を叩き出しながら豪快墜落。
高級車の着地地点が大幅に遠方へと修正される。
ボスを含めた数台しか間に合わない。
相棒を左手に持ち替え窓から身を乗り出して狙おうとする。
そこは屑鉄置き場だった。
抜け殻となった車のガワ部分が積み重なり、その上に落ちる事で衝撃を幾らか吸収させ、スムーズに走り出してしまう。
まだ追う。
終わりはない。
まだ。
廃棄物の山の上をホップステップで跳び渡る、カートゥーン映画に出て来そうな怪物を、ゴミの間を這ってでも追い続ける。
渓谷のように開けた所で、数十m先に宙を舞う車体が見えた。
左人差し指に力を籠める。
影が差す。
何かの予感?
違う。本当に暗くなった。
雲の向こうから届く僅かな太陽光が遮られた。
山が。
積み重なった廃車が、支柱を削り取られ倒れて来た。
発射した弾はそれを貫通したことで減衰しシールドで散らされた。
ボスは、
敗者は、
ハンドルを最大限切ったのだが、
下敷きを免れる事は出来なかった。
頭が止まり、道も塞がれ、
彼らはもう走れなかった。
人生を開く、逆転への確かな予感。
それはもう、届かぬ向こうへと行ってしまった。




