424.急になんか来た!?
「俺はな?出来ない事を責めてるんじゃあねえんだ」
スマートフォンの底部にほとんど口付けるようにして、姿を見せずとも凄む男。
「やらない、それがサイテーの罪だ。俺達家族は、行動こそが正義だぜ?なんでやらねえ?負けるかどうかじゃねえ、やるべき事から逃げんなっつってんだ」
「ここまでは分かるか?」、
小さなスピーカーがノイズと判別出来ない、返答かも分からない吐息を漏らす。
「特に、『特に』一番、数ある害悪の中でも一番だぞ?俺にムカッ腹を立たせんのは、やらなかった事を誤魔化そうと、嘘やら適当コク奴だ。ほんとおおおに、ダメなんだ。辛抱堪らねえぜ?昔ながらのやり方で、顔面を整形してやりたくなる」
「おい聞いてんのか?」、
息を殺して傾聴していた所に、急にボールをパスされて、スマートフォンは「ハヒィィィ!」と怯える。
「聞いてんだな?一回しか聞かねえぜ?お前は俺の話を聞いてんだ。よおしよし、聞いてるなら良い。じゃ、聞くぜ?何がどうしたって?」
『か、カエルが、カエルがローマンを一匹連れて逃げて』
男は隣の席で目を合わせないように前を向いていた部下を車外に蹴り出した。
「言い逃れすんなっつっってんだぜ俺はアアア!?ぁアン!?」
懐の中で鋼鉄の飼い犬が、撃鉄をカチカチ咬み合わせる。
「どうする相棒?こいつヤるか?脳天の鉛の含有量、増やしてやろうか?」、そう血に逸る。
「そういう、そういう突拍子もねえ話して、そのインパクトで俺から何かを隠そうってやり方だろうがっ!手品師気取りかよお!?オメーはよオオオ!!」
『ちがう!ちがうんだボス!バカみてえな話だけど本当なんだよ!あいつ、いつの間にかこっちに帰って来て、魔法まで使って白肌ローマンと駆け落ちしやがったんだよ!』
「あたまっ、頭おかしいんじゃねえかッ!?それか、何かミスったのを誤魔化してるかだろ!」
『頭おかしいのはカエルの奴だよ!脳が足りないどころかバケモンの脳ミソ詰められてんぞあいつの頭ァ!!だいたいこんな嘘、ボスの目の前にカエルが居ればすぐバレる嘘だろ!俺が選ぶにはリスクがバカ高だろっ!』
肺の中に排気ガス臭を吸い込んで、横隔膜を震わせる、直前に、「確かにそれはそうだ」と急ブレーキを掛け、盛大に噎せる。
「じゃあ、じゃあ何か?俺がここで待ってる時、俺が信じて待ってやってる間、」
万一生きて帰って来たら、半殺しにして警察の前に転がしてやるつもりで待ち伏せてやっている間、
「あいつ、勝手に仕事サボって、“穴”を倉庫から盗みに行ったってのか…?」
裏切っていたというのか?
使い道の無い、無脳な無能の分際で?
「俺の命令より、ローマンのクソ汚れた穴にツッコむ方が優先だってか!!」
「ザケてんじゃねえぞコラァッ!!」、
腰の痛みを引き摺りながら、再度乗り込もうとした部下の顎に、彼はもう一発蹴りを入れて吹き飛ばす。
後頭部を路面で打って、そのまま動かなくなったそいつを、彼は一顧だにしない。
「だいたいテメエ!それが本当だとしても、なんでカエル捕まえてねえんだよ!?障害持ちのガキ程度捕まえられなくてよく俺の家族名乗れたもんだなあッ!?」
『いやっ、あ、あいつの魔法が、ローマン共のフケツさと相性抜群過ぎてよ!あいつがこれまでにねーくらい、東海岸クソゴミカスウンコ王ってなくらいキタネーのがいけねえ!マジであいつ信じられねえくらい臭いんだよ!』
「知るかっ!何としても捕まえろ!生きたまま俺の前に引き出して来いっ!そうじゃなきゃ次はお前が家族で一番のゴミになる番だ!豚小屋か便所かローマン倉庫か、お好みの場所に捨ててやる!」
『わ、わかったボス!分かった!分かったから!すぐに見つけて』
彼はそこで通話を乱暴に切り、シーツの上にスマートフォンを投げつけ、それでも収まらないようで助手席を後ろから何度も蹴りつける。
「クソッ!クソックソックソックソッ!!どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもおおお!!」
カエル如きが、人間にすら失格したような欠陥品が、最も家族と社会に尽くした自分に泥を塗る。許せない。許し難い恩知らずである。飼い犬に手を噛まれる時はいつも、痛みと同時に悲しさと情けなさが来る。
そんな不出来な奴が、自分の子供の一人、そんな遣る瀬無さ。
「どうする……!どうすりゃ…!クソ…!終わってやがる…!計算が狂うなんてもんじゃねえ…!何一つ上手くいかねえ…!おい相棒……!相棒……?」
いけない。
声が聞こえない。
彼は内ポケットから出したケースから、今やお馴染みの静脈注射セットを取り出し、腕から血管に撃ち込む。
「スゥゥゥゥゥ………!」
脳がスキップする。
肌が溶けて血流と一緒に循環する。
座席のクッションに沁み込んでから、気化して浮き上がりそうになりながらも、カッカと温まる全身の中で、ひんやり重い一箇所に血を集める。
性的興奮を得たように、そいつの口が上向いた。
「落ち着けよ、俺はまだここにいるぜ」、
そこから音叉のような声で、語り掛けてくれる。
「俺がいりゃあ、なんでも殺せるさ」、
だが弾が無くなった。何を撃てば良い?
「違うぜ?弾はまだある。ただ的が見えなくなってんだ」、
どっちにせよだ。ネズミの警官が同行して、カエルだけが帰って来た。
ここから何が分かるか?失敗して、それがバレる前に逃げようとしてんだ。
親に成績表を見られたくないから、財布をくすねて家出するのと同じだ。
「そんな小物、どうでもいいだろ?後から幾らでも、顔のホクロの数を増やしてやれるさ」、それはそうなのだが、だけれど内通者が居なくなった事によって、あのスタジアムに詰まった絶好の獲物に手が届かないのは、今からどう足掻いた所で変わらなくなった。
「いいや、まださ、もう一人いるだろう?」、
もう一人、あそこの地下に待機させてある、部下の話だろうか?
だがあれは、騒ぎに乗じて出来る事があるかもしれないと、置いておいた駒だ。先に行った二つが両倒れとなっては、今更何の効力も——
波紋。
震える。
重石が投げ込まれ水面を打つ。
いや、これは、彼が染み入っているシーツが、その上の何かが振動しているのだ。
スマートフォン。
さっき投げ出したそれに、例の潜入者の番号から、着信。
彼は拾い上げ、それに出る。
「お前ら、カエルがとっくにそこから居なくなってるぞ…!今まで何を」
『なあ、ボス、アタイが誰だか分かるかい?』
唐突に謎かけめいた事を問われ、彼の額に青筋が浮き出る。
心に余裕が無い時、聞きたい事は遮られ、クイズを出題されるというのは、精神衛生上最悪な食い合わせだ。
「ぶっ殺すぞ?ホーク……!お前、今ふざける時間じゃねえって事すら」
『違うのさボス。マジなんだよ。マジでアタイ、聞きたいんだよ…!アタイは“鷹の目”で合ってるよね……?酒とかクスリで、自分をホークだと勘違いしてるイタ女じゃあねえんだよね……?』
「は……?」
こいつ、仕事中に何かキメたのか?
だとしたらその頭蓋でリフティングの練習をしてやろうと心に誓い、話を先に進ませる。
「何でもいい!どうした!?どういう連絡だコイツは…!」
『ボス……、アタイは魔力使わないでも、フツーに目が良いんだ……。だから“鷹の目”なんだよ……。ここまではオーケー?だから、遠くてもなかなか見間違えないって、そう思うんだよ……!』
「だからテメエをそこに置いてるんだろうが!寝ぼけんなら後にしろボケナスコケカスゥッ!俺が幾らでも湖底に寝かしつけてやるよ!」
『だとすると、ヘンなんだ……。確かにすっごい遠いけど、でもあれ、さっき見えたモンが本当だとすると、見間違えとかじゃないとすると、すっごくヘンな事が起こってるんだ…!』
「ヘンんん?何の話だ」
『落ちてきたんだよ、急に、天井からさあ……、ピエロみたいなのと一緒に落ちて、なんかみるからに高い車に乗ってんだよ……!』
「本格的に夢でも見てんじゃねえか?何がどこからどうしたって?」
『ロマンスイエローだよ!あの、TooTubeとかで流れてくるヤツ!!』
彼の体が、一息で固形物に戻った。
『あいつ!何か急に降ってきて、金持ちの車に乗ってたんだよ…!運転席とかじゃあない!後部座席、お客様待遇だ……!ヘン、じゃないか?降ってきたのもそうだし、ローマンが後ろの席に招待されてんのも妙だろ…!?』
「ホーク、もう一度言え…!あのローマン、何に乗ったって?」
『テカついた、黒っぽい紫色の車だ!』
スタジアム前の道路から東方向に数ブロック過ぎた所の脇にある、路地裏。
『今そっちに出てったから、見えると思うんだよお…!どうだいボスゥ…!アタイ、マボロシ見てないよね…?ちゃんとそっちから、その車見えるよね…?』
そこで待機する彼らの目の前を、磨き抜かれた高級車が通過した。
「今の車を追え!速くしろ!」
「ぼ、ボス?」
「見失ってみろ!テメエらの眼球と豚のクソを取り換えてやる!」
「へ、ヘイッ!」
大慌てで発進する大型ジープ!
すぐ近くに潜んでいた他の仲間達も、それを見て押っ取り刀で駆け出して行く!
ボスは無線とスマートフォンを駆使してルデトロワ中の構成員に召集を掛ける!
「お前ら!紫の高級車だ!クソVIPが乗ってそうな長いヤツって言えば分かるだろ!あれを追え!中の奴らは最悪殺しても構わねえっ!」
懐の相棒がシリンダー内の弾丸をカチャカチャ鳴らし、彼の殺意を更に煽り上げる!
「カミザナントカが!あのロマンスイエローがあの中にいる!世界大会に出るって奴がそれをほっぽり出して、金持ちのオモチャでコソコソ移動しようとしてやがる!奴がこの街に来た!その本当の理由は世界大会の為じゃねえ!隠れ蓑だ!本命はこっちだった!」
「撃て!殺せ!撃ち殺せ!」、
冷たい憎悪が腰骨を撫でる!
「あれだ!あれが何か大きな陰謀の、それを操る黒幕の手先だ!あれの中にこの国がひた隠す真実がある!あれを何としてでも手に入れる!それがダメならぶっ壊す!!」
「そうだ!お前には俺がいる!的がすぐそこにある!両方揃ったならば殺せる!」、
荷台に乗った“家族”達が型抜きを貼り付けた車体にオレンジ色のスプレー缶を吹きかけ、目を覆いたくなるような猥雑な文句で埋め尽くす!
「武器を!武器という武器を持ってこぉい!ありったけだ!俺達が今!最もこの国の暗部に近い!」
「今のお前なら出来る!この国を変えられる!」、
唸りを上げる殺人機構の導きによって、
確実にぶっ放せる道を爆走する!
ルデトロワを襲う天災、その前哨戦とでも言うように、
オレンジの体色をした鉄獣の群れが、
氾濫した川のように道を塗り潰した。




