423.先輩の胃痛がひどい
スタジアムの地下、たぶんスタッフとかメンテナンスの作業員とか、そういう内部の人しか入れない場所。
その天井の排気口の一つを開け、ダクトの中から飛び降りる。
先頭は全身白塗りの上に、赤青緑の派手な色をした服を着て、三又のとんがり帽子と赤鼻、べったりと赤い唇と舌、眼の下に雫のようなメイクを入れた、小さなピエロ。
彼はバランスボールみたいな大きめの球を足場にし、音も無く着地。
その後ろから、ミヨちゃんを抱えて俺が降りる。
ボールクッションは落下の衝撃を完璧に殺してくれた。が、ちょっと過剰に跳ねてもう一段ジャンプさせられ、足が着いた音が固い床と壁に反響。
腕の上のミヨちゃんと二人でワタワタしていたら、ピエロまで一緒にドタバタし始め、わけわかんなくなってたところで、目の前にちょっと長めの高級車が止まった。
場に似つかわしくない紫色光沢をしたそれの扉が開き、ピエロが頭から中に飛び込む。
俺とミヨちゃんが恐る恐る中を覗くと、
「久しいのう、小童。首尾よく抜け出せたようじゃな」
どこかで見たような気がする、金髪の女の人が足を組んで乗っていた。
胸元が開いて、背中も出して、首の後ろで結ぶタイプのイブニングドレス。
こんなに刺激の強い人、なかなか忘れないと思うんだけど、誰だったっけ……?
と思っていたら、急に女は両拳を口の前に、その目を潤ませて——
「あれあれ?ウチのこと忘れちゃったぁ?薄情だなぁー」
「エンリさ、“靏玉”…!」
年齢が違うが、確かに面影がある。
「大人の色気」感が強くて、重ねるのに苦労したけど。
そして彼女が居るなら、彼らが「リーパーズ」の側なのは間違いない。
「ほれ、ボサっとするな、はよう乗れ。オヌシらを見咎められると面倒じゃ」
こんな車で迎えに来て言う事かよ、とも思ったが、内容自体はその通りなので、何も言わずいそいそと並んで乗り込む。うおおっ、車のシーツなのに尻が沈む!おいくら万円なのかはしらないけど凄い豪華な車なのは分かる…!
中には金髪美人とピエロの他に、例のゴスロリ女が座っていた。
「お前…この間は……」
「“臥龍”、ですの。特段覚えて頂かなくても結構」
俺の事は嫌いか眼中に無いと思っていたが、自己紹介をされた。
どういう心境の変化だろう?
「よろしくメガちゃん」
「端折るなちんちくりん!」
「あー!いいなー!僕もあだ名で呼ばれたいなー!」
「うおわっ!?」
運転席から飛び込むようにして俺の隣に陣取ったのは、小学生くらいの男の子だ。
「初めまして!いつも見てます!」
「いつも…?監視的な意味で…?」
「趣味と仕事を兼ねてね!」
右手を差し出され、恐る恐る握手に応じたら、ブンブンと嬉しそうに上下された。
「あっ!サイン!サイン書いてくれない!?ススム君って事務所とか入らないし、硬派な売り方してるから、グッズみたいなの出してくれなくてさあー!」
「さ、サイン?グッズ…?」
「わかる。欲しいよね」
「ミヨちゃん?」
「じゃなくて!」
ミヨちゃんはこっそりと完全詠唱の掌印を結びながら、
「こ、ここに乗ってるの、全員……?」
俺の前に身体を挟むようにして、目を光らせる。
「オヌシの想像に任せる」
「今回の話、本当?私達を助けるって」
「オヌシらを妾の武器として使ってやる、という提案じゃ。オヌシらの側に損得が発生するかは、そっちで勝手に決めてくりゃれ」
「さっさと出せ、友粋。話は道中で出来る」、
“靏玉”に命じられ、「ちぇー、もーちょっとファンサが欲しかったのにぃー」などとぶつくさ言いながら少年が運転席に戻る。
「って言うか、運転主きみぃ!?」
「そだよー!まーまー任せてよ!こう見えても人を乗せる事にかけてはベテランなんだから!」
足、届くの?
という俺の心配とは裏腹に、ほとんど揺れを感じないくらいスムーズな発車だった。
「なんだ、これは…!?」
数分前。
ニークト先輩も含めた俺達3人の前に、そいつはいきなり現れた。
「ややや!こちらにある通り!ラララ!我らに或る道理!」
お道化て歌うような口調で彼が差し出したのは、一枚の紙。
その上には短く簡潔に、
『助けを要するなら交渉の用意あり、ここで待つ リーパーズ』
という文章と、地下従業員用出口までの道順が描かれた地図。
「来い、って事か……?」
「そうとも言う!とっととYOU!」
「よし、それじゃあ」「馬鹿馬鹿馬鹿が!どう考えても罠だ!こんなタイムリーに蜘蛛の糸など有り得るものか!渡りに船なんて、そうなると分かって待ち伏せていたと自白しているようなものだろ!」
ニークト先輩が全力で止めてくるが、30分でここを抜けて湖に到着するアイディアが他に無い。
それに、そこまで当てに出来ない話でもない、と思う。
「『リーパーズ』って名前を知ってるなら、これを書いたのはillの抗争を知ってる奴って事で、本当に手を貸してくれるなら最高のパートナーになります」
「『本当に』、攻撃してこないならな!キャプチャラーズとやらの自作自演も有り得るだろう!?」
「だけど、あいつらが直接俺を攻撃できないのは確かです」
「それに、キャプチャラーズからすれば、ススム君は放っておいても死ぬ筈です。人に存在を知られたくない奴らが、こんな危険を冒すだけの理由がありません。だけどこれが、本当にリーパーズなら?」
「………敵対勢力の企みに、何らかの妨害をぶつけたい、と考えられる。そう言いたいのは分かる…!理解するが…!」
もちろん、奴らが一時休戦して、俺を護衛の外に誘い出そうとしている、という事も考えられる。
「だが間接的に、それこそ人を雇って差し向けるくらいは出来るだろう…!」
「そういうのからは、私が守ります」
「お前…!一人で…!どうにかなる…!問題だと…!」
ニークト先輩は俺達を見て、ピエロの方を振り返り、そいつがピョコピョコポーズを変えているのを見て余計に腹を立てたのか、手入れされた金髪をガリガリと削るように引っ掻く。
「先輩にお願いしたいのは、今の内にみんなの避難を——」
「いや……!それは、逆に危険だ…!」
先輩は頭をぐしゃぐしゃにしながら、壁に凭れ掛かって思量を続ける。
「俺達がこの会場でやれる事なんて、ほとんどない…!教師陣に相談するにしても、即席のテロを起こして無理矢理避難させるにしても、信じさせるか、或いは算段を整える時間まで含めると、30分は足りなさ過ぎる…!」
そしてそれが成功しても、何万もの観客を逃がすどころか、まず外に出すだけでも困難。しかも巨大竜巻の影響範囲外まで行かなければならないんだから、求められる移動距離と時間はもっと掛かる。
奇策的パワープレイによって、それら全部上手くいったとして、一番問題なのは——
「ill云々が、多くに知られる事となる可能性が高い」
「それがどの程度の範囲になるか分かりませんが、今回はそんな事も……」
「いや、そこが最も危険なのだ。どんなアクションを取るにせよ、少なくとも先生方には、事のあらましを話さざるを得まい。隠し通せるとも思っていない。そしてそこから理事長に、自動的に国まで情報が上がる」
「そっか、あいつらは、そんなの絶対に嫌な筈ですよね……。今はまだ、この3人での秘密だから、あまり影響はないと放置されてますけど……」
「ヨミチの言う通りだ。社会的認知が広まりそうになると見れば、それを潰しに来る可能性は充分に高い」
俺がミヨちゃんと竜巻を止めに行ってる間に、別働隊がそれ以外のメンバーやシャン先生達を監視していると見て、ほぼ間違いない。
イリーガルの暗躍について漏洩する可能性があれば、すぐに動く。
方法として一番分かりやすいのが、皆殺し。
何故って、どうせ竜巻で一帯を吹き飛ばすつもりだから。
「先輩は、みんながイリーガル達に目をつけられないように、俺達の不在をみんなから出来るだけスルーさせるしかないんですね?何事も無いみたいに」
そしていよいよ俺が負けたとなれば、玉砕覚悟で先生に相談し、俺の代わりに竜巻と他のイリーガルをなんとかする。それまでは、「教える気無いよ~」って顔をし続けるしかないのだ。
下手に焦ると、竜巻が来るより前に、会場が無差別に吹き飛ばされる。
それは困る。
俺は死人ゼロが良い。
それが目指せるなら、目指していたい。
こちらがそう考えると見透かしたから、「自分達の事が世間にバレるかも」という、どうしても発生するリスクが踏み倒せると、キャプチャラーズはそう考えたのだろう。
「ってことは、ここで他の人に助けを求めるのは無理っぽいですし、やっぱり俺から奴らの招待に応じるしかないみたいです」
「クソ……、そうなる…!そうなるんだ…!だからこそより胸が悪い…!」
先輩はきっと、俺の小さな肩に全部載せる事を、生理的なレベルで嫌悪してるんだと思う。巨大な敵も、莫大な命も、俺だけに託すことを。
先輩らしいと思う。
だけど、こっちに残って最悪に備える人だって、重要で辛い役回りになる。
そんな所に恐縮だけれど、
「先輩、あの」
「なんだ……!」
この上、心苦しいのだけれど、
「もう一つ、甘えていいですか?」
俺のワガママを、言うだけ言っとく。
「……オレサマにおねだりとは、良い御身分になったもんだな……」
「それは本当にそうですね」
「ニークト先輩の後輩」なんて特等席、なかなかないしね。
「聞いてやる…!」
「この後の決勝戦、勝っといてくれませんか?」
俺が抜けた事で、みんなから勝ちを奪うのもイヤなので。
「言うようになりやがる…!」
ここまでが俺の要求。
リーパーズが何かしてくれるなら、竜巻を、“暴風”を止めれる目も見える。
誰も死なせずに終わる未来が、首の皮一枚繋がっている。
俺はそこに全張りしたい。
それだけを目指したい。
死者数だけで言えば、もっと無難に手堅く損切りする方法はあるかもだけど、出来るならみんな生存で終結させたい。
同時に、みんなの願いを、誇りを、努力を、
この大会に懸ける想いを、無駄にしたくない。
俺はそれに対し、大会自体を守る以外、何も出来なくなるけど、
パテメンの、トクシのみんなに報われて欲しい。
生きて、勝って、全員ハッピー。
全て全部残さず欲しい。
ここまでが俺の勝手。
「どこまで呑むかは、先輩の判断で良いです。俺とミヨちゃんがこのピエロに着いて行くのは、もう決めたことなので」
俺達二人は顔を見合わせ、地図に従って階段を上ろうとする。
「『勝っておけ』、だとぉ……?」
先輩は乱れた前髪の下から、青い光でこちらを見上げる。
「オレサマを、誰だと思ってる…!」
「俺が尊敬する、ニークト先輩ですね」
「好きにしろ!言われてなくてもオレサマは勝ぁつ!」
壁を一度拳で叩き、先輩は控室にツカツカと戻っていく。
「先輩!俺達が戻らなかった時は、この先みんなをイリーガルから守るの、お願いしちゃいますね!」
「お前らがしくじっても、オレサマの方で上手くやる!だがその時は、ネチネチと小一時間は説教してやらないと気が済まないから、ダッシュで即帰ってこい!オレサマに使い走りをさせておきながら、不様を晒して面倒を上積みするのだからな!」
きっと勝ってもお小言コースだろうなあ、と苦笑しながら、
俺とミヨちゃんは跳ね進むピエロを追うのだった。




