419.間一髪で紙一重
温度とは、物質を構成する分子の運動、その激しさである。
気体に圧力を掛け、体積を減らしたらどうなるか。
ただでさえ動き回りがちな気体分子は、壁や互いに衝突する頻度が上昇し、減速しそうになっても別のエネルギーを得る事で、運動の激しさを増す。
簡単に言えば、圧縮された空気は、温度が高くなる。
ここに一つの構造がある。
蓋によって
密
圧力によって押し込まれるパーツの先は 閉
さ
るいてれ
予めポンプなどで吸い出されたわけでなければ、その狭い部分には空気がギチギチに詰め込まれている。
繰り返しになるが、圧縮された空気は、温度が上がる。
事実、その構造の中では、数百度という高温に達した。
仮にだが、
そこまで高められた空気の中に、発火点が低い物質、平易な言い方なら「燃料」となるような物が注入されると、どうなるか。
燃焼の3要件は、
①燃える物がある。
②充分な酸素がある。
③発火点以上の温度である。
全て満たされている。
着火直後の最大火力は燃料によって異なるが、一般的に1000~3000℃。
より爆発的な物質なら、4000℃以上さえ。
この温度変化は分子運動の激しさが跳ね上がる事を意味し、加えて燃料から燃焼ガスまで発生することになるが、閉じ込められているために体積膨張も出来ない。
そうすると、内側から掛かる圧力は倍数的に上昇するしかなくなる。
ここで、
そ
の
方
向
に
の
み
急
ある一方への扉を、脱出口となる隙間を開いたとすると、 激
な
体
積
変
化
が
発
生。
行く先を限定された「押し出す力」を生む事が出来る。
例えば一部を脆く作っておけば、そこが最初に形を保てなくなり、思った通りの向きで吹っ飛んでくれたりするのだ。
発火装置の要らない内燃機関と、火薬型銃砲の原理を掛け合わせた、一種の飛び道具。
虎次郎はそれを、大穴を貫徹された左胸の修復時に、密かに中で作り上げていた。
後は、投入する「燃料」さえあればいい。
簡単に発火し、出来るだけ高温で爆発するように燃えてくれるもの。
そんなお誂え向きの物質が、
亢宿の表面に多量に塗抹されている。
彼と彼の鎧を燃やす為、「一度火が消えても引火を待って残り続ける」、
粘性の泥が、
レイラ・ノウェムの魔法生成物が!
ドォン
一際大きな破裂音の後、虎次郎の拳は戯画化された月のような形に刳り抜かれた。
命中。
守りは抜いた。
「フッ…」
ニヤリと口角を煌めかせたエドウィンは、
「フッ…ぐっ…!ごふぉ…ッ!」
喘息のように咽せ詰まりながら、己の胸を見下ろす。
鉄の砲丸が肋骨を粉砕、その球体の半ばほどまでめり込んでいた。
どちらも倒れぬまま、試合終了のブザー。
「亢宿ィ…!」
魔法を解除し人の身に戻った虎次郎が、問いを振り絞る。
「ワガハイの、首輪は…!」
自分で確認できないその色は、
「どうなっている……!」
咳き込みながら前に回って、ヘッドセットを抜いだ亢宿の目に映った首輪は、
「緑だ」
勝利を祝していた。
「銃と大砲の決闘は、デカい方が勝ったらしいぞ」
撃ったのは、
早かったのは、
わざと体を仰け反らせながら、胸板を露にして狙いを付けた虎次郎の方だった。
そのすぐ後にエドウィンの撃鳴。
0.1秒程度しか開かなかった二つの轟音は、重なってほぼ一つになっていた。
エドウィンは発射の直前、被弾によって確かに体幹が崩れ、微妙に弾道を逸らし、100%のダメージを出せなかった。
衝撃がうまく浸透せず、一発が命に届くまでのタイムが、乃ちポイント減少速度が微妙に遅れ、それが勝負の分かれ目だった。
「そう、か……!」
医療班が駆け付け囲む中で、虎次郎は大の字に寝転がり、
「ゥゥウウウオオオオオォォォォォォ!」
勝利の雄叫びを高らかに奏でた。
今にも握り潰されそうになっていたテニスンが解放され、ノウェムは自分が生かされていた事、その脅しに最後まで付き合ってしまった失態を悟って、口惜しげに下唇を噛んでいた。
幕が下りるかのように、アリーナと客席との遮断が解除されていく。
ホームのパーティーの惜敗という結果であっても、皆が拍手と歓声を送っていた。
それは、その戦場に立っていた全員に、例外なく贈られた賛歌だった。
栄光の滝音を何の後腐れもなく浴びながら、担架に乗せられた虎次郎と拳を合わせる亢宿。
「やったぞ大将。粘り勝ちの世界一だ」
聞いた鉄人は、ニカリと歯を見せ締め括った。




