418.燃えよタイガー!
拳を上げ、体の後ろに振りかぶって、溜め放つ。
その動作を何度も見せておきながら、
その時には前触れなくパターンを変えた!
手を地に着いて上体を起こすと見せかけ、実際は拳で床を叩いて前に突っ張ってくる!
腰を落とした状態での直線的突進!
相撲の「立ち合い」に近いモーション!
「読めてるッ!」
その股の間をスライディング通過!
攻撃の意思に比して腕の動きが遅れていた事から何か仕掛けてくるのを予想済み!
銃を抜いて中指で引鉄を引き左の腿を吹き飛ばす!
撃った反動で仰向け姿勢のまま腰を中心に半回転!
親指で撃鉄を弾いて臀部にもう一発!
「尻穴じゃあ、隠し場所としては古典的過ぎるか…!だが…!」
発砲の反作用で上半身を倒しつつ両足を上げ、振り下ろす動きで立ち上がりながらボウイナイフを抜刀!
魔法再使用までの約10秒。片足を修復されないよう攻撃を重ね、半歩以上を踏ませずに次の2発を〈喝ぁぁぁぁぁつッッッ!〉破損断面から萌黄色が伸びて添え木のように地を突き叩き、右脚を支点に後ろ回し蹴り!
身をスレスレまで沈めて避けながらあと一歩の接近を試みるも組まれた両拳が降るのを察して横に転がり離れる!大理石が噴水めいて飛散!
〈“萌緑黄色満面東竜”…!根強さには、自信アリ、だ…!〉
亢宿の魔法生成物である植物が、虎次郎の首の後ろ、脊髄付近から体内に入り、欠けた場所を補強している!
二つの魔法は多重装甲のような構造を作り、命中時に身体に伝わる衝撃を吸収、伝播を防止。着弾部以外への被害を軽微にしてしまう。
物理的に欠けさせることによる行動阻害という攻めの方向性は、これで却下された。
亢宿の方から狙うか?
だが彼が纏う鎧は絶えず形を変え、エドウィンが指定した的を不規則にズラしてしまう。それでも無傷ではいられないだろうが、あの防護の上からでは殺し切れない可能性が高い。
常ならばそれでも優先して狙う。だが、最短10秒に2発、的を外す、連射に手間取るといった事になれば、数十秒の間が開く貴重な致死チャンス。
やるか?
やらない。
ノウェムの炎はまだ鎮まらない。
あの鎧は薪にされ、その下から新しく生長する。
そのサイクルが回っていれば、1分もしないうちに、魔力切れになる筈だ。
狙いは依然、隼見咲虎次郎のみ!
10秒に一回、2発撃てる権利を行使し、
鉄人の主要生命維持器官をピンポイントで的中させる!
——落ち着け…!
——マジシャンがカードやコインを隠すのと同じだ…!
その態度や言葉、ちょっとした動作で、本命から意識を外させる。
つまりは彼を観察し、その言動から逆算していけば、彼らの肝が、文字通りの「心臓」がどこにあるか、見つけられる…!
「カワイコちゃん…?その素敵なツルスベボディはっ!とおっ!」
情報を引き出そうと相好を崩す顔面目掛けた右フック!
その先端はスクリュー回転している!
仰け反って回避!
左スクリューアッパー!
サイドステップ!
右肩タックル!軸を右に移しながらボウイナイフで亢宿の枝を狙って切りつける!からの横振りチョップ!これを刃で受けながら後ろに跳んで衝撃を逃がしながら距離を稼ぐ!
「会話くらいしろよ…!ムードもへったくれも無いのか?」
〈無い!毋い!莫い!なぁぁぁぁい!〉
右腕を前にしたナックルウォーク!そのまま体当たりか?それとも肘か!?懐に畳まれいつでも撃てるようになっている左腕か!?
あの姿勢。
胴の大半に弾が当たりにくくなっている。
あの太腕で体のどこかを庇っている?
——こいつはそこまで考え無しじゃない
今だけ守れる事と、この後も位置を隠し続けられる事、そのどちらが得かくらいは分かる。
場所を移すにしろ、全体と繋ぎながら破綻しないようにという気遣いを要する。一本でも神経が千切れたら大惨事。そこまで素早くは出来ない筈だ。
そうそう位置は露出させない。
という事は、右腕の中に入っている?
そう考える事まで読んで、やはり左半身に?
——どっちだ……!?
まだ、
まだだ、
ここじゃあない!
エドウィンは、抜かない!
全身炎上しながら迫り来る鉄塊を前にして、鋼の意思で魔法発動の選択を取らない!
「うおおおおおおっ!!」
前へ!
拳銃を警戒していた二人の意表を突いた前進!
腰から抜いたトマホークのヘッドを虎次郎に引っ掛け、砕けるほど強く押し込んで自らの体を持ち上げ、相手が前進するベクトルを自身の直進方向に変換、跳び越える!
炎の一部に巻かれるも、敵の突進エネルギーを利用した最速水平跳躍!無防備を晒さずに敵の背後を取る!
足を天井に向けた姿勢で滞空中の1秒未満、その間に背後からズドンと、
行かない!
体外に排出した魔力の塊で自分を止め、帽子を押さえながらクッションの上に寝そべるような姿勢で何事かを思索、足を前に倒しながらくるりと回って拍車が床を打つ。
——今の……
今の交錯で分かった。
——成程、そこなら確かに
考えたものだと感心しながら、ホルスター横の定位置に右手を下ろす。
虎次郎はシャトルランの如く反転し、左腕を前にして再度の突撃準備。
「冒険、か……!」
もう二度と、あのような日和見なやり方はしない。
賭けて、勝つ。
次の2発で、
試合が終わる。
どちらが立っているにせよ。
——負ける気は無いが、ね…!
両者見合って、
みしり、
鉄人の中に破裂したくてたまらないエネルギーが閉じ込められ、
圧縮され、
0.01秒でも逃すまいとカウボーイが足腰に魔力を充足させ、
指先を細かく遊ばせ制御下にある事を確認し、
みしみし、
みしり、
陽が沈むように影が伸び、
陽が、
太陽が、
沈む?
屋内で?
——この、影は…!
みしみしみしみしみしみし…っ!
それは彼の後ろ、亢宿が残した大樹から発せられていた。
巨木は彼の頭上に、塞ぐように倒れて来た。
ノウェムの眷属がエドウィンを庇うように間に入り、壁にその身を引っ掛けるようにして止める。
ショーウィンドウが割れ落下防止柵が折れ跳び巨体二つのくんずほぐれつで場内が激しく上下に揺れる!
大樹は内から紅蓮を噴いて、未だ猛火冷めやらぬ断片をばら撒く!
いや、それだけじゃない!
家電や婦人服、果物、貴金属、花々、バッグにコスメ、食器、調度、玩具に雑貨、園芸用品や買い物カート等々、様々な商品が橙の雨となって土砂降っている!
炎と黒煙が、エドウィンの視界を完全に覆った!
「『木は火を生む』、だったか…!」
燃やされるなら燃え方を工夫する。
樵が「受け口」と「追い口」と呼ばれる切れ込みで、木の倒れ方をコントロールするように。
枝を複数の店内に突っ込ませていたのは、索敵や支えの為だけじゃない。中にある物を掴み取り、引き寄せておき、いざとなったらノウェムの粘土弾を潜らせ、緋を纏わせた上でぶち撒ける為だ!
山火事の中に一人取り残されたカウボーイ。
ノウェムと亢宿、二人の魔法によって生み出された炎。
それで埋められた事によって、魔力の気配が濃密に沈殿。
同じ火を、虎次郎達も頭から被っている…!
これでエドウィンは、彼らを見失った!
「プレッシャーを、殺気を量れば…!」
その瞬間、彼はまたしても巨大な鉄の手足に包まれる心地に抱かれた。
全周からの局地的、または極地的高気圧。
虎次郎が発する凄みだけがヒリヒリと痛覚を削る。
どこから来るか、気配が大き過ぎるが故に、
逆に!
特定できない!
「腕試し、か…!」
カクカクとコマが飛んだ映像のように、自身の正面をあちこちに向け直すエドウィン。
もうこうなれば、知略も何も無い。
己の反射神経に全てを託す。
今日まで磨いてきた技能が、彼を裏切らないと信じる!
彼の舌と唇は、自然と口笛を吹いていた。
己の魂を落ち着ける為か。
或いは強敵への手向けとしてか。
諦めたつもりはなかった。
どころか心底、勝つ気だった。
ここに来ても、確信めいたものがあった。
彼は負けられない。
彼が負っているのは、彼一人のプライドなんて、ちっぽけなものだけではない。
炎幕が、パチパチと二度ほど瞬き、また一段と高く燃え上がり、
それを割り開いて突入してくる大男!
水平に構えた左腕を前に障害を蹴散らす!
エドウィンは冷静に右脚軸反時計回転!
その途上で銃を抜き、
「2発」
宣言とほぼ同時に左足で地を踏みしめながら1発目。
それは敵の右手首に命中!
拳の回転軸が拉げ、止まる!
背後を取られた時、虎次郎には確かに弛緩が、安堵があった。
「そこで一旦やり取りは終わった」、とでも言うように。
素早く振り向いたものの、それでも自分の意識を完全には騙し切れない。
そいつは身体の前面から攻撃される事に、気を張っていた。
と言う事は、最も怪しいのは右腕。
そこで気付く。
ナックルウォークの意義。
あれは、拳を握ったままにする為ではないか?
拳を一つの容れ物にして、中に脳か心臓のどちらかを入れ、回転させる。
例えそこを狙ったとしても、指定した場所が高速で周回していれば、弾を当るのは非常に困難。
よく練られている。
なので、
それを止めた上で射殺するのだ。
鎧は可動部を狙い貫く。
古くより伝わる定石。
親指で弾かれた撃鉄が元位置へ。
虎次郎は一撃目を受けて大きく仰け反り速度を鈍らせた。
距離はある。
弾もある。
外しはしない。
焦らず急がず確実に迅速に、
ぴったり捉えて、
仲間達の、
妹の名誉と未来を載せた中指が、
世界最強の称号に届いた一本が、
ドォン
引かれた。




