417.「鉄人」ってのはこういう意味だ!
「ふぐぉぉおおおお…ッッッ!!」
地を叩き、立つ。
隼見咲虎次郎、カウント8で渾身のKO回避。
魔法能力によって腕を補修し、次なる一撃の準備。
赤茶の風が彼らを囲み、ホルスターに右手が伸びる。
今待たれているのは、容赦されているのではない。
虎次郎はエドウィンの睨視を撥ね返し、そこにハンターの冷たさを見出す。
観察、そして、計算、計画。
今現在で出来得る限り万全の状態、そこまで虎次郎が復帰するのを黙って見ている。
それは、行動予測をより容易にする為。
最善手の打ち合いが、最も読みやすい。
だったら外した事をやるか?
それは「最善」でない手であり、つまりより悪い、弱いやり方。
その場は凌げても、詰将棋が始まるだけ。
手数を掛けて討ち取られる。
彼が出来るのは、自らに残った全ての手を尽くす事だけ。
それだけ。
それだけだ。
肉体内部の構造を変形させ、右脚を後方の地に捩じ込み、その膝を軽く曲げ、右腕を大きく引いて止める。
亢宿の枝がその表面を覆うが、無意味。
エドウィンの魔法は、狙った相手にしか当たらない。
「さあ征くぞ!」
圧力を解放。
弾性を利用して右腕右脚を真っ直ぐに戻す運動を起発!
〈ワガハイを!振舞ってやる!〉
右足で蹴って体を反時計方向に回しながら拳を直放!
「2発」
宣言から小数点以下二桁代の経過時間の後に1発目の発砲が完了され瞬きを抜き去る程の早さで2発目が発射。
頭と、左胸。
——大人気なかったかな……?
医療班が優秀だとは言え、頭に派手な割れ目を入れてしてしまうのは、些かやり過ぎだったかもしれない。
そこまでせずとも、致命部位破壊の判定は得られた。
妹が絡んで頭に血が昇り過ぎたかと反省し「nN゛!?」脊髄反射的に左腕を内に畳み、飛来した鉄塊を外へと押し出す!
「ぐヌギィィィィィ!?」
バリバリとシールドがショートした回路のように悲鳴を上げて明滅!
間に合ったのは、眼が見えたから。
脳を裂かれた筈の虎次郎からの直視が、まるで勝利の栄光を失っていなかったから!
人中の延長線上、正中線で受ける事さえ避けたものの、左腕が肩口まで吹っ飛んだ扱いをされて動かなくなる!
〈どうした…?〉
分かれていた頭頂部が、ミシミシと開口部を着き合わせ、癒着させ、形を戻していく。
〈「ブリキ」の耐久値を、試すのだろう…?〉
虎次郎に出来る事は、彼の最善手。
それだけ。
されだけだ。
それだけでいい。
〈先にそっちが、壊れそうだぞ…?〉
それだけで、勝てる!
「……少し、その魔法を、誤解していた……!」
〈ワガハイのこれは、魔法の肉体変質効果まで利用し、身体強化を極めた果て…!〉
最初は硬くなる、肉と骨を強くするくらいの魔法。
体内魔力による身体強化に目覚め、肉体のどの部分をどのように「強く」するのかという理論を学び、魔力も魔法もただ己の身一つを最高の作品にする為に費やす——
「〈変身魔法……!〉」
その域に至った…!
「急所を…!心臓と脳を、別の場所に移したか…!」
体内の構造をそこまで変える事が出来るとは、エドウィンの想定を超える自由度。
カーソンやニークト、辺泥などの強化、装着タイプの変身は、魔力無保有状態の肉体をベースに、付け足すような感覚で行われる。
彼らは獣を模していても、どこかに人型を包容している。
虎次郎は見た目や雰囲気から、それの成り損ないだと思われていた。
「硬化」と名付けるのが精々の、使い勝手以外の利点を持たない普遍魔法。
だが違う。
それはカルカロンや雲日根などが行う、もっと根本的な部分からの「変身」。
自分の形を完全に崩す、その禁忌への躊躇いが薄い者のやり方。
クリスティアでは各州のティーンズの中で一人居れば良い方と言える、緩い螺子と強い己を持つ潜行者。
それが二人。
それも、「八志教室」という、一学園一教室の内だけで。
エドウィンは睫毛をしばたたかせ、眼球に沁み入りそうだった汗を飛ばす。
こいつは、自分の血の一滴に至るまで、
「モノ」として見ている!
だからここで、
エドウィン・ドゥオーダと一戦交えるこの時に、
Kとして選ばれたのだ!
頭の中の空気を入れ替える。
認めなければならない。
彼は確かに、戦力評価を誤った。
敵性体の過小見積もり。
テストなら余裕で赤点。実戦なら夥しい流血が池を作っていた。
そう、その左腕。
「君の、魔法…!」
虎次郎の肩から、亢宿のヘッドセットゴーグルが覗く。
「早撃ちが…、重要なんだろ…?」
エドウィンに発生した問題を言い当てる。
「シングルアクションは…、撃った後に手動で、撃鉄を戻してからでないと…、2発目を撃てない…!」
その種類の銃は、トリガーが軽く、早撃ちに有利とされる。
だがそれも、もう一本の手で撃鉄を起こすテクニックを使えば、である。
ダブルアクション型と違って自動的に元位置に戻らないので、片手で撃つとなると途端に発射レートは遅くなってしまう。
「虎次郎先輩と…!僕…!二人…!そうなったら…!2発要るんだろう…?」
撃って、戻して、また撃って、ホルスターに収める。
そこまでの手間を強制される状態で、片腕が失われた。
威力もそうだが、再使用までの時間が伸びる、そちらの損失も無視できない。
今や当初の目算より遥かに殺しにくいと判明した虎次郎を脱落させるには、エドウィンの魔法でなければ——
——いや待て!何を寝ぼけてんだ俺は!
「トライ!」
これはチーム戦。
わざわざ全部彼だけで完結する必要ナシ。
粉砕できる破壊力は、もう一つ。
「手が空いたんならこっちを」
振り向くと、カーソンがラリアットでもするかのようにぐるぐる回っていた。
「何して…っ!」
虎次郎の横薙ぎをバックステップ回避!
腹部に若干の裂傷感。
ポイントも50ほど減らされた。
リーチを見切っていた筈……否、その男はそれくらい平気で伸ばす。
そっちはそっちとして、「トライ!何してんだ!」まだ終わっていないどころか、振り回され遊ばれているかのような醜態。
「いま……手、はなせな……」
ノウェムが疑問に答えようとしたが、彼女が陥っている状況の方が雄弁だ。
追い回されている。
カーソンの体の上で、テニスンとノウェムの隠れ鬼が行われている!
「倒せなかった、のか…!」
ミスは、そちらにもあった!
自動機械や、自律型装置。カーソンの魔法は、それらを相手にすると、破壊力が上がる特性を持つ。
シールドによる半減処理やポイント計算、欠落部位や失格者の拘束等、高度な処理能力を持っているギャンバー用装備に対して、彼はとても相性が良い。
このルールの中でなら、誰相手でも勝手に強化されるのだ。
だが、
だが、である。
機械化文明に対する力仕事系労働者の抵抗。
その物語を持つ魔法は、同じような「弱者の抵抗」という文脈をぶつけられると、その剛力を鈍らせる。
哀藍・ピカード・テニスンは、その一例。
その魔法は、使い潰される側の者達が、自らを奮い立たせる歌を核に持つ。
折れそうな心を守り、支え、その中に支配者への言葉の刃を忍ばせる。
その音楽は後年、「憂鬱」の色である「青」を名前に持った、今でも続く一つのジャンルに繋がった。
絶望と戦う、盾であり、剣。
まだ青に染まり切る前の、淡い悲嘆。
カーソンの魔法は、テニスンの物語を打ち砕けない。
それは逆もまた然り。
だから互いに一進一退、いつまでも千日手で遅滞するしかなかった。
だがそれは、数m級のバリアと、柄の長いハンマーが、中距離で牽制し合っていたから。
カーソンの足元に投げ出され、更に倒せずとも起き上がらせなければ良いと言わんばかりに両腕のパンチを連発され、
それはテニスンの側にとってもチャンスになってしまった。
右を受け、左を躱し、次の一撃を放つ為に引かれる拳にガッチリひっ付き、その巨体に登ってノウェムを落としに掛かる事を許したのだ!
装甲の一部を体表のレールに沿って動かし、足場や遮蔽物とする事で彼女を守り、振り放そうと体を揺すぶり、その先にあったのはエドウィンが見た、痒い背中に手が届かないカートゥーンキャラクターのような挙動。
事実上、テニスンは未だにカーソンを抑止し続けていた。
すぐにテニスンを潰せずとも、その場に留めておけるという好機。
エドウィンが絶対に虎次郎を落とせるという確信。
それらが合わさった結果の事故。
彼らは一方で焦り過ぎ、また一方で悠長過ぎた。
他のやり方もあったのだ。
テニスンが危機を脱するかもしれないが、ハンマーでの攻撃という慎重策を選び、虎次郎が見た事もないフォームで攻撃してくるかもしれないが、腕が直るのを待たずに大胆に仕掛ける。そうする手もあった。
どちらにも不確定要素があり、どちらを選んでも王手止まりで、完全な詰みではなかった。
そこで彼らは楽な方を選んだ。
自分達が決めたように動ける、それが約束された方を選んだ。
望みは実現し、彼らはやりたかった事を十全に成し遂げ、
エドウィンは狙った的に当てた代わりに片腕を失い、
カーソンはテニスンを押し留める代わりに他の敵に構えなくなった。
詰め順の誤り。
失敗、
彼らは失敗した。
エドウィンはカーソンを助けられない。
テニスンを撃とうとしたら、味方二人も効果範囲に入り、威力が落ちるわ撃つ必要のある弾数は増えるわで、碌な攻撃力にならない。左腕無しで3~5発を撃つ事になってしまったら、再使用まで数十秒を強いられる事すら恐れなければならない。
魔法無しの近接武器で倒しに行く?
それか、虎次郎と亢宿から逃げて時間を稼ぐ?
そうしたら敵の全火力がカーソンに集中する。それは駄目だ。余計に勝てない。
エドウィンはここで、虎次郎と亢宿の2名を引き受けつつ、自分の力だけで勝つしかない。
「決闘、か……?」
〈そう、なるわなァ…!〉
嬉しそうに歯を剥く鉄人に向かって、
「オイオイ、なんだよ……」
カウボーイは片頬を皮肉げに吊り上げて見せる。
「いいじゃあ、ないか……!」
右手から力を抜いて垂らすようにして、彼の相棒、魔法によって生み出されたシングルアクション拳銃のすぐ横へ。
「君達、結構手強いじゃあないか…!」
さっきまで最悪の気分だった反動で、彼は一種のハイ状態になっていた。
この試合が想像を超えて、実りのある楽しい抜き合いだと分かったからだ。
〈何度でも言う…!〉
来る。
腕の筋肉に緊張が走る。
〈何度でも、言っておくぞ…!〉
だが、どこで抜くべきだ?
もう最短の撃発は不能になった。
彼はどこで、この切り札を使うべきか?
彼ほどの人間なら、それに的確な答えを出せるだろう。
いずれ、時間さえあれば、だが。
〈ワガハイをォォォ、〉
その鉄人が、膨れた。
その背は天井に届き、
腕の間に彼を閉じ込める。
それ程までの大鬼が己に対峙しているのを、
〈喰らえェェェい!!〉
エドウィンは確かにその目で見た。




