412.双竜相争う
「ホゥゥゥゥッアッタアアアアアッッ!!」
枝や幹や根を蹴り跳ねて到来したリーが炎の目隠しを破ってまろび出て、亢宿の植物アーマーを砕く!
体捌き一つとっても、両者の実力差は歴然。
なっていない。
亢宿は敵の無言の内に、そういう声をハッキリ聞いてしまう。
もっと速く、
もっと強く!
自身が結べる最高硬度の拳を当てようと力一杯に振り抜く!
リーはキックを軸に回転、薙ぎ払いを跳び越えて回避、もう一撃を入れてからそれを足掛かりに跳躍離脱!
三次元機動火の輪潜りに戻る!
「“萌竜”!」
移動先を予測して種の弾丸を撃ち返すものの捉えられない!
「払ッッッ!破ッッッ!!」
燃え盛る粘土が放たれるが虎次郎の肉体に掛かれば泥団子をぶつけられたようなもの!当たると同時に乱散して消える!
が、それはごく一部、亢宿本人に当たりそうなものだけしか対処出来ていない。
他は枝の表面に接着し、そこを舐め広がり、火勢は枝全体から幹へと足を伸ばしている。
単なる炎ではなく、燃えている物質。
それは付着して、しつこく焼き続ける。枝が尽きても、自らが燃料となり、火を絶やすことはない。一度火が消えても残り続け、別の火事をまた盛んにする。単に火を放たれる以上に、対処に困る。
辺泥と雲日根はカルカロンの鮫と遊びに行った。
ニークトとテニスンは——
「ヘイヘイ!良くねえナ!マジクッソ良くねえナ!」
〈シュゴー…ッ!男は心臓が破裂してもなお、釘を打ち続けた…!シュゴー…ッ!〉
水色の防壁がハンマーを受け、押し返す!
返す刀で一撃入れようとするも、電球色のキューブに分解される!
「邪魔だぜチクショウッ!」
〈シュー…ッ!男のレールは勝利にしか通じていなかったのだ…!シュボオー…ッ!〉
「脱線するのも人生だろうガッ!」
前方への防壁が消えたテニスンにカーソンが再度ハンマーを振り下ろそうとして、その腱のあたりにシミターが叩きつけられ体勢が若干崩れる!
狼鎧のニークトが、その剣を打撃に使える金属棒として利用し、ハンマーの軌道を逸らした!
アルバが後ろを向いて、襲って来られても分解できるように構える。
そこを狙って障壁を突き入れるテニスン。
ハンマーが持ち上がる道中で射線上に割り込んで止める。
近付いていた根もついでに叩かれ黒鉄に変色して停止。
そちらもまた一進一退。
亢宿達にアルバを着かせない、それ以上の援護は望み過ぎというものだ。
両パーティーとも、どこかに集中攻撃をしたいものの、そのターゲットが定まらない。
今の状態から火力の向く先を移動させると、どこかが抑えられなくなってその敵は自由の身になり、もっと激しい反転攻勢となって返って来る。
それが分かっているから、下手に形を崩せない。
今の所、最初に息切れしそうなのは、戦闘で一方的に負けを押し付けられ、枝も根も燃されている亢宿だ。
動くならこちらから、彼からでなければ。
敵もそれを分かっている。
だから無理をせず、逸り足を待っているのだ。
辺泥達の勝利まで耐えることも考えたが、確実ではない上に他力本願の極み。
「やらないと、だな…!」
彼が最も尊敬する人物の一人、今大会で幸運にもパーティーを組めた彼女を思い出す。
同じ試合のメンバーとして共闘する事は、結局一度も無かった。
残念とも言えるが、彼はそれで良いとも考えている。
彼と彼女はライバルだ。
少なくとも、彼の方は一方的にそう考えている。
その意識を鈍らせる雑念は、湧かなかった。
二人は今は味方だけれど、背を預け合うような事はしなかった。
だから、良い。
彼は彼女を、倒したいのだ。
戦場で会う時は、いつだって敵同士が良い!
「“萌竜”!“萌竜”!」
左手から2発撃ってどちらも外す。
魔力の激しい消費。
次は魔力回復に努めるタイミングと見て、朱火の瀑布を越えて接近するリー。
亢宿は右腕を打ち振るう。
そこに巻かれていた根は生長しており、長いリーチを持つ棒状に。
いや、木皮部分を編んで作られたしなりの強い材質。
鞭だ。
熟練者が使えば先端は音速を超えて衝撃波すら発するという、拷問具の王様。
ディーパーが振れば、斬首もある!
関係ない。
リーは躱せる。
そのような直線、見切れずして何が功夫マスターか。
枝の一本を走り渡りながら、その攻撃の下を潜る。
速度を減じさせる事すら出来ず、逆に振り抜く動きに合わせる事で威力を増したカウンターショットが「どうかな?」
振られていた根が、開いた。
網目状に蔦が張られていた。
横からリーに衝突、腕を引かれる事で絡まり、巻き付く。
骨を砕かんばかりに強く絞める。
“彼女”の完全詠唱を見て発想した、柔い剣。
敵を切り裂く事は出来ずとも、植物の持つ力で引き千切る。
見事命中。
一体キャッチ。
が、相手が悪かった。
「“落ちたら死なない”!!」
黄色の地と、サイドに幾つかの黒ライン。
体を覆った虎柄の魔法が、拘束に伴うダメージを完全にカット。
亢宿がやった事は、ただ敵を自分に引き寄せただけ!
最後の一歩を跳び、そこから相手に引っ張られている間、リーはほぼ脱力していた。地面を蹴った反作用、それを体の中の強張りで殺さず、拳の先まで100%伝える為である。
“勁”、つまり体内で発生した運動やエネルギーを、“道”に従って伝達し、外側へ強い作用として発現させる。央華拳法によく見られる概念であり、受け取った力を素直に次へ渡す「脱力」状態が、その究極の本質。
挙げた手を振り下ろして、何かを叩くとしよう。
拳を握り締め、力を籠めてやろうとすると、筋肉は内側へと無駄に押し込まれる。
だらりと力を抜いて肘を支点にするような動きで、位置エネルギーを素直に利用して手先から発するという、一種の「流れ」を開いてやる方が、遥かに有効な攻撃となる。
この応用として好きな方向に「勁」を発する、様々な型のうちの一つ。
殴打より極めて強力である蹴り足に掛かった反動を、腰、胴、肩、腕、拳と伝えていき、添えた拳を押すだけの最小の動きで、相手に大ダメージを叩き込む。
寸勁。
或いは——
「ワン・インチ・パンチ…ッ!」
亢宿自身の手で加速した打撃が硬い植物の鎧を貫き内臓にまで浸透!
胸を守る萌黄色が凹み、その主は血反吐をぶち撒ける!
至近戦闘において、脱力と言うのは難しい。
どうしても相手からの攻撃に対応する為、或いは当てられた事で筋肉が反応する為、力を入れたり抜いたりといった、不本意不随意な収縮を強いられるからだ。
が、リーの魔法は、一定水準以下のダメージを足切りし、影響を排除するもの。
脱力し勁を伝えるという行為を、誰よりもスムーズに行えるのだ。
誰にも負けない。
誰であろうと殴り飛ばせる、魔法ではなく武具で、出来るなら己の肉体で、拳で。
そういう物に憧れたのが、彼の原点。
魔力無しの、肉体一つのプリミティブな血闘なら、誰にも負けない自信がある!
まだ脱落には至らないが、けれども虎次郎の加勢は間に合わない。
次で決める。
リーは更に一歩、足で地を打って、
「“萌、竜”…!つかまーえ、た、ぞ……!」
背後の枝から今生えた根が、巻き付く。
さっき亢宿が撃った種、それは当てる為ではなく、蔦で一瞬動けなくなったリーを、死角から完全に捕える為。
だが問題無い。
ヌンチャクがあれば、
手首から先さえ自由であれば、痛烈な連続打撃を、
いや、
眼窩が痒い。
リーの目に、違和感。
亢宿が取っている、左肘から先を少し上げた、半身の構え。
あれは、
あれではまるで——
その亢宿の胸中には、つい先日の声が去来する。
——「力を抜け」って言われるんだけどさあ、
——亢宿君のとこも、格闘技みっちりやってるんでしょ?
——どうすれば良いか分かる?
——ケイ?ナニソレ?
——あー、亢宿君にも分からない感じだ……
「わかった…!そう、やるんだ、な……!」
後ろに引いていた右脚を蹴ると同時、下から根を生やして突き上げる。
脱力。
力を殺さず脚から腰、胴、肩、腕、左拳へと。
「寸、勁……」
魔法効果による補助輪もつけた、似非だが90点以上の完成度を誇る一撃。
それがリーに触れる瞬間、アスファルトの耐久力に勝る植物の膨張を発生させ、更に拳が奥へとめり込む。
「グァッ………!」
驚愕。
さっきまで、その男にはその心得が無かった。
竹を割ったように真っ直ぐ、故に力を籠める事しか知らない単純な“暴”。
そんな彼に、やり方を即座に喝破され、その場で模倣、どころか発展形を披露された。
事実が心に叩き入れた衝撃のせいで、それが“落ちたら死なない”の能力の適応外のダメージであり、力を受け流さなければいけないという所まで、頭が回り切らなかった。
「格闘技、は、一通り…ゴホッ…!習わされる、方針だったけど……!」
言葉を取り戻しながら、亢宿は自身の所属教室を誇らしげに語る。
だが彼はそれを学んだ時、「使える」域に至らなかった。
大会期間中の訓練でも、努力家な少年から相談を受けながらも、共に首を捻るしかなかった。
力を抜いて、力を強めるとは、何なのか?
「勁道を物に出来たのは、君のお蔭だ」
リーを巻き掴んだ根が、その先端を心臓に押し入らせ、止めをきっちり刺す。
その首輪が赤く点滅したのを認め、離してやった。
「礼を言うよ。僕はもう暫く、彼女のライバルを気取れるみたいだ」
端末に通知が入る。
雲日根睦九埜が脱落。




