398.やらせねーよ!
馬の命は、脚だと言う。
彼らの最も誇るべき、生存競争のメインウェポンとは、その健脚。
蹄で蹴り殺す事から追うも逃げるも、四つの脚なくして馬は語れない。
休憩を挟みつつ1日に数十km移動という驚異的なスタミナがそれに重ねられ、彼らに機動性という優位性を獲得させた。
人という数十kg、装備によっては100kgにも届く荷物を載せながら、あまり揺らさずに移動したり走ったり、当たり前に想像できる光景が、どれだけ凄まじい事か。
彼らの脚が、それを可能とする。その強靭さ、しなやかさに魅せられ、機能美以上の感情を抱くのも、無理からぬ話だ。
丹本の武士であれ、中世陽州の騎士であれ、馬は必需品であり、相棒だ。
重装備でのそのそ歩く、防御の代償に足を捨てた筈だった彼らが、法廷速度ギリギリの原付で走り回る。悪夢である。
大量の騎兵を揃えた事によって、ディーパーの隊列に非ディーパーの軍団が勝利した、そう記録されている文献さえ存在する。
実際、鎧を着込んで馬に追い着ける程の身体強化の持ち主は、並外れた人材であった為、早々お目に掛かれるものではない。
そうこうしていると、ディーパーは自らの肉体を強化するように、馬を強化するようになった。
騎士の付き人が、物語の馬へと姿を変ずるようになった。
騎馬は戦場で支配的地位を占め、銃砲が進化し塹壕戦が戦車や戦闘機を生んだ後も、度々運用される兵科として生き続けている。
4本。
たった四つの優れた部位。
それが人の戦争の歴史を運び、野を駈けていた。
ヴィジアンテ・ル・バヤルドゥーが使用する継承魔法も、騎士の英雄譚に登場する“相棒”を元にしたものである。
彼の家は貴族であると同時に、高位貴族の侍従という役目も持つ。
誇張され尽くした伝承上の軍馬は、その鼻先で山にトンネルを通し、足を踏み切れば山頂を跳び越えた。
それは魔法で再現される。
赤毛の馬の姿を取った彼が走る時、足の下と進行方向にある物は砕かれる。
特定部位に纏ったエネルギーが接触物にまず衝撃を与え、幾種類かの振動を起こし、罅などの形で割れた口から内部に浸透し、そこで爆発して破壊。これを馬の頭そのものがぶつかるまでの1秒以内で行うのだ。
更に、空気抵抗を受け、吹き飛ばす層が本体の前にある、その効果も馬鹿にならない。
レースで先頭を追尾する車は、前の車と比べて受ける空気抵抗が少なくなり、楽に速度を増す事が可能。所謂“スリップストリーム”だ。
彼の走行は常時その状態であり、一歩目から大幅な加速度を記録する。
その魔法は、瞬発的な鋭い跳躍を可能とし、着地の衝撃を吸収する脚と併用し、向かう所壁無しのカーブ知らず走行を実現。
人間が通行止めをした所で、良くて骨折、悪ければ五体散乱。
通勤電車に轢かれる以上に悍ましい散り様が待っている。
肉体強化があろうと、エネルギーシールドで守られていようと、直撃即脱落は免れない。
事程左様に、不可止。
魔法能力も合わせてとは言え、これを技量によって止め、騎士も加わった2対1でも、有効打を避け捌いていたトロワは、腕が立つという次元ではない。
だがそこまで。
落とされない。精々「そこまで」が彼女の至り得る末。
剣の技量では、彼女はブリュネルに勝てない。
もっと悪いのが、彼女が相棒に選んだ訅和では、馬形態のバヤルドゥーを見切れない、止められない。
その2対2マッチアップであれば、天秤はフランカ組に振り切れる。シーソー挙動どころか、片側の重みでピクリとも動かない。
訅和が落ち、トロワの孤軍となり、敗北。
ナビゲートするまでもなく道なり。
「はいそこっ!」
〈ぐぬっ!小癪ぅっ!〉
それでは、どうして長引いているのか?
何故二本で立った彼は彼女のローキックを許し、得意の駛さで追撃せず、彼女が距離を取るのに脚をこまねいているのか?
答えは、用意された四角いリング。
訅和交里の完全詠唱、“我が家へようこそ”!
救世教系の強固な防壁で、六面を塞ぐ城塞魔法。
バヤルドゥーが持つ物語において、主人公の騎士は救世教の尖兵だった。故にそれを破壊しようとすると、威力が減衰する、というのもある。
が、それでも全力でやれば、壁を破損させる事は全然可能だ。魔力の供給を置いて行くまで、破壊の限りを尽くしてやり、魔法を破綻させる事も断然可能だ。
ではやればいい。
そう、これが普通の魔法なら、そうする。
が、この壁が、この“家”が、救世教の中でも、異端宥和派の流れを汲む物である。問題はそれだ。本題はそこにある。
この魔法は、この中に居る4人全てから徴収されている。
この魔法が魔力供給不足で消える時、それは4人の総魔力が底を突いた時。
その時、外に敵メンバーが待ち伏せているとどうなるか?
Kであるブリュネルが一切の魔力を使えない状態で、敵前に投げ出されてしまうのだ。
魔法解除まで行かずとも、壁に一瞬だけそれなりの穴を開けて、ブリュネルだけ出す手もあるが、それには短期間で大量の魔力が必要。対救世教の威力減衰のせいで必要エネルギーがより増えている事もあって、結局魔力切れの可能性に脅かされるのは変わらない。
ここぞと魔力を使ったのに合わせ、トロワに完全詠唱をされて、彼女以外の防壁維持魔力負担が最悪のタイミングで上乗せされ、予想外の請求で破産する恐れも考慮しなければならない。
しかも、だ。調節が上手くいって穴を開けるだけ開け、だけれども脱出に失敗したら、主であるブリュネルとその負け分、壁の補修費を強制折半。
トロワがそれなり以上の使い手だと判明した今、ブリュネルは威光に土を付けられぬよう、一刻の緩みも許されない。そこから膨大な魔力が持っていかれると、どのような事故が起こるか。
忠臣であるが故に独断でそれだけのリスクを背負えず、且つ不用意に声を掛け注意を散らしてしまう事も出来ない。
こうなると、バヤルドゥーはどう立ち回るのか?
何とか一撃の下に訅和を脱落させる強さ、壁を必要以上に傷つけない優しさ、両方を兼ね備えた攻撃のみを振るしかなくなる。
上体を起こして足掻くように回された脚で叩くか、その姿勢から鼻を槌として振り下ろすか、突き刺すように後ろ蹴りにして粉砕してやるか、そのどれか。
大の得意としている跳躍力を利用した破壊的突進、自慢としている間隙さえあればその身を移す足運び。どちらも活かし切れない。主を人質に収監されたも同然!
そして、訅和交里。
その少女もまた、トロワとは別の側面で厄介。
強さで言えば互角以下。
だが躊躇の無さには、驚くべきものがある。
バヤルドゥーが前脚を繰り出すと、自らの腕で受けて吹き飛ぶ。
急所への直撃、振動の伝播を抑止しつつ、同じダメージを彼に返す。彼が四足歩行に戻った際には、前脚が上手く着地出来ずにガタつく。その隙を見逃さず高度な肉体強化で以て前脚に追加攻撃。執拗なローキックや脚を絡めての関節技を何度も繰り返す。
彼は4本全てが「脚」なのに対し、彼女は2本が「腕」。この差が良くない。
彼女は腕が幾ら壊れようと、素早く動く事なら出来る。
が、彼が前脚を破壊されると、歩行バランスを崩さざるを得ない。
通常なら伝家の宝刀とすら言える四つ脚、それがこの場では、「足を引っ張る」枷となる。
彼女は腕での攻撃を捨て、絶え間なく敵の前脚を砕き続け、まともに立たせようとしない。馬体の後半を使って無理矢理立った所で、再生途中の前脚以外に攻撃手段は無く、それはハイキックや跳び蹴りで再度へし折られる。
鼻先で彼女を打ち砕こうとしても、単体では単調に過ぎるモーションでの攻撃、あっさり見切られ避けられて、上手く立てない前のめり姿勢に戻ってしまう。
彼女はそこまで強くない。
だから彼には勝てない。
けれど決して負けない。
どれだけ己の腕が破壊と再生を繰り返しても、一切の嫌気も怯みも見せず再度ぶち壊す。
〈狂っている…!頭がおかしいですよ、あなた…!〉
狂奔だ。
狂騒だ。
二つの丸が並ぶバイザー越しに、光無き瞳が透かし見えるかに思われた。
〈あなたみたいな、気迫だけの弱者が…!こんな所に、居ちゃいけないのに……!〉
変身を解くか?
いや、この女が人体破壊に関してスペシャリストなのは、以前の試合から分かっている。馬体だからこの被害で収まっているだけで、これを解けば敵の得意領域になってしまう。
外の戦闘はまだ終わらないのか?
速くKを始末して、この茶番を終わらせなければ、
万が一が、
億が一が、有り得てしまう…!
壁や人が直された事による魔力切れで、全員が無力化されて戦場に返される、その万が一が…!
「それでは興醒めだ」
主が、ブルーノ・ル・ブリュネルが、冷えつく声音で言った。
「ヴィジー、ここなら“目”もあるまい。極東の離れ小島相手というのが、少々癪ではあるが——」
——型を変えるぞ
宣明と同時、主の構えが微妙に変わった。
盾の表面をトロワと対面させるものから、剣を頭上に、左手の小指側を前に向けるものへと。
〈ウィ!〉
それを見たバヤルドゥーは跳んだ。
〈我が主!〉
「!?」
純粋魔力を利用して、床を破砕するのにも構わず、ワンテンポ遅れた訅和の前から、主の許へ一っ跳び。
決定権は、彼の手に無い。
それがあるのはブリュネルで、その男が決めたのだ。
決勝で当たる予定の国に、手の内を晒す危険を承知で、
眼前の敵を、「殺す気で行く」、と。




