397.異色のタッグマッチ!
「剣技で当方に勝る、と?」
ああ、彼女は、彼の思いが手に取るように分かる。
きっと、似た者同士だから。
「ええ、フェアに行きましょう?2対2、全員完全詠唱、それぞれ剣に覚えのあるのが一人と、その従者が一人。そういうのお好きでしょう?騎士様?」
「増上慢もここまで来たか。本物に触れずにぬくぬくと伸びているだけで、人がここまで誤れるとはな」
皮肉げな口調の決闘申し込みを受け、騎士はひらりと身を翻し、二本の足で地に立った。
左手の盾を前に、右手の剣を低く構える。
「ヴィジー、そちらのお嬢さんの相手をしていろ。当方はこの、フェンサーの真似事に勤しむ身の程知らずに、剣とは何たるかを教示する」
〈仰せの儘に、我が君〉
主が命じ、馬が答える。
ヴィジー、ヴィジアンテ・ル・バヤルドゥー。ブリュネルの側近の一人で、トロワを襲撃した鼻持ちならないリーダー格。奇しくも彼が事前に要求した通り、訅和と直接雌雄を決する展開となった。
そちらはいい。
彼女なら負けはしない。
トロワはそう判断して、正面の騎士に向き直る。
二人はじりじりと円を描き、それぞれの攻撃が飛ぶであろう間合いを測り合う。
剣と盾、それで1セットの魔法。
盾は万軍を押して尚硬く、剣は鋭く岩をも割り砕く。
ベースにあるのはそれだけ。
ブリュネル家はそこに、それぞれの物が思う「強い剣と盾」のイメージを乗せ、何種類かの継承魔法の形を生み出してきた。
ブルーノ・ル・ブリュネルが振るうのは、カウンター型。
盾で吸収した攻撃は、全て自分の剣に乗る。
それを振る時に、エネルギーをどのように発散するか、それは使い手の操作次第。
単に剣が伸びたのと同じ状態も作れる。剣を爆発させる事も出来る。剣撃の熱と空気を押し退ける力を一方向に集中的に発散させ、疑似的に剣閃を飛ばす事も可能。
この型の使い手は、小振りな盾を使用する。
大盾で無作為に受けて、剣を誇る。
それは騎士として恥ずべき行為なのだ。
試合の最初に彼がやっていたのは、味方に盾を攻撃させて、溜めた力を一撃に籠めて放ち、魔力で狭い軌道に押し込める事で、遠距離攻撃に変化させたもの。
その性質から、剣技に秀でるのは勿論の事、盾での防御こそが真髄と言われている。
こちらから手を出せば痛い目を見るだろう。
睨み合い、今はそれが、トロワにとってベストな選択。
どうせ互いに脱落させられないのだから、膠着の方が望ましい。
と、そう考えているのを、ブリュネルは理解しているのだろう。
彼の方から、盾を前に一歩出た。
半歩戻り、
また一歩。
半歩。
一歩。
半歩。
一歩。
間合い。けれどトロワはまだ攻めない。
手先に当たる程度では駄目だ。
もっと深く。
胴まで届かせる。
半歩。
一歩。
半歩。
一歩。
ここで両者前に!
右胸を狙って過ぎる剣先の横を盾が通る!
トロワの手元を殴りつける事で刺突を制止!
二つがぶつかった衝撃が盾を経由して剣に供給される!
盾がそのままトロワの右手を掬い上げるようにして腹を開かせ右手の剣が突き出されながらその長さを伸ばす!
トロワが左肘と膝で剣をキャッチ、その切っ先をコントロールして最も骨や内臓から遠いところを刺させる!
起爆!ゴルフボール大の肉が抉られるが、それはブリュネルにもフィードバックされる!
トロワは身を捻って相手の剣を下に引き倒しながら上方からの突き下ろし!
盾が翳されるのを魔法の杖を振るように剣先をくるりと回して内から抉り刺す!先に内へ掘るような軌道で盾が等速のまま割り込んで来る!初めからここまで読んでの腕運び!
これにより右手剣が再度伸長!の直前にトロワの左手がブリュネルの護拳を横叩いて肉を切らせながら横逸らす!腹にケンカキックを入れるも右脚が上がってガード!再度の右刺し!が滑り入ってくる盾によって防がれるのが旗幟鮮明であったので斜め右後ろにステップ!距離を取る事で到着を遅らせ突きの角度を変えた攻撃にスライドステップで身を引いて対応される!
接していた前線を剥がし、傷は共に修復され、互いに気魄によるフェイントの打ち合いまで巻き戻る。
彼女の剣は、盾にしか触れていない。そして盾に刻まれた竜胆色は、青紫に呑み込まれ、彼の剣の足しにされる。
呪いすら吸い防ぐ究極の盾。
その守りを徹すには、剣技で上回るか或いは、或いは何だ?
それ以外にあるのか?
「………貴公」
ブリュネルが、重厚な肉体を小さな盾の後ろに押し込めるようにして、身を縮めて力を溜める。
「今一度、名を聞かせよ」
「古めかしい言葉廻しだと思っていたけれど、呆けるような年齢だとまでは思ってなかったわね。ジュリー・ド・トロワよ。二度は無い所を大サービス」
「トロワ。ジュリー・ド・トロワ。覚えたぞ。貴公のような使い手が、我が祖国で一角となるを棄て、このような辺境で鶏口に甘んじるなど、志の低さに歯噛みすること極まりない」
あと少しでも覚悟があれば、或いはどこかの貴族家のお抱えにでも——
「折角の誘いだけれど、私にその気は無いわ」
勝手に相手からの勧誘という形にして、勝手に破断にしてしまう。
この場で交わされる意味ですら、彼女が決めてしまえるのだと、態度でそう言い張っている。
「と言うより、もう、その気は無くなったわ」
「挫折、か。惜しいな。貴公に執念が」
「違うわよ」
挫折?
とんでもない。
逆だ。
自分が何を欲しがっているのか、彼女にはそれが分からなかった。
ここに来て、彼ら彼女らに出会って、それを見つけられたのだ。
「ずっと最初から、ブレずに同じだった。きっと、何も変わってなかったのよ」
騎士道物語を読んだ時、
初めて真剣で空を切りつけた時、
現代でさえ剣を振り、権威を振り、厚顔に生きる彼らを見た時、
平等という理念も社会的な常識も俗人の狭いモラルも、何一つ歯牙に掛けない、勝手そのものな武人達とぶつかり、その絶対的暴力性に直面した時、
彼女は顔を顰めるよりも、眉を顰めるよりも、歯を噛み口を歪めるよりも、
まず、物欲しげな目をしていた。
羨ましかったのだ。
「そう、私、羨ましかったのよ」
貴族家の男が、妬ましかった。
女に生まれてしまった彼女には、初手からもうどうしようもない話。
だからと言って、別に男になりたいわけでもない。ただ彼らのような立場が欲しかった。
人に囲まれ、好かれ、頼られ、憧れられて、彼らの中で一番強い者として、横柄に振舞いながら彼らを守る。
その自由は、不遜は、
剣の強さと、責の重さ、それらの裏返し。
なんてロマン的。
騎士道斯くあるべし。
男がどうの女がどうのと、そういう話じゃなかった。あの国でそうなるには男でなくてはならなくて、そこに家の没落の話も重なったから、思い通りになれない絶望を、性差問題で塗り固めて誤魔化した。
孤高を目指しているなんて嘘だ。自分の魅力で集め、絆で結ばれた仲間達と、背中を預け合い戦いたいと、夢想に耽っていたのだから。
ただ剣が好きだというのも、形から入る意識があったからだ。本命は剣を持ったカッコいい自分であり、剣の方から彼女に微笑まなかったのも当たり前。
もし生まれたのが丹本で、テレビで5色の変身ヒーローチームや、魔法少女にでも触れていれば、割とあっさり成りたい自分を、早くに自覚出来ただろう。
ただフランカの貴族社会と、彼女という人間の噛み合わせが、絶妙に上手くいっていなかっただけだ。
「そう、羨ましかった。だから、これでいいの。一番良いの」
彼女は、今の自分が結構大好きだ。
クセの強い面々の顔を思い出し、彼らは何かと自問する度に、そう強く気付けるようになった。
「私はもっと、自由で良いって、分かったのよ」
「ならば、貴公を含む全フランカ国民の支柱として、誰もが夢見る究極の自由を生きる者として、」
彼は上位者として、強者として、下々の心に阿ってはならない。
人には出来ない事を為す、超然とした装置であらねばならない。
「我が“彼で止め此で割る”の、錆にしてくれよう」
敵対者には引導を渡す。
一片たりとも、戦おうとする心さえ、許してはならない。
どんな無茶にも、無理筋にも、勝利する。
人は彼らが居るから眠る事が出来て、だから彼らの存在を許す。
彼らが人に出来ない贅沢を謳歌するから、だから人は彼らの扱いにも罪悪を感じない。
国を安んじる為に組み込まれた、例外的な概念。
それが彼らの存在意義であり、だから彼らは民でなく、人でなく、
「貴き種」、
「貴族」なのだ。
ブリュネルが盾で剣の刃を研ぎ削る。
これから異国の戦人達は、
本物の貴族に見えるのだ。




