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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十五章:見てよこの層の厚さ!アツアツだぞ!

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393.ディスコミュニケーション

「よう!ようようよう!ヨーヨーヨーヨーヨー!よく来たなあ!よく帰ってきたなあ!待ってたぜえ!愛しい愛しい我が子よお!」


 カエルが部屋に入ると同時、ボスは自ら立ち上がり、デスクを迂回しながら歓迎を示した。

 ハグをしてから同行していた男に顔を向け、


「お前もよくやった!俺はお前の、そういう使える所が好きなんだ!」

「あ、ああ!ボス!だよな!」

「ああそうだ!お前も自慢の息子だ!」


 言いながら彼も抱き締めようとし、

 その肩からだらりと身を下げている女を意識に入れる。


「おい、なんだそいつは?」

「え、あ、ああ。大した話じゃないんだ、ボス。いやほんと、ちょっとしたお土産っつーか、店で買う感じじゃなくて、川で石拾ってきたイメージで……」

「おい」


 ボスの声が、静かに低くなる。


「俺は、お前の親は、聞いてるんだぜ?『そいつは、なんだ』?」

「ろ、ローマンだボス。俺達の会話を聞かれたかもしれないし、一応攫って来た。後で連中の便器に使えるし——」


 パキッ、と、

 気持ちの良い音がした。


「はれ?」


 男の鼻が、顔の右側に数cmズレていた。


「あ、あがああああ!?」


 すぐに穴からボトボトと滴る赤を、両掌で何とか受け止め、床が汚れるのを防ぐ。

 反社会的勢力の中ですら出世できない小心者であったが、保身に掛けては侮りがたい反射神経を発揮するようだった。


「おい、誰の部屋に、悪臭プンプンの、不衛生なゴミを持ち込んでんだ?」

「ぼ、ボス…!ボス…!ごめん…!ボス…!」

「『ごめん』で終わるなら!ルデトロワに自警団《俺達》なんて要らねえんだよ!ダボカスがっ!」


 ボスが蹴り出し、男はドアごと廊下の壁に打ちつけられる。

 女を離さぬよう抱き、室内に落とす事だけは防ぎ、「す、すぐ持ってく!すぐこいつ、他のヤツと同じ所に放り込んでくるよ!」と鼻を押さえながら逃げるように駆け出した。


 おかしい。


 だんだんと静まる呼吸音と共に、部屋の奥に戻って行くボスを見ながら、カエルは得体の知れない恐れを抱いた。

 

 ボスが厳しいのはいつもの事だが、キレやす過ぎる。

 今日のボスは、どこか短気、いや、何故か常に気を逆立てている。


「カエルぅ……、お前……」

「ぼ、ボス……?」


 振り返りながら、椅子に腰かける“父親”。

 その目を覆う黒ガラスに、怯えた青年の顔が映る。


「お前……、レイクサイドをよ……」

「そ、そ、そうなんだボス!レイク、レイクサイドが…!」

「やっちまった、って……?」

「そ、そ、そうなんだ、『やっちまった』…!お、俺は…!」


 仕事を果たせなかった。

 何が起こったかも分からないまま、ビビって逃げた。

 この前のバーの時に引き続き、またしても同じ事をやってしまった。


「そうかぁ……、そうだよなぁ……」


 続きを聞かずに頷くボスは、何が楽しいのかニタニタと笑みを抑えられないようだった。


「ボ、ス……?」


 てっきり怒られると思って、だから仲を取り持ってくれるよう兄貴分に頼んでいたカエルは、その頼みの綱が即行で消えた上に、話が分からない方へ転がって行く事態を前にして、ただうろたえるばかりだった。


「ああ、カエル……、俺の、お前は俺の子だ。子供ってのは、親に従うもんだ、そうだろ……?」

「あ、ああ、うん、ボス、そ、そ、そうなんだ、そうなんだけど、ゴメン、俺、あの時、その、わ、わわわけがわわわからなくて」

「おいおい謝んな。謝んなよカエル。オタマジャクシはもう卒業だろ?シャンとしてろよ立派なカエル」

「ぼ、ボス…?」

「良いんだよ。命令と少し違ったんだが、んなこと全然どうでもいい。俺がお願いした事が、きっちり完了されていて、そこにチップも付いてきた。働き者な息子を持って、俺もいやはや鼻が高い。良い気分だぜぇ…?マジに、良い気分だともさぁ……」

「う、うん、うんうん……」


 どうやら彼は、レイクサイドが壊滅した、その事実が届けられたことで、満足しているようだ。

 頭を取れれば良しだったのに、どこかの誰かが特典満載でサービスしてくれた。

 だから、彼が下した命令は、180%満たされたという扱いなのだ。

 怒って落ち着きが無いように見えるのも、思った以上に順調に行きそうになっているので、ちょっとウキウキしているだけだ。


 そうだ、そうに違いない。

 ボスは、優しい。

 それが幸運から来るものであっても、カエルの仕事の成功を喜んでくれている。


「よし、早速だがよ、カエル。“男”になったお前に、大人の仕事をさせてやる」

「おとな…っ!し、仕事っ…!」


 ゴミ箱から生まれた廃棄物が、誰かに物を頼まれる立場に。

 この部屋には狙撃対策として窓も付いていないが、彼は明光が差したような温かい感慨を得た。


 カミサマとやらがいなくても、許しても許さなくても、彼は人間に、確かに存在する誰かに許された。

 弱い奴を慰めて、無害に飼育する為のお題目なんか、嘘なんか彼には要らない。

 

 教科書も、国も、カミサマも、彼を愚かで無価値だと見捨てる。

 だけどそれは、本当の話じゃなかった。

 これまで彼が信じた事が正しくて、勉強だとか信仰だとかは、ボスが言ったように悪の企みだ。

 本当に優れた人間が、まっとうに彼らより偉くなるのを恐れ、不当に平らに並べるか、足の下に敷く詐欺師のやり口だ。


 だって、カエルは認められたのだ。

 どこか遠くを探したり、小さな文字をつらつら追ったり、無いものについて考えたりしなくとも、地上に彼の望むものはあって、それが今こうやって姿を現した。


 彼は勝った。

 人生に。

 運命に。

 彼は幸せになれる。

 天国なんて目指さなくても。


「ぼ、ボ、ボス……!俺、何すれば……!」

「いいことづくめな話だ。命令はもっと簡単になって、貰える金はずっと積み上が——」


 ボスはまた立ち上がろうとして、と、っと、何かに足を躓かせ、下を、デスクの向こう側に転がる何かを見る。そして短く舌打ちし、

 どたん、思いっきり、親の仇のように強く蹴り転がした。

 

 死角から外れ、その姿がカエルの目に入る。


 女だ。

 目隠し猿轡手足拘束、衣服は破られ薬物酩酊状態の、白い肌の女。


「………」

「はー……。…ンでこう、俺は周りの人間に恵まれねえんだろうな?俺はこんなに、人の為に尽くして、考えて、頑張ってるってのによぉ……」


 彼女は、

 《《それ》》は、動かない。

 指先一つ、震わさない。


「足を引っ掛けてくる、恩知らずばっかだ。どいつもこいつも、物を知らねえ。食ってクソして寝て、それが出来るのは誰のお蔭か、まるで分かってねえ」


 「なあカエル?」、

 ボスは“使用済み”の物体を見下ろしていた視線を、そのまま“我が子”に向ける。


「俺が本気で、世の為人の為を思って、やってやってんのによぉ……。親不孝な奴らは、それが自分に関係無い仕事だと思って、手を抜きやがるんだ……。なあ、どう思う?おかしいよな?あいつらの為にやってんのによぉー……?本当はあいつらが、自分でやんなきゃいけない事だってのによぉー……?なあ?おかしいよなぁー……?」


 「こいつらもそうさ」、

 無造作に頭を踏みつける。

 ポキリと、首の中ほどから簡単に折れる。


「こいつ、汚い物を見る目を、俺達に向けたんだと……。この街を、人間を守る俺達に……」


 「その報告が本当か、さっき確かめてみた」、

 散らばった空の注射器。

 それを見た途端、語りの冷淡さに肺を焼かれるのではないかと、腸をシェイクするような強迫に苛まれる。


「確認は大事だ。無実の罪で裁かれるなんて、あっちゃならねえ。それは、俺達が最もやられて嫌だった事だ。だろ?だから、しっかりチェックしたんだ。俺達を人間としてみてるかどうか、本音の底の部分まで調べた」


 “有罪ギルティ”だったと、そう断定する。

 手ずから行われた“取り調べ”中、女は彼を人喰いの野獣のように扱い、恐怖と嫌悪だけを向けた。

 審理と検証は済んだ。

 だから、相応の罰が下された。


「ンとに、そんな話、ばっかだ……。そればっかりだ……」


 「自分の命を守ってる奴を、ケダモノだバケモノだ犯罪者だ、よく言えたもんだ……」、

 恩知らずの無知を、嘆くばかりだと首を振る。


「おかしいよなぁ?何かを受ければ、何かを返すのが、人間のルールだよなあ?恩があるなら、返礼品を、何も持たずとも敬意を、感謝を、くれなきゃだよなぁ……?俺達を偉くするか、偉い奴が俺達にペコペコするか、しないとだよなぁ……?」


 ミシミシと、更に体重を掛け、恐らく魔力による身体強化まで使って、女の頭が潰されていく。


 ぶちぶち

 どろどろ


「なあ、施しやら、誠実さやら、それを与えたのに、返さねえって事は、取り立てても良いって同意だ。だろ?だって、自分の意思で、未払いにしたんだからよ。借りた物は、きっちり返す。約束は守る。思いやりに思いやりで返さないなら、他で支払う事にしたって意味だ。おかしな話してるか?そんなに難しいルールか?法律を守らない奴に、力で守らせる。警察や軍隊の連中がやってる事を、俺達もやって何が悪い?」


 カエルは女を見ていた。

 白い肌。

 永遠の暗闇の中。

 赤黒く歪んでいくその顔が、ふと、あの修道女の形と重なったように見えた。

 思い込みだ。

 共通点があったから、思い出しただけだ。

 異人だから見分けがつきにくいだけで、たぶん似ているわけでもない。


「なあ、カエル?」


 ボスに呼ばれ、視線を上げる。


「お前は、違うよな?お前は俺に——」


——返してくれるよな?


「信じてるんだぞ……?お前が、そんな酷い奴なんかじゃないって……」


 彼には、カミサマは要らない。

 彼には、ボスが居る。

 そうだ。その筈だ。

 「許す」、その言葉がグルグル脳を回るのは、

 きっと病気だ。寒いから、熱が出ただけなんだ。


 ノック、ノック、

 あの音が聞こえたような気がして、後ろを振り向く。

 片側が外れた二枚扉。誰も立っていない。来訪者などいない。

 これもまた、思い出しただけだ。

 あのローマン女から、連想したのだ。

 そこには誰も居ない。

 何もなかった。

 彼はあの時、何も感じなかった。

 何一つ、疑ってなんか、迷ってなんか——


「カエル」


 呼ばれて再度、顔を前に向けて、二つの暗い穴を覗く。


「なあ、カエル……?」

「ぼ、ボス……?」

「お前の父親は、誰だ……?」

「ボス、ボスだよ。とと、当然、だろ……?」

「お前を拾って、守り、ここまで育てのは、誰だ……?」

「ボスだよ、ボス……。ボス以外に、そ、そん、そんな人、い、いなかったよ……」


「俺の頼みを、聞いてくれるよな?」


 頭が言葉を決める前に、体は行動に移していた。

 彼は頷いて、受けた。

 断らないと、誓った。


 どろどろ

 もこもこ

 びゅうびゅう

 

 床にあの、白くて盲目な女が、転がっている。


 そんな光景が一瞬視野の隅に入ったが、


 何も見なかった事にした。


「殺して欲しいんだよ、出来るだけ多く」

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