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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十五章:見てよこの層の厚さ!アツアツだぞ!

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391.また戻ってしまう、底無し沼の淵へと

 ルデトロワから東に行った、隣町。

 ローマン共の集合住宅、という名のボロアパートやお手製ハウスが並ぶこの地は、えた臭いが立ち込めているように思えた。


 何でこんな所なんかに。

 そう不平を垂れるも、他に選択肢は無い。

 やらなければ、彼はこの街で生きられないどころか、残りの寿命を止まらぬ疼痛と共に過ごす事になる。

 或いは、その「残り」が一括で、ツケの返済に持っていかれるか。

 

 苛立ち紛れにダンボールハウスの一つを蹴り倒し、男は先を急ぐ。こんな腐り物が溜まったシンクのネットフィルターみたいな場所から、一刻も早く出て行きたかった。


 彼の気がささくれ立っているのは、この町が放つ悪臭や、背中を見詰める彼の故郷の圧、だけではなかった。

 これから会いに行く待ち合わせ相手、その青年への恐怖。


 彼はその青年をよく知っている。

 最も苛烈に「可愛がって」いた人間。

 サンドバッグであり、そんな仕打ちを受けているのに、「目を掛けてやっている」という言葉を真に受けている、それを受ける以外に生きていく意味が持てない無能。

 

 絶対に逆らわないし、逆らおうとしても秒でぶち転がしてやれる雑魚。ローマンより噛み応えがあるだけのロクデナシ。

 恐れる事はない。

 昨日までの彼なら、そう言い切っていた。

 一つの疑いもなく、自信を持って宣言出来た。


 「わたくしはあのゴミカスを、何の理由もなくぶん殴って、自分一人で掃除出来ます!」と。


 今は、違う。


 奴は、化け物になった。

 レイクサイドの頭どころか、胸から上を纏めてミンチにした。

 それだけの力を手に入れた人間が、日頃から暴行を加えてくる他者を見たら、どうするか?

 

 街には街の掟がある。

 だから強くても、誰でも彼でもぶちのめす事が許されている、なんて事はない。

 やり過ぎれば家族や組織から追い出され、一丸となったルデトロワに潰される。


 が、レイクサイドの上位幹部達を殺し、死ぬどころか捕まりもせず逃げる、そんな奴に暴力の脅しがどこまで通用するのか?

 特にあの青年の知能で、パワーバランス云々を考慮できるのか?

 刹那的な衝動に身を任せ、殴り殺しに来るのではないか?

 

 彼の悪い想像は絶えない。

 だったら行かなければいい、というわけにもいかない。


 奴が電話で連絡を取ったのが、彼だったからだ。


 ここで待ち合わせを無視して、それを別の誰かに話されたら、やるべき事を怠けた裏切り者として、ボスからケジメをつけさせられる。


 どっちに行っても、痛そうな死に方しかなかった。

 だから、一縷の望みに賭けることにした。

 

 奴が、

 “カエル”が、想像以上に馬鹿だったら、

 なんだかんだでお咎めナシでいられるのではないか。


「あ、アニキ……!」


 狭い路地からの声に、彼は足を、体中を硬直させる。

 ゆっくりと左に顔を向けると、何も変わらない、オドオドと身を屈めてしょぼくれた顔があった。


「よ、よう……!」


 声が上擦るが、カエルはそれを気にしなかったようで、「良かった。お、俺、かか、帰りたいんだ…!」そう縋りついて来た。


「俺、お、おれ、家族と、家族のトコまで、帰りたい、んだけど……」


 「い、良いのかな……?」、

 あんな事件に巻き込まれて、警察にも目を付けられてそうな状況で、迷惑にならないか?

 カエルはそれを聞いた。


「い、いいさ!全然オーライ!バンバンオーケー!」


 あんな事件を起こして、追われる身で帰っていいのか?

 そういう問いだと考えた男は、カエルが心理的に敵対していないと見るや、大喜びで頼れる兄貴(ヅラ)をし始めた。


「ボスが呼んでるんだ!」

「ぼ、ぼ、ボスが…?ほ、ほんとう……?」

「何で俺がそんな嘘つくんだよ!本当だ!また一緒に、“家族として”!楽しくやろうぜ!」


 特に「家族」を、心を許せる身内である事を強調しながら、彼は媚びた。どう聞いても上から目線の見下し対応だったが、彼なりに精一杯カエルの機嫌を取っていた。


 カエルはそれを聞いて、瞳に乱反射を宿して喜んだ。

 自分には家があるのだと、居場所は失われていないのだと、それを確かめる事が出来た。


 孤独なんかじゃない。捨てられてなんかいない。

 まだ誤魔化せる。

 まだ愛されてる。

 まだ家族を失っていない。


「さ、行こうぜ!やってやりましたって、ボスにドンと報告してやれ!」

 

 肩を組んで歩き出す男に、


「や、やった、って……?」


 何か話の噛み合わなさを覚え、認識を合わせようと問う


「あ、あの!」


 前に、


「すいません、そこのお方」


 彼らの後ろから、一人の女が息を切らしてヨロヨロ歩み寄っていた。


「あの…!」


 二人は振り返り、


「な、なんで……!」


 カエルが何事か焦り出した。


「ああ、やっぱり」

 

 彼女は安堵の笑みを浮かべ、


「良かった、いつの間にか、居なくなってしまわれたから」背後からその首に毛深い剛腕が回った。


「ま、ままって、待ってアニキ!」


 強化された肉体で、常人には追えないスピードで背後を取った男は、女の意識を絞め落としながら、不思議そうに聞く。


「カエル、こいつたぶん、お前について何か見ちまってる。ローマンだろ?こいつらなら一人二人殺しても騒ぎになんねえよ。一応やっとこうぜ?」

「そ、そそそ、そのしと、ひと、みてな、見えない…!」

「見えない?メクラかよ?なんで知ってんだ?」

「そ、それは、そ……」

「まあ別にいいか。見えてないなら、ウチのローマン共のアソコ係にしても、変に逃げたりしねえだろ。このままついでに持って帰ろう。あいつらたまにオモチャやっとかねえと、いっちょまえにサボりやがるからな」

「あ、いや、え……」

「なんだカエル?お前まさか、使いたいのか?やめといた方がいいぞ?ローマンとヤると変な病気にかかるだろ?お前なら焦らなくても、そのうち女にモテるさ」


 男は彼女を肩に担いで、そのまま西へ、彼らのホームへ足を向ける。

 ディーパーに連れ去られるローマン。この場を他のローマンが偶然目撃したとして、助けの手を伸べる事も、通報する事もしないだろう。事を悪くするだけというのが分かっているからだ。


 彼女を助けられるのは、カエルだけだった。

 今持っている、仮初の優位性、それを使えば、彼女をこの場に放置させる事くらいなら出来た。


「おいどうした!幾らローマン共の町だって言っても、あんま見られんのはマズいだろ。サツもヨソの組織も、お前を草の根分けて探してんだ。急ごうぜ?」


「う、うん………」


 だが、彼は自らの力を、理解出来ていなかった。

 この時この場限定の切り札を、持っていると気付けていなかった。


「い、い、行こう、アニキ……!」


 何より、彼女は知り合って間もない、ほぼ知らない無関係の人間だ。

 彼が家族に戻れる、迎え入れてくれる家に帰れる。

 その喜びを無に帰す恐れを冒してまで、彼女の助命に尽力する意味が無かった。

 

 二人は急ぎ足で、ダンジョンの街、ルデトロワに帰って行く。


 道中、互いに相手が上位だと怯え、


 逆撫でしないように最低限の言葉だけを交わし、


 認識の行き違いを、

 

 正さないまま。

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