385.優勝とか言う前から色々起こり過ぎだろ
「よっ!お疲れさん!流石だなお前ら!よくやった!いいぶちかましっぷりだ!」
「お疲れ様です」
「あっ、シャン先生!…と、あれ…?」
着替えて関係者控室から出たら、通路で先生方が待っていた。
シャン先生、八志先生と、もう一人、何故かプロトさんの保護者、改め壱先生が居る。
「『来てたんですか?』という顔ですね?」
「いえ、あの…」
「疑問に感じるのも当然です。他の先生方が監督や指導の為に同行しているのに対し、私の役目はどちらかと言えば護衛であり、こういう場でもなければ顔を合わせる機会も」
「そこまで。壱先生、一方的にまくし立てるのはあなたの悪い癖です」
「失敬」
八志先生に叱られ、眼鏡の位置を直しながら謝っている。
ちょっと雰囲気がシュンとした気がして、可笑しく思ってしまった。
「こいつ、海外で誰かを守らせるのに持ってこいなんだよ」
「対象の殺傷を伴わず銃弾を止めるのが得意分野ですので」
「「「あ、ああ~……」」」
何人かと納得の声がハモってしまった。
確かに銃火器アリで考えると、壱先生の“止める”能力はぶっ刺さる気がする。
でも………
「ニノっち先生、プロちゃんはなんか言ってませんでしたか~?」
気になっていた事に、訅和さんが場を代表して切り込んだ。
「プロちゃん……エカトさんですか?そうですね。世話役が不在となる事にとてもお怒りで」
や、やっぱり………
「召使いが取り上げられた御令嬢のようなものですね」
そ、そうじゃない………
「ですが、今回は日魅在さんという特例もあって、例年以上に気を張らなければならず、万全の人員を用意するべき、といった事を懇々《こんこん》と説いた所で分かって頂けました。日魅在さんにも、『帰って来たら挨拶に行くからよろしく』と仰っていましたよ?」
「ひぃっ!」
「……どまー……」
なぁんんか、背筋を電流が貫くような、猛烈にイヤーな感じがした。
これ絶対、俺に恨みが向いてるやつだよね?
戻ったらプロトさんが、鬼の形相で肩をいからせて待ってるやつだよね?
地獄のカミナリビリビリコースが確定してる奴だよね?
帰りたくなくなってきた………
「そうだ亢宿。さっき枢衍の奴から連絡が来てたぜ?随分べた褒めだったぞアイツ」
「隊長……棗先輩から電話で聞きました。まだまだ油断出来ないから、気を緩めないよう直接は言わない、と仰っていたらしいですが…?」
「ああ、俺もそう聞いたぜ」
「その話、僕が聞いて良かった奴ですか?」
「良いんだよ。尤もらしい事言ってるが、どうせいつものツンデレだ。あれこれ手段を選ばねえ変化球中心な性根が極まり過ぎて、ストレートを投げるのに慣れてないんだよ、あのバカジジイ」
「あはは………」
困ったように笑ってしまった。
恩師の悪口に同調するわけにもいかないけど、否定しきれない所もあったんだろう。
「そこの者達!」
俺達が談笑しながら出口に向かっている途中に、彼らは居た。
「ブルーノ・ル・ブリュネル様のお通りである!速やかに道を開けよ!丹本人!」
白と青の礼服を着た一団。
半分以上が大人だが、あれは教師なのか、護衛なのか。
例の半裸ポージング男とその囲いの皆さんが、すれ違いに控室へと向かう所だろう。
通路の真ん中を我が物顔で突っ切ろうとするのはどうなんだと思わないでもないけど、俺達は今日の出番が終わった身なので、大人しく端に寄って壁に背をつけ道を譲る。
訓練場の一件からも、彼らと揉めると面倒が数百倍に膨れる事を知ってるので、関わり合いになりたくない所存。
が、向こうはそんな事お構いなしだ。
ブリュネルさんが急に足を止め、俺達をジロジロ眺めた後、外ハネショートのイケメンに何かを耳打ちした。
「失礼、トロワ家の御息女はどちらへ?」
で、イケメンがした質問がこれだ。
「え?トロワ先輩?」
「そんなん聞いてどーすんだし。そっちに言ー意味なくね?ナンパかっつーの」
「ブルーノ様がお聞きになっています。答えなさい」
「生憎と生徒の動向を本人の許可無く外部に流す程、コンプラが終わっちゃいねーんだよこちとら」
「止せ、シャン。申し訳ございませんが、生徒個人の事についてはお答えしかねます。相応の理由をお持ちの上でのご質問でしたら、後ほど正式に書面の形で頂ければ」
「成程」
西洋風イケメン君は心得たように頷いた後、
「表で待っていた中にも居ない、ここにも出て来れない。心が折れましたか」
は?
なんだこいつ。
「矢張り、何所まで行っても追われた身上。並べて事も無き弱志であると考えておりましたが、間違いではなかったようです。本国貴族との差を痛感するくらいに、出来上がっていた事だけは、褒称するべき事かもしれませんが」
こっちが面食らってるのを良い事に、アッパラパーな見当を好きなだけ並べ立て、勝手に納得した大名行列が進行を再開する。
「あ~!楽しみだなぁ~!」
けど、急に上がったわざとらしい「呟き」に、その足を思わず止めてしまった。
何人か護衛が体ごとこっちを向いている。びっくりし過ぎて襲撃か何かだと勘違いしたのだろうか?
「イキイキしてる偉ぶったイケメンが、後悔する所を見れるなんてねぃ~!」
あと、びっくりしてるのは俺達も同じだ。
訅和さんが、こんなにデカい声で喧嘩を買うなんて。もっと静かにチクチクやるタイプかと。
知らない光景過ぎて、なんか言い返そうとしてた俺は舌を噛んでセルフで黙らされた。
………あ、攻撃にはきっちり反撃する茨みたいなタイプなのは、他でもないトロワ先輩との議論の時に知ってたので、そこまで驚きはないです、はい。声のボリュームにね、ちょっとびっくりしたんだよね。
「………今のは、どういった意味でしょうか?コモリ・ドウワさん?」
イケメン君だけ引き返して来て、彼女を上から覗き込むように顔を合わせる。メンチを切ってるとも言う。
「フランカの中での勢力争いとか、誰が賢くてどこの家が高貴だとか、私は知らないから口挟めないけどさ~。でももっと簡単な事は分かるよ~?トロちゃん先輩の方が——」
——チミ達より強いよねぃ
「なんで追い出したんだろ~、って、悔しがる所早く見たいねぃ~!」
「………後悔するのは、そちらでしょう?此度の勝利は、宜しくない形で関心を集めました。国際社会の反感を買いましたよ?たかが小さな島国、孤立した状態でマンパワー勝負になれば、一人二人が例外的に強くても関係ありません。バタバタ倒れて干上がって負けです」
「なんですか~?戦争したいって大問題発言ちゃんですか~?」
「いいえ?目先に眩むその短気を、嘆き憐れんで、助言を授けているのです。賢く立ち回るなら、貴国は独り勝ちなど避けるべきでした。群れなければ滅びる国が、調子づくのは痛ましい物があります。太陽に憧れた死霊がそうなるように、この栄光がいつかあなた達自身を焼く事でしょう」
「そんな事も分からないとは」、
売り言葉に買い言葉といった戦況だったが、訅和さんをシャン先生が、イケメン野郎を護衛の人が制止し、今度こそ停戦。彼らはズカズカと控室に消えて行く。
去り際、ブリュネルさんがフランカ語で、何かこっちに叫んでいた。
「はんっ、『土人』だとさ」
「えっ」
「奴さん方、俺達の勝ち上がりに御機嫌ナナメなご様子だ。怖えのかもな」
「『ネイティブ』という意味もある。不確定な悪意で無闇に敵愾心を煽るな、シャン」
「へいへい」
どうも俺達と彼らは、ゴタゴタする星の下にあるらしい。
去りゆく一団に向かい立った訅和さんの、物言わぬ後ろ姿を前にして、俺達はどう声を掛けたものか、言葉が見つからなかった。
んだけど、本人は「ベーッ」と片目を剥き舌を出して、「さっ、行こうぜぃ」とケロッとした顔で出口を目指し始めた。
じょ、情緒が分からん…!
まあ当面の難は去ったので、後は送迎バスに乗ってホテルでゴロゴロするだけである。
今日はもう休んで良いって言われてるし、そう許されたからには溶けるように眠ってやるぞー!
(((ススムくん?)))
(分かってるよカンナ。その前に晩御飯、だろ?おいしく味わって食べるから心配すんなって)
(((十点減点)))
(予想外だけど飛び上がって驚く気力も無いんだよこっちは……)
(((女の子の事を、食い意地最優先で思考する卑しい駒鳥のように扱わないでください)))
(え?違うの?)
(((今夜が楽しみですね)))
(後で土下座するのでやめて下さい今日はデロデロにノビてたいんです)
食べ物の話じゃないならなんだってんだ。教えてくださいやがれ。こちとら頭を動かしたくすらないくらいお疲れだぞ?
(((折角、ススムくんがお困りでしょうから、お助けしようと思いましたのに)))
(困る?どれについて?)
と、外に通じる扉がバタンと開かれて、
「シャン先生!八志先生!」
「おー、ミツ、バスは来てるか?」
「それどころじゃありません!」
ほ、星宿先生?どうしたんですかそんな汗だくで…?外は雪が積もった真冬日ですよ?
「た、大変なんです!皆さん詰めかけてて!ちょ、ちょっと予想以上で……!警備員の方にもご協力頂いてるんですけど…!許可取ってない人達まで来てて…!だからそんなとこで駄弁ってないで早くしてくださいっ!」
「あちゃー……。思ったより積極的に来やがったな……」
「潜行者と漏魔症が絡む話題に、もう少し尻込みするかと思っていたが……」
「集団心理って奴か?群れるとすーぐ怖い物知らずになりやがるからいけねえぜ」
「ちょ、せ、先生?何の話ですか?」
「あれ?ススム君、もしかして予想してなかった?」
「ちょいちょいちょいカミっちぃ?まさかの無警戒ですかねぃ?」
「ないわー」
「え?俺?」
「さっきの奴らがヘソ曲げてやがったのは、何でだと思ってたんだ?」
なんでって……、漏魔症への反感とかで………
「間違いなく、今日の世間様の注目全て、お前が全部持ってっちまったんだぜ?」
ミヨちゃんが帽子とマスクを装着する横で、頭を「?」で埋めながら何気なく歩いていた俺は、
網膜に無防御で強い光を浴びてしまった。
ちょっと暗い所から、明るい外へ出た時特有の、瞳孔の集光能力調節不備だと思った。
だけど光は、バシャバシャと何度も強くぶつかって来る。
無音。
違う。
受け取ったエネルギーが大き過ぎて、頭の中が一時的に止まっただけだ。
視覚も聴覚も徐々に回復に向かい、背丈ほどの壁が道を作っている光景が現れる。
広場だった筈のその場所を改築した壁の材質は、人だ。
人が、個を失うほど押し合い潰し合う人々が、大きな目玉を一斉にこちらに向けて、足りない足りないと閃光を焚いている。
ジャングルの中のように、色んな鳴き声がする。
知らない音が沢山している。
それが人の発する物だと、何処かの言語でこっちに質問しているのだと、そこまで分かる頃には先生方に庇われながら、道の中程に差し掛かっていた。
洋画とかで偶に見る、国を揺るがす裁判の行方に手を伸ばす報道、群衆の図。
あれと同じような光景。
丹本でもマスコミの囲み取材を体験した事はある。
その時と比べても迫力に怯んでしまうのは、数の問題か、分からない言葉だからか、彼らが発する偏熱のせいか。
「すすむくーん!」
「「「「「ススムーーー!!!」」」」」
今、名前を呼ばれたのだろうか?
はっきりとしない。
聞き間違いかも。
理解できる言葉を求めて、俺が生み出した空耳だろうか?
ただ、俺を応援しようとここまで来て、この狂騒の中でも勇気を出して呼んでくれた、そんな人が居るかもしれない。
それを無視するのは、嫌だった。
俺は声がした、と思われる方へ、頭を摺り動かし、手を軽く上げ、口元を無理矢理に曲げた。
全ての動作が、油を差されてない機械みたいに、ぎこちなかった。
足は前に進んでいるのに、そんな気がしない。
こういう違和感に覚えがある。
水の中、夢の中で歩く時。
人混みの中、偶然たまたま奇跡的に、僅かに開いた隙間。
そこを通して、誰かと目が合った。
黒い瞳の誰かは、その部分だけを浮き上がらせ、すぐに波間に沈んでいった。
そして、また白色が世界を塗り潰す。
光に、
溺れる。




