384.えー…、つまり「過ちは繰り返される」みたいな話?
「主にSNSを通じて漏魔症擁護論が息を吹き返し始めている。一過性の物だと信じたいが、このまま奴が大会を勝ち上がってしまえば、声は強まっていくだろう」
「人権団体の中に、ビジネスの気配を嗅ぎつける連中まで出始めた。主流派の力で押え込んでいるが、“弱者”の列に漏魔症が並ぶ可能性が出てしまっただけで一大事だ」
「矢張り威信と引き換えにしてでも、奴はここで始末しておくべきじゃないのか?“確孤止爾”に命じれば今すぐにでも——」
「駄目だ!今動いたら余計に明から様になる!事はもう優位を取れるかどうかの問題じゃあない!我々の求心力が表立って落ち、統制力を失った事で、奴らに人間としての同情が集まる事態を許してみろ。プロジェクトASの完遂自体が危ぶまれる!」
「けれど何も手を打たず見ているというわけ?彼を自分の手で守って、漏魔症を人として見る向きが強まれば、どちらにせよ計画が倒れる。現在の彼は、明確に私達の敵、排除すべき障害なの。違う?」
「そんな事はずっと以前から承知していた事だ。諒解した上で、我々は合意した。キリルやオウファの連中が勇み足で爆発しそうな今、国際社会の手綱を片時も手放す事など出来ない。我々の落ち度を見せてはいけない。奴を消すにしても、我が領内を出た後だ」
「その合意は既に土台を失っている!奴は勝ち上がれないという話では無かったのか!?何故あのパーティーが残り、剰えあの漏魔症が話題を浚うなどという事態になっているのだ!?漏魔症だぞ!?あれを落とすという簡単な指示がどうして遂行されていない!?何か不手際があったんじゃあないか!」
「ですから!彼の戦闘能力は、同年代上位の潜行者と比しても優れている、その事実をまず受け止めなければならないと、そう申し上げました!それを主張した時に耳を貸さなかったのは貴方の方です!彼を甘く見るべきではなかった!例の非公式連合に全面協力し、軍として動けるよう訓練を施す等の最善策を取るべきでした!突っ撥ねた懸念が当たってから、『どうしてやらなかった』と言われましても!」
「漏魔症については私が最も良く知っている!お前のような、ディーパーにすら実際に触れようともしない潔癖な若造よりも、私の方が遥かに奴等を理解してるんだ!奴らが潜在能力を覚醒させて、魔力の扱いが誰より上手くなるだと?起こるわけがなかったんだそんな事は!
毎日毎時毎分魔法を発現させようと必死になって、魔力の欠片でさえ手の内に留めておけず、心が折れて目の色を失う!そんな奴らを何十何百と見て来た者なら、そんな幻想は死んでも抱かない!奴等の努力や執念が足りなかったと、口が裂けても言える筈がない!刷り込みは完璧だった!あの少年以降、二例目が出ていないのがその証左だっ!
そんなメルヘンを信じて国の金を動かし信用失墜の危機を招くなど、無邪気な無知でないと手を染めない暴挙だろうが!」
「そうは言っても、事実として確かに」
「止せ!そんな事は問題が過ぎ去った後に反省会でも開いて話し合えばいい!速やかに今後の身の振り方を決めねばならないんだ!無駄な議論は後にしろ!」
「対処するべきよ、今すぐに。“確孤止爾”で差し支えるなら、“世界正義”を探し出してでも」
「しかし奴等の話だと、あの男は現在相手方に押さえられているのだろう?プランβ発動時には実際に奴の手で妨害された。我々が接触しようとすれば、先んじてこちらへの攻撃依頼が発注されるかもしれない。藪を突く形になりかねんぞ」
「ここは我が国の選手団への支援を手厚くし、正式に敗退させて——」
「それでは遅い!奴が一秒でも長く息をしているだけで、こちらのリスクが」
「楽しそうだね、僕も混ぜてよ?」
全員が席から腰を浮かせて彼女を見た。
厚く高い体格に、片側を剃り上げ、鋸刃状の髪を反対に流す女。
「ミス・ヴァーク……。貴方に入室を許可した覚えはないが」
「Don’t mind!細かい事を気にしていると、皺が増えるよ?ご老人」
失礼な物言いで室内を反時計回りに闊歩する彼女を、けれど鋭く制する者は現れない。
「先日の、レイクサイドの件…。あのような勝手は、あれ限りにして頂きたい」
「え?レイクサイド?」
「オウファ系非合法組織を潰した事だ。漏魔症の集積所、甘い監獄、それにあれ程適した集団は中々手に入らない」
「ああ、彼らか。彼らはほら、合衆国及び大統領閣下への、反逆を企てていたからさ。念の為に、ね?」
「そんな報告は受けていない」
「じゃあ、これがその『報告』だ。Do you understand?もう聞いたって事で、い、い、か、な?」
両肩を上から押さえつけられるようにして、力で着席姿勢に戻される。
他の面々も、恐る恐る腰を落とした。
「変わらないねえ、君達も」
聖政府とその女の付き合いは長い。が、未だにその行動原理を、理解出来てはいない。
それでも彼らは、彼女を手放せない。手を切れない。
「あの大戦の時も、そうだったね?あの国相手に、『どうせ楽チンだろう』って、それでどうなったっけ?」
寡兵のゲリラ戦で地獄を見た離島争奪戦。
戦意を削ぐ為に高射砲の弾幕の中、民間人への命懸けの焼夷空襲。
二度に亘る、そして後にも先にもそれしか例を見ない、ドミノボム投下。
そういった夥しい死体の山の裏で、完全圧勝の未来が徐々に翳っていく。
前線では常に激しい抵抗が続いており、誘導弾の無い時代に人力飛行爆弾という狂気の産物が登場、戦闘機が艦船を脅かしていた。勝ち戦のつもりで来ていた兵士達は、死ぬ気など誰も持っておらず、戦意減退が着々と進んでいた。
彼らの牙を折らなくてはいけない、だが、怒らせ過ぎて徹底抗戦されると、被害が尋常でなく拡大し、長引いて国を疲弊させる。戦争なんて当事国にとって、期間が伸びる程に損益が膨らむ不良債権。
その道の先には行き詰まりが見えており、強硬派の元大統領が世を去った事もあって、国家構造の解体は見送る形での講和に舵が切られ、首の皮一枚を残した状態で延命させるという話になった。
武装という武装を取り上げ、手下の一つとして編入する事には成功したが、当初の見通しが甘かった事は否めない。
合理的に考えれば、彼らはクリスティアに戦争を仕掛けるべきでなかった。
どう考えても負け戦なのだから、最初から最後まで彼らは絶望していて、士気には圧倒的な差が出るのが道理だった。
ちょっと強めに殴ってやれば、簡単に手を挙げて地に伏せる、それが最もあり得る未来だった。
命を捨てて抵抗を選ぶなど、人間がやるわけがなかった。
やる筈が無いのだ。
道理が分かっていれば。
今回も同じだ。
漏魔症を国の代表として送りつけてくるなど、やるわけがないのだ。
やったとしても、勝てるわけがないのだ。
順当にやっていれば、問題など起こらないのだ。
だが、話が違った。
問題は起きた。
かつて攻め落とし切れなかった、無数のダンジョンを孕む島国。
その悪夢が、またしても彼らの足を掴んでいる。
「まあ、そういうわけで、僕は君達と違って用心深いから」
だから彼女は、レイクサイドを潰した。
「見てなよ?そのうちもっと楽しくなる。どうなるか、分からなくなる」
「君達の望む通りに行くかも、分からないけど」、
彼女がそこまで言った時、部屋をちょうど一周した頃合いだった。
入って来た時と同じく、勝手に出て行くチャンピオン。
室内の一同は呼吸の深さを整えつつ、
頭を抱える作業に戻るのだった。




