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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十四章:じ、上等だ!纏めてかかってこいや!

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376.もう一つの、笑える信念

「よう、お出掛けか?」

 

 スタジアムの関係者出入口から外に数歩。

 シャンがそこで待っていた。


「後輩達を応援してやれよ」

「私が居ても変わりませんよ。勝つでしょう?あの子達なら」


 彼らを勝たせたいなら、舞台袖で油を売っている場合ではない。

 トーナメントで確実に勝利を得る、その為にはパーティーが、圧倒的に強くなくてはいけない。

 彼女に成長の余地があるなら、それをギリギリまで伸ばす。

 その時間を作る為に、予選への参加を辞退したのだ。


「………トロワ、お前に謝っておく事が」

「言わないでください。私の無思慮と不注意が招いた事態です」


 シャンが言っているのは、トロワが暴行された時の話だろう。

 思った通り、誰かしらが張り付いていながら、複合的な理由で手出しをしなかった、出来なかったらしい。


「一応聞きますが、記録は取ったのでしょうか?」

「映像までキッチリな。大会でこれ以上勝手な事をされねえように、いつでも撃てるよう構える事で牽制してはいる。が——」

「が?なんです?」

「主犯のフランカに関しては、リンチに直接参加をしていなかった。見ていただけだ」

「あいつらが好きに振舞う事に対して、抑止力にはならないと?」

「正直、効果は薄いと言わざるを得ねえ」


 色々と陰湿な所まで、頭がよくも回るものだ。

 貴族というのはこれだから、と、一応元貴族家のトロワは眉をひそめる。


「お前達には、引き続き身の回りに注意して貰う。俺達がちゃんと監視も抵抗もすると知らせれば、そう軽率には再攻撃をしてこない、とは思うがな」

「そうですか。私はこれで」

「待て待て早まるなって。話を最後まで聞いとかねえと、この先の人生もポロポロと損するぜ?」


 だったら本題から順にテンポ良く話せ、とも思ったのだが、事実としてシャンの助言は有用ではある為、黙って聞く事にした。


「まあそんな改まって構える事じゃねえ。どうせ武者修行と洒落込むなら、手伝いが居た方が良いだろ?だからもうすぐ……お、来たか」


 シャンが外に身を乗り出し、手を上げて誰かを呼んだ。

 しばらくしてから、ひょこっと顔を覗かせる5人。


「あら」

「せんぱーい!お久でーす!」

「来ちゃいましたー!」

「キャー!先輩と同じ空気ぃー!」


 自分用のパーティーとして固めるべく、かつて彼女が所属教室に呼び寄せた後輩女子達だ。その後、彼女は特別指導クラスに移され、正式結成が叶う事はなくなってしまったが。


「あなた達も、ご苦労な事ね?私に付き合う理由なんて、もうないでしょうに」

「えー?」


 トロワが一種感心した様子で聞くと、5人は不思議そうに顔を見合わせる。


「だってー、せんぱいがトロワせんぱいなんですよ?」

「私達が会いに行く理由なんて、それで全部で、それで100点です!」

「先輩と一緒に戦える、その僅かな隙も見逃さない!それが私達です!」

「いやっふー!」


 無駄に元気な様子は変わらず、彼女の心も口も軽くする。


「じゃあぶっちゃけるけれど、私は……あ、強いわよ?私が最強。それはそうだという前提で聞いて欲しいのだけれど」

「はい!そうですね!ステキです!で、なんでしょう!」

「私は、圧倒的、というわけではないわ。明胤の中には、私のすぐ後ろに迫って、ともすれば追い抜くだろう人は、それなりに居るでしょう?」


 わざわざ海を渡らずとも、あやかるにしろ学び取り入れるにしろ、相応しい相手というのには事欠かない。


 強い事が、彼女の一番のブランドだった。

 その価値は、今やくすみ果てている。

 一番の自慢であった、意志の強さ。それさえ最近は、ガタついているのだ。


「もう私だけに従うなんて、しなくてもいいでしょう?」


 彼女達は選手でないのだから、ここに来るのは自費だろう。

 曖昧な繋がりくらいで、どうしてここまで付いて来てくれたのか?

 分からないが、それは良くない事かもしれない。

 トロワが呪縛のように、彼女達の可能性を、伸びしろを狭めているのではないか?


 半ば本気で、そう心配しての問いだったが、

 彼女達はと言うと、聞かれた意味が分からないかのように、一斉に首を傾けて、


「トロワせんぱい?」

「私達別に、先輩が強いからくっ付いてるわけじゃないですよ?」


 鋭くばっさり斬り放った。


「え?」

「そうですよ!本当に強い人狙いなら、無難に辺泥先輩とか、それこそプロトちゃんとかに媚売りますよ!」

「え?」

「しかも私達ファンクラブで5人圧迫しちゃうより、メチャつよの5人の所に一人で入り込む方が、全然コスパ良いじゃないですか!」

「え?あ、そう…かしら…?え……?」

「そうですよー!」

「そうね……?え……?………え……?」


 これまで当然のように享受していた事が、急に前提から崩されて、一抹の不安を覚えてしまう。

 彼女が強いから、だから後輩達の羨望を受けて、それが普通だと思っていた。

 その権利を得るだけの物を、持っているのだから、そう胸を張っていた。


 それが、間違っていた?

 では、彼女は何故、それを得ていたのか?


「わたしたちぃ、せんぱいが好きなコの集まりですからー!」

「す、好き……?」

「そうでーす!」

「強さ抜きで、私にそこまでの魅力は………」

「何言ってるんですか!先輩って強くてカッコいいのもそうですけど、面倒見良くて優しくてー!」

「いつも凛々しくあろうとする向上心の塊で、でもお嬢様だからかちょっとおっちょこちょいな所もあって、そこもカワイイんです!」

「それに粘り強い!諦めない!どんな相手にもいつか勝つ!って、本気でぶつかっていける!」

「わたしたち、せんぱいにメロだから、ずっといっしょにいるんですよー!って、わかってなかったんですかー!?」

「え、ええ……」

 

 そんな風に思われていたなんて、

 思ってもみない事だった。

 想像だにしていなかった。


「『優しい』、かしら……?」

「守ってあげなきゃ!って思った相手に、結構甘々ですよね!」

「『カワイイ』…と言うか、『おっちょこちょい』、って言ったかしら……?」

「周り見ずに突っ走って、色んな物に躓いたりぶつけたりしてるイメージです!」

「そ、そう……」


 どうも、彼女は完璧超人と見られていなかったみたいだ。

 慕ってくれているのは嬉しいものの、自己評価との乖離も含めて、珍しくも恥じらいを覚えたトロワだった。


「どうだ?」


 彼女達を引き合わせた教師は、狼狽するトロワを愉快そうに見ている。


「何が『どう』なんですか?」


 その顔に少し腹が立ち、棘のある声音で返してしまうが、シャンの方はどこ吹く風だ。


「お前、自分が思ってるより、付き合いやすいみたいだぞ?一匹狼でも社会性皆無でもなくて、愛でられキャラの素質まである。孤高の騎士様、ってガラじゃあないわな」

「うるさいですね…!何が言いたいんですか…!」


「いつかの歯車の話だよ」


 人はそれぞれ、形の違う部品だと、あの日その男は言った。


「お前は自分で取っ掛かりを引っ込めて、それで誰とも噛み合わないから、強い磁力がねえと誰も寄らねえって、そう思ってただろ?だけどよ、それでも無意識に伸ばした手があって、それが誰かと嵌まり合って、自然と周りに誰かが居るじゃねえか」


 「お前は今、どんな形をしてるんだ?」、

 それを知る事が、強さに繋がる。

 彼女が気付くべき事は——




——これだから

 

 あの時、ブリュネルが口走った事。




——これだから敗残者の末裔共は!負け犬としての獣性まで血に刻まれたか!

——どうせ人に戻れず、エチケットもなく公共を穢すのならば、

——あの戦争で途絶えておいた方が世の為だったか!嘆かわしい!

——ドミノボムの往復ビンタでは、身の程知らずの性根を直す折檻として、不足だったらしいな?

——次は第二の“不可踏域アノイクミーヌ”にでもなってみるか?イーポンはダンジョンを好いていると聞く。

——丁度良いじゃあ——




 そこまで聞いた時はもう、彼女の目の前が、熱さで失神する直前のように、真っ赤に染まっていた。


 そして気付けば、不覚にも手が出ていた。


 彼女は、


「私は、」


 仲間の、友の為に、怒る事が出来たのだ。


「決めろ、トロワ。強がりを言い続けるか、どこまでも正直に行くか。少なくとも、ディーパーとして戦う間だけでも」


 どっちを向くにしても、突き詰める者は強い。


「正直に……」


 彼女はやっと、最強の騎士ではない、“ジュリー・ド・トロワ”という人間に目を向けた。


 なよなよと女々しく、自分の力が及ばなかったというだけの過去を、痕が残るくらい引き摺って、だから捨てるが吉だと思っていた物。

 それをまじまじと眺め、その情けない凹みを指先で撫で、薄皮越しに熱がかよった。


 彼女の左手は、彼女の右手を握っていた。


 なぞっていた指が、剣胼胝(ダコ)に引っ掛かった。


「先生、今からダンジョンに潜りに行っても良いでしょうか?」


 トロワはシャンの顔を見上げ、そのまま後輩達の横へ寄る。


「この子達と一緒に」


 5人組が、今にも抱き付かんばかりに目を輝かせた。


「潜行免許のデータを国家間で共有する事前手続きだとか、そこそこ時間が要るが——」


 シャンはニッと口角をカーブさせ、


「今回の功労者様に、そこまで待って頂くのも失礼だな」


 「それくらいの無茶は通すぜ?」、


 そう言いながら片手で胸を叩いた。

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