376.もう一つの、笑える信念
「よう、お出掛けか?」
スタジアムの関係者出入口から外に数歩。
シャンがそこで待っていた。
「後輩達を応援してやれよ」
「私が居ても変わりませんよ。勝つでしょう?あの子達なら」
彼らを勝たせたいなら、舞台袖で油を売っている場合ではない。
トーナメントで確実に勝利を得る、その為にはパーティーが、圧倒的に強くなくてはいけない。
彼女に成長の余地があるなら、それをギリギリまで伸ばす。
その時間を作る為に、予選への参加を辞退したのだ。
「………トロワ、お前に謝っておく事が」
「言わないでください。私の無思慮と不注意が招いた事態です」
シャンが言っているのは、トロワが暴行された時の話だろう。
思った通り、誰かしらが張り付いていながら、複合的な理由で手出しをしなかった、出来なかったらしい。
「一応聞きますが、記録は取ったのでしょうか?」
「映像までキッチリな。大会でこれ以上勝手な事をされねえように、いつでも撃てるよう構える事で牽制してはいる。が——」
「が?なんです?」
「主犯のフランカに関しては、リンチに直接参加をしていなかった。見ていただけだ」
「あいつらが好きに振舞う事に対して、抑止力にはならないと?」
「正直、効果は薄いと言わざるを得ねえ」
色々と陰湿な所まで、頭がよくも回るものだ。
貴族というのはこれだから、と、一応元貴族家のトロワは眉を顰める。
「お前達には、引き続き身の回りに注意して貰う。俺達がちゃんと監視も抵抗もすると知らせれば、そう軽率には再攻撃をしてこない、とは思うがな」
「そうですか。私はこれで」
「待て待て早まるなって。話を最後まで聞いとかねえと、この先の人生もポロポロと損するぜ?」
だったら本題から順にテンポ良く話せ、とも思ったのだが、事実としてシャンの助言は有用ではある為、黙って聞く事にした。
「まあそんな改まって構える事じゃねえ。どうせ武者修行と洒落込むなら、手伝いが居た方が良いだろ?だからもうすぐ……お、来たか」
シャンが外に身を乗り出し、手を上げて誰かを呼んだ。
しばらくしてから、ひょこっと顔を覗かせる5人。
「あら」
「せんぱーい!お久でーす!」
「来ちゃいましたー!」
「キャー!先輩と同じ空気ぃー!」
自分用のパーティーとして固めるべく、かつて彼女が所属教室に呼び寄せた後輩女子達だ。その後、彼女は特別指導クラスに移され、正式結成が叶う事はなくなってしまったが。
「あなた達も、ご苦労な事ね?私に付き合う理由なんて、もうないでしょうに」
「えー?」
トロワが一種感心した様子で聞くと、5人は不思議そうに顔を見合わせる。
「だってー、せんぱいがトロワせんぱいなんですよ?」
「私達が会いに行く理由なんて、それで全部で、それで100点です!」
「先輩と一緒に戦える、その僅かな隙も見逃さない!それが私達です!」
「いやっふー!」
無駄に元気な様子は変わらず、彼女の心も口も軽くする。
「じゃあぶっちゃけるけれど、私は……あ、強いわよ?私が最強。それはそうだという前提で聞いて欲しいのだけれど」
「はい!そうですね!ステキです!で、なんでしょう!」
「私は、圧倒的、というわけではないわ。明胤の中には、私のすぐ後ろに迫って、ともすれば追い抜くだろう人は、それなりに居るでしょう?」
わざわざ海を渡らずとも、あやかるにしろ学び取り入れるにしろ、相応しい相手というのには事欠かない。
強い事が、彼女の一番のブランドだった。
その価値は、今や燻み果てている。
一番の自慢であった、意志の強さ。それさえ最近は、ガタついているのだ。
「もう私だけに従うなんて、しなくてもいいでしょう?」
彼女達は選手でないのだから、ここに来るのは自費だろう。
曖昧な繋がりくらいで、どうしてここまで付いて来てくれたのか?
分からないが、それは良くない事かもしれない。
トロワが呪縛のように、彼女達の可能性を、伸びしろを狭めているのではないか?
半ば本気で、そう心配しての問いだったが、
彼女達はと言うと、聞かれた意味が分からないかのように、一斉に首を傾けて、
「トロワせんぱい?」
「私達別に、先輩が強いからくっ付いてるわけじゃないですよ?」
鋭くばっさり斬り放った。
「え?」
「そうですよ!本当に強い人狙いなら、無難に辺泥先輩とか、それこそプロトちゃんとかに媚売りますよ!」
「え?」
「しかも私達ファンクラブで5人圧迫しちゃうより、メチャつよの5人の所に一人で入り込む方が、全然コスパ良いじゃないですか!」
「え?あ、そう…かしら…?え……?」
「そうですよー!」
「そうね……?え……?………え……?」
これまで当然のように享受していた事が、急に前提から崩されて、一抹の不安を覚えてしまう。
彼女が強いから、だから後輩達の羨望を受けて、それが普通だと思っていた。
その権利を得るだけの物を、持っているのだから、そう胸を張っていた。
それが、間違っていた?
では、彼女は何故、それを得ていたのか?
「わたしたちぃ、せんぱいが好きなコの集まりですからー!」
「す、好き……?」
「そうでーす!」
「強さ抜きで、私にそこまでの魅力は………」
「何言ってるんですか!先輩って強くてカッコいいのもそうですけど、面倒見良くて優しくてー!」
「いつも凛々しくあろうとする向上心の塊で、でもお嬢様だからかちょっとおっちょこちょいな所もあって、そこもカワイイんです!」
「それに粘り強い!諦めない!どんな相手にもいつか勝つ!って、本気でぶつかっていける!」
「わたしたち、せんぱいにメロだから、ずっといっしょにいるんですよー!って、わかってなかったんですかー!?」
「え、ええ……」
そんな風に思われていたなんて、
思ってもみない事だった。
想像だにしていなかった。
「『優しい』、かしら……?」
「守ってあげなきゃ!って思った相手に、結構甘々ですよね!」
「『カワイイ』…と言うか、『おっちょこちょい』、って言ったかしら……?」
「周り見ずに突っ走って、色んな物に躓いたりぶつけたりしてるイメージです!」
「そ、そう……」
どうも、彼女は完璧超人と見られていなかったみたいだ。
慕ってくれているのは嬉しいものの、自己評価との乖離も含めて、珍しくも恥じらいを覚えたトロワだった。
「どうだ?」
彼女達を引き合わせた教師は、狼狽するトロワを愉快そうに見ている。
「何が『どう』なんですか?」
その顔に少し腹が立ち、棘のある声音で返してしまうが、シャンの方はどこ吹く風だ。
「お前、自分が思ってるより、付き合いやすいみたいだぞ?一匹狼でも社会性皆無でもなくて、愛でられキャラの素質まである。孤高の騎士様、って柄じゃあないわな」
「うるさいですね…!何が言いたいんですか…!」
「いつかの歯車の話だよ」
人はそれぞれ、形の違う部品だと、あの日その男は言った。
「お前は自分で取っ掛かりを引っ込めて、それで誰とも噛み合わないから、強い磁力がねえと誰も寄らねえって、そう思ってただろ?だけどよ、それでも無意識に伸ばした手があって、それが誰かと嵌まり合って、自然と周りに誰かが居るじゃねえか」
「お前は今、どんな形をしてるんだ?」、
それを知る事が、強さに繋がる。
彼女が気付くべき事は——
——これだから
あの時、ブリュネルが口走った事。
——これだから敗残者の末裔共は!負け犬としての獣性まで血に刻まれたか!
——どうせ人に戻れず、エチケットもなく公共を穢すのならば、
——あの戦争で途絶えておいた方が世の為だったか!嘆かわしい!
——ドミノボムの往復ビンタでは、身の程知らずの性根を直す折檻として、不足だったらしいな?
——次は第二の“不可踏域”にでもなってみるか?イーポンはダンジョンを好いていると聞く。
——丁度良いじゃあ——
そこまで聞いた時はもう、彼女の目の前が、熱さで失神する直前のように、真っ赤に染まっていた。
そして気付けば、不覚にも手が出ていた。
彼女は、
「私は、」
仲間の、友の為に、怒る事が出来たのだ。
「決めろ、トロワ。強がりを言い続けるか、どこまでも正直に行くか。少なくとも、ディーパーとして戦う間だけでも」
どっちを向くにしても、突き詰める者は強い。
「正直に……」
彼女はやっと、最強の騎士ではない、“ジュリー・ド・トロワ”という人間に目を向けた。
なよなよと女々しく、自分の力が及ばなかったというだけの過去を、痕が残るくらい引き摺って、だから捨てるが吉だと思っていた物。
それをまじまじと眺め、その情けない凹みを指先で撫で、薄皮越しに熱が通った。
彼女の左手は、彼女の右手を握っていた。
なぞっていた指が、剣胼胝に引っ掛かった。
「先生、今からダンジョンに潜りに行っても良いでしょうか?」
トロワはシャンの顔を見上げ、そのまま後輩達の横へ寄る。
「この子達と一緒に」
5人組が、今にも抱き付かんばかりに目を輝かせた。
「潜行免許のデータを国家間で共有する事前手続きだとか、そこそこ時間が要るが——」
シャンはニッと口角をカーブさせ、
「今回の功労者様に、そこまで待って頂くのも失礼だな」
「それくらいの無茶は通すぜ?」、
そう言いながら片手で胸を叩いた。




