364.こ、こういう空気ニガテ………
「今日は……“安息日”、だったっけか…?」
落ち着いた木目調のデスクに座った、スキンヘッドにタトゥーの男は、言いながら葉巻の煙を吐き出した。
「………ぇえぇ……?」
「聞いてんだよ。俺が、聞いてんだ。安息日だったのか?今日はよ…?イエスかノーか、1単語、3文字以内で終わるだろうが。サルでもチキンでも答えられるだろ…?」
「え、あ、え、あえ、ああ、はい、じゃなくて、の、ノー、ノー、ノーですボス。答えはノー。安息日とかじゃあ、ありません、全然」
「だよなあ?俺の思い違いだな。おい、だろ?」
怯えながら答えた男の肩越し、レスラーでもなかなか見ないような体格の、沈黙を貫くオーバーオールの女に、ボスは話を振る。
「………」
彼女は一度、深く頷いただけだ。
「お前もそう思うか。いやいや、良かった。本当に心から、そう思うぜ?」
ボスは革張りの椅子から立ち上がり、机を迂回して縮こまっている男と肩を組む。
「いやな?お前がひょっとして、ひょっとするとなんだが、スカタンの救世教徒になっちまって、カミサマが7日目にマスかくのに夢中で何もしなかったから、俺達も同じようにマスかいてクソして寝る日を決めましただとか、そーゆースッとぼけた事言いやがるのかと、ちょっと心配になっちまってよー…?」
「は、はあ……」
「ま、俺の子に限ってンな事ないわな?拝金偉ぶり坊主なんかになってなくて、心底ホッとしたぜ俺ぁ!」
背中を何度も強打され、咳き込むように答え、
「そ、そうですね……良かったで」
「良くねえだろうがテメコラマヌケカス」
お追従笑いの為にあまりにも迂闊に開かれた口の中、舌に葉巻の先端を押し付けられた。
「んおっ!??ンォオオオ゛オ゛ッ!!」
「テメエこのクサレレームダック野郎!頭頂部ハゲ教団にカブれたわけじゃねんならよおおおお!?どうして言われた事やってこねえんだよおおおおエエーー!?」
「オオオオッ!!オオオオオオーッ!オォーッォォォォォーッ!!」
肉が網焼きになるような音と、喉より奥まで埋め立てられたような苦悶の声。
そんな答えでは、当然ボスは納得しない。
腹部に蹴りを入れながら尋問を続行する。
「テメエはっ!今頃っ!仕事!終わらせてる!筈だろうがっ!」
「オオオッ!ボォオッ!ボォォォスぅぅっ!」
「なにっ!ノンキにっ!帰ってッ!来てんだよっ!」
「ボゥォスッ!ゴメェッ!ゴベッ!」
「せめてっ!死ねよっ!ヤれなくてもっ!男見せてっ!死んでこいよっ!情けねえっ!俺は情けなくてっ!仕方ねえっ!」
「ゴォベッ!ベッ、ベッ、ベンッ!」
「この靴が!何千ドル!すると思ってんだっ!汚しやがって!そんなに行儀悪くっ!育てた覚えはっ!ねえぞっ!情けねえっ!俺ぁっ!情けねえよっ!」
「……ッ!……ッ!……ッ!」
「お前にっ!期待してたのにっ!お前をっ!信じてたのにっ!親不孝がっ!裏切り者がっ!」
一際大きく振りかぶって蹴り転がした後、
「ふぅぅぅ………おい」
巨女に顎だけで命じる。
無言で近付いた巨躯が、倒れた芋虫のようにヒクつく男の首を掴み、持ち上げる。
「豚小屋の掃除をやらせろ。奴らが垂れ流すモンを、一欠けら残さず舐め取らせろ。口以外を使うごとに指を1本ずつ折れ」
これにも頷くのみで返し、女は男を引き摺って部屋を後にする。
「ってなワケでな」
ボスは椅子を引き寄せ、脚を組んで座る。
少年が駆け寄り、靴を磨き始める。
「仕事が一つ増えちまった。我こそはって奴はいねえか?」
部屋の端で立つ数人は、誰もがチームカラーであるオレンジ色を身に着けている。
彼らのコミュニティの中でも比較的若い衆。
将来の主力戦闘員候補として、日々を小銭稼ぎや暴力に費やすワナビー達。
が、一端の野心家を装う彼らも、「死んでこい」に近い命令に、無鉄砲さを忘れてしまう。
目配せし合いながら、誰かが何かを、
時間だけが過ぎる沈黙を前に、ボスが温まり切る前に、早く発言してくれるのを待っている。
「ぼ、ボス、聞きたいんだけど……」
相対的に最も度胸がある青年が、全員が思うであろう疑問を代弁した。
「おう、どうした?」
「銃は、あるんだろ?」
「ああ。連射改造された、違法なブツだ。短小だが楽しめるぜ?」
「じゃ、じゃあ、ディーパーを使わない方が、その、得なんじゃねえかって……」
「いや。ディーパーの為の祭りだ。“善良な一般市民”様方には漏らせねえ。これから起こるゲリラライブでは、奴らの配役は主役でなく敵役だ。勝ち負けを論じてどっちが得か考える、までもいかねえ。あいつらからすれば、そんな演目潰したがるに決まってる」
「やつらは、敵さ。それはそうだと俺も思う……。だけど、」
この街の住民で、人間でなく道具として扱われる存在が、居るではないか。
「ディーパー一人より、ローマン数人送り込む方が、賭け金としちゃ、安上がりだって……そう……おもう……んだけど………」
声も語気も萎びていくのは、ボスがその程度を考えていない筈がないと、分かっているからだ。
今更そんな事を聞くなんて、道理の通じぬ愚物と思っているのか?
そう問い返されてしまえば、彼も“飼育当番”の仲間入りである。
「いいや。下ごしらえに奴らは使わねえ」
幸いにも、ボスはそれを聞かれる事までを了解しており、片足を靴磨きの頭に乗せながら教えてくれる。
「奴らには、もっとピッタリな役所を用意してある。名誉は渡してやらねえ」
「それはお前らのモンだ」、
サングラスを外して、直に射抜く。
期待の光だ。
彼はその役に、生贄の仔羊以上の価値を見ていると、顔の形が語っていた。
「名誉?」
「ああそうだ。主役ってのは、一番最初に出て来るもんだろ?先陣はな、真っ先に敵にぶつかって、一発入れてから戻って来れる奴にしか任されねえ。それだけ強さを信頼されてる奴が、最初の一人になれんだよ」
「ローマン共には勿体ねえ」、
彼が新たな葉巻を咥えると、少女が歩み寄りマッチで火を点ける。
「テメエら半人前共まで含めて、俺の可愛い家族達だ。だが認めてやるには、何か成果が、手柄がねえと、他の兄弟に示しがつかねえよなあ?」
「て、てことはボス!それさえできれば、俺達、“大人”に、“男”になれんのかよ!」
「ちゃんと強けりゃ、生きて帰って来て、『最強』になれんのか?」
「そうだ小僧共。男になんだよ。脚の間に付いてる二つが、クリスマスの飾りじゃねえって証明してやれ!今テメエらをコキ使ってる兄貴分共に一泡吹かせ、上手くやればお前らが使う側になるかもしれねえ」
「マジか…!」
「“大人”が失敗して降板した役だぜ?このミッションを成功させた奴には、さっきの次期“豚の召使い”が受け取ってた以上の、報酬を払ってやらねえとな?それが、“一貫性”ってヤツだ。違うか?」
地位と名誉と金、彼らの宇宙を満たす物質が、一挙に手に入る。
「お、俺やるよ!大人になりてえ!」
「はいバカ!テメエみてえなノータリンには無理だろ!俺がやる!」
「おれ!おれおれおれ!」
「すっこんでろザコ共!小物の出番はまだ先だろうが!」
水面下での押し付け合いはどこへやら、名声や権力という人参をぶら下げられ、我先にと齧りつこうとする若者達。
ボスは無表情のまま品定めをしていたが、部屋の隅に顔を向ける。
「“脳害”」
呼ばれた彼は縮み上がった。
飛び出しそうに大きな目、重力に負けたように垂れる顔。
例の漏魔症を尾けさせていた、あの青年だ。
「どうだ?青いケツから卒業だ」
そう言われても俯きながら、ジーンズの端を掴むだけ。
「おいおいおいボぉスぅ!冗談キツいですってぇ!」
「そ、そうだぜ!こいつに出来るわけねえだろ!IQが猿にも足りてねえ!俺にしとけって!」
「聞きました?こいつ“宿”の女共にも逆らえねえんですよ?アレの時、クプッ…!使いモンにならなかったらしくて…!ブフォ…ッ!」
「アッチまで青二才だったってよぉ!」
「金だけくれるから楽な客だって、大評判!良かったなあモテて!是非ともカエル殿のモテテクをゴキョージ願いたいぜ!」
「なんだったっけえ?『ちがうー!ほんとはもっとおっきくてー!』だったか!ギャハヒーッ!」
「やめろ!笑うだろ!」
「俺はコイツ好きだぜ?母ちゃんみてえだからな。主に服のセンスが!」
「この低脳にゃあ、ライフルどころかロケットランチャー持たせたって、虫一匹殺れねえよ!」
「芸術的な自殺は見せてくれるかもなッ!キューセーシュ殿も腰抜かすやつを!」
「豚相手に腰振る練習からだなあ?『ボウヤ』?」
言われたい放題であっても、青年は固く口を閉ざし、拳の力を震える程に強めるだけだ。
言い返すことも、顔を上げることすら、しそうにない。
「おい」
だが低く腹を打つ一言で、部屋が静まるのとほぼ同時、弾かれるように面を上げた。
「俺達は仲良しお遊びクラブじゃねえんだ。お前をこのまま置いといて、俺達にいつまでも利益が出ねえんなら、細切れにしてやった方が、餌代が浮いて役に立つ」
机の上に、改造拳銃が叩きつけられる。
「力を示せ。生存も栄光も、オランウータンみてえな握力じゃねえと、捥ぎ取れねえぞ?」
他の者達から、「断れ」、「しくじれ」、「尻尾を巻いて逃げろ」、睨みだけでそう圧力を掛けられた青年は、地雷原を進むが如く、半歩ずつ、足を落とすことさえ苦労しながら進み、
「期待してるぞ?お前は俺の子だ。他の誰が何を言っても、俺だけはお前の本気を分かってるぞ?」
チアノーゼのように顔を青黒くしながら、無言で銃を手に取った。
「東端部の頭を、殺れ」
ボスが求めるのは、ただそれだけ。
「俺の期待に、応えてくれるよな?なあに、心配するな。失敗しても、央華人のレストランで出す、蛙料理の材料にされるだけだ」
青年は手間取りながらも、凶器を懐に入れ、それを押さえながら出て行った。
「おい、誰か床を掃除しておけ。念入りにな」
コートを羽織りながらボスが命じる。
「シミ一つでも残してみろ。てめえらの血の色で模様替えしてやる」




