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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十四章:じ、上等だ!纏めてかかってこいや!

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362.ライン超え、た…? part2

「何でも良い!約定ではワガハイ達の時間だ!それを違えると言うのか!」


 あ!虎次郎先輩からの正論パンチだ!

 とうとう言った!

 相手があまりにも堂々としてたから逆に言いづらかった根本的苦情!


「当方の芸術的探究の為だ。武芸、そして美。我がフランカに通底する命題の一つであり、貴様らの勝手で中断すべきものではない」

「勝手はどっちだ勝手は!」

「なんだ!そんなに見学したいのならすればいい!この会場を駆け回りたいならそうしろ!当方の邪魔をしないのであれば許可する!好きに使えばいいさ!」

「中央にデンと陣取っておいてよく言う!」

「ふん、大した占有率でもないのだから良かろう!貴様ら如きがこの私に意見など不敬な——なに?」


 ニークト先輩と言い合っていた途中で、女の人がまた、さっきよりも少し急ぎ足でブリュネルさんに耳打ちする。

 そこで彼はようやくこっちに碧眼を向けた。

 彫りが深く精悍な、ハンサムマッチョって感じの人で、少なくとも丹本ならモテるだろう。奇行に及ぶ前であれば、だけど。


「貴様ら……どこの国の代表だ?エイルビオンか?」

「いえ、丹本です……」

「であろう?イーポン、であろう…?顔が平たいしな……。何故ルカイオスが?」

「参加者名簿に目は通さなかったのか?露出癖男(へきお)

「名前だけ貸し与えているのではないのか?本気で共闘しているのか?」

「だったらどうした。オレサマはこいつの仲間だ。何の不思議も不都合もあるまい」


 先輩が普通にフランカ語を操ってポンポン会話を進めるので追い着けない!

 今どういう話になってる?

 なんかブリュネルさんが軽く仰け反るようにして、見下すような半目になってるけど。


「紳士の国の貴族ともあろうものが、道徳後進国のイーポンで青春おままごとか?墜ちたものだな」

「少なくとも、今のお前よりは紳士的である自負は持っている」

「蛮人に混じれば上位者を気取れる、か?幼稚園で足し算を誇るような滑稽さだな」

「幼稚園と見ている者相手に強く出て、狼のたけりに神経を立たせるのか?なかなか上等な小心者だな」

「よくわからんけど、下に見られてるっぽくない?決まりも守れないヤツがナルシってんのダッサ」

「貴様!」


 ニークト先輩と睨み合っていたブリュネルさんは機械仕掛けのように90°転回し、六本木さんを指差した。


「曖昧で逃げ腰な国民性を映したような、モゴモゴとした欠陥言語であったとしても、当方に不当な侮蔑を与えたのが分かったぞ?気付けぬとでも思うたか?陰口など卑劣千万!」

「何言ってんのかわかんないですけど~!せめて英語でコミュろうとかいう努力ないわけ?ジェスチャーとか欲しい感じ?とりま出てけって、ほら!」


 「で、て、け!」、と一文字一文字親切に口をハッキリ開けて発音し、出口を指差す六本木さんを、「ろくビー…、止まれー…」と後ろから羽交い締めにして押さえる狩狼さん。


「なんでスタッフがつまみ出さないんだろう~?治安が終わってるねぃ」

「相手がお貴族様っていうのもあるんでショ、きっと。ほら、ろくちゃん、落ち着きなさいナ」


 いや落ち着いてないで。

 ルカイオスとフランカの貴族家が揉めて、そこに丹本の名家出身者を含む学生まで参戦って、文字で書くと割と国際問題ど真ん中ですからね?

 焦りを持とう!?もっとさあ!


「で、て、け!」

「こちらに唾を飛ばすんじゃあない!これだから——」


 ほら見るからに怒ってる!

 笑ってはいるけど歯を剥いてるし、狙いをつける狩人の目してるよ!

 なんか言ってるけど翻訳ソフトがちゃんと聞き取ってくれないから口が挟めないし!

 この分だとトロワ先輩がすぐにでも凄い剣幕で——


「えっ」


 動きが悪い翻訳ソフトを再起しようとして画面を見てる間に、気が付いたら隣にいた筈の彼女が前に行っていた。

 さっきまで沈静化を待とうと、成り行きを面倒そうに見ていた人も含めて、嚙みつきそうにすら見えたニークト先輩すら、彼女の方を向いて言葉を失っていた。


 俺は彼女の背中しか見えず、横に一歩ズレて状況を確認した。

 

 トロワ先輩の右手が伸びて、ブリュネルさんの左手と押し合っていた。

 平手を飛ばして防がれたのだと、やっと分かった。

 先輩の顔は、見えないままだったけれど。


「貴様、何をしている?この狼藉が如何なる意味を持つか、何ら予見出来ないのか?頭が付いていないのか?」

「貴種の癖にのぼせ上がって礼を失した勘違い男に、お灸を据えるだけよ」

「当方の発言に、何か誤りが?」

「取り返しのつかない人の過ちを、物笑いにしようとしたでしょう」

「皮肉も通じんとは。ユーモアには高い教養と感性、歴史への正しい理解、精神的余裕が必要だと聞くが、イーポンで暮らす内に失ってしまったか?何某とやら」

「どうしても嘲笑いたいなら、それはあなたの自由。けれどやるなら、通じる言語で堂々とやって頂戴。それを笑うあなたの醜さがちゃんと見えなければ、面白さも半減でしょう?内輪笑いなんて、ジョークの中でも最低だわ」

「聞き取れぬ側に落ち度がある。フランカ語すら解せぬ能力不足を棚上げとは、本当に、間違った価値観、審美眼に浸り過ぎたな、同朋よ。下種に感化されるのは結構。だが良識ある人々に、累を及ぼすからず。分かっていると思うが、当方にも、だ」


 翻訳ソフトがやっと立ち上がった。

 「同郷のよしみだ。今回は見逃してやる」、

 彼女の手首を掴んだブリュネルさんは、力づくで離して、気をつけの姿勢を取らせるように身体の横に押しつける。


「興が削がれた。もう何も降りては来ないだろう。行くぞ。この者達と同じ空気を吸っていたくもない」


 侍女の一人が後ろからコートを羽織らせ、別の侍女がウェットティッシュのような物を差し出し、彼はそれで念入りに手を拭いながら、出口へと悠々歩く。

 

 その間先輩は、爪一つ動かさなかった。

 俺は最後まで、その顔を覗く気にはなれなかった。




 結局、下見の時間はそこそこ削られたし、大会運営やフランカの代表団に持ち時間オーバーについて抗議しても、当たり障りのない返答が戻るだけだった。


 何より、いっつも胸を張って立っているトロワ先輩が、


 それから暫く萎んだように、力が抜けたままだった。

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