361.人間、化け物、汚染物質 part2
「そんな場所に、ローマンが呼ばれやがった…!」
極東の漏魔症罹患者が、噓くさい肩書でプッシュされている。
インターネットを通じて、彼らの耳目に入り、口の端に上るくらい大々的に。
不自然だ。
あんな連中を好き好んで担ぐ、そんな奴は地球に居ない。
宇宙人でもどうだか怪しい。
何らかの思惑が、裏の狙いがある。
「それも糞生臭坊主共まで引っ張り出して、宝物みてえに大事に、王様みてえに持て成して!調子コくに任せてやがる!それがどういう事か分かるか!分からねえのか!」
「アアアアア!イダ、イダアアア!はなしっ、はなしてボスっ!はなしてえええ!」
「分かるか!聞いてるんだ!」
「アイアアアアア!?アイイアアアアア!?」
「分からねえか!そんな事も!分からねえか!うんともスンとも言えねえか!」
アイアンクローで青年を持ち上げ、握力を徐々に上げていくボス。
その様は皮肉にも、彼らが属するコミュニティが見下す極東地域、そこに残る物語の一幕、頭に嵌まった輪を締め付けられる事で、罰せられる猿に似ていた。
「頭の悪い我が子の代わりに、分かってる俺が教えてやるよ!
まずここに来れば、ローマンでも優遇されると聞いて、国中から寄って来やがる!ただでさえ潜行で使い捨てられる在庫として、ドブネズミみてえにウヨウヨいやがるってのに、それが更に増えるんだ!増えるんだよ!イヤだろ!イヤだろう!なあ!俺達ディーパーに加えてローマン!鼻つまみ者の密度が余計に濃くなるんだぞ!?イヤになるのは俺だけか!?」
「アアアイイアアアアアアーッ!!」
「もし今!都市一つ消し飛ばすくらいの!ドデカい魔法なり爆弾なりがこさえられて!奴らの手先が街でわざとトラブって!内戦の機運を高めてみろ!どうなると思う!」
「ボオオオオ、ボォスウウウウウ!!」
「どうなると思う!!」
「ウアアアアアアアアー!!」
「焼かれるぞ」
厄介者の掃き溜めを、「問題解決」の口実で。
「焼尽。焼却。絶滅。全員死ぬ。『人間様に逆らった罪』でだ」
ローマンがここに誘い込まれ、しかも青年の話で、手厚く保護されているのを知って、ボスはほぼ確信した。
この街は、ゴミ箱になった。
“人間”達が捨てたい物は、全部ここに放り込まれる。
「ゴミは捨てられた後どうなる!?アア!?教えた筈だぜそんな常識!どっかのノロマが持ってって、集められ焼かれて灰にされて!ボケ共の足の下で踏み固められる!世界が終わるまで踏みつけにされる!」
「ぐへぇアっ!」
彼は青年を背中から、力任せに路面に叩きつけ、その胸を丸太のような脚で踏み躙る。
「ボ、ボス…」
周りで見ていた子分達が、不安げに口を開く。
「ほ、ほんとうかい…?ほんとうにみんな、死んじまうのかい…?焼かれちまうのかい…?」
「ああそうだ!そうだとも!それ以外にあるか!あるなら言ってみろ!この国がきったねえイエローを、ローマンをそこまでチヤホヤする理由が、他に考えられねえだろうが!」
「いや、そんな、大それた、間違いじゃ……」
「間違いぃ!?俺が間違ってるってぇ!?お前達の父親たる俺がぁ!?じゃあ正解はなんだ!言えるか!俺は正解が言えるぞ!お前はどうだ!」
「そ、そりゃあ、えっと………」
「考えてから物言えクソアホ!どっちのオツムが上等だと思ってんだ!お前は何も言えねえ!言えねえって事は間違ってんだよ!ここに出された答えは一つだけだ!だろ!?ここに一つしか!ひーとーつーしーかーなーい!」
社会の垢は、一網打尽にするのが楽だ。だから一箇所に集めた方が良いと、この街を変えてしまった連中のやりそうな事だ。
「奴ら、俺達を皆殺しにする、その目途が立ったんだ!だからローマンを囃し立てて、この街で厚遇してやがるんだ!そうでも考えなきゃ、得体の知れない連中が出張って来るくらい、物々しい警護なんて、あんな害悪生物につく筈がねえだろうが!」
「ローマンに……そうだよ!なんかヤバい事したがってるんじゃなけりゃ、ローマンなんか守るわきゃないんだ!」
「そ、そっか……?そっか…!そうだな…!そうだ!」
「俺達もローマンも、ここで死ねって言いてえのか!」
「ボ、ボス!それはさあ!」
「ああ!」
「それはさあ!」
「ああ!」
「おれ、それはさあ!」
「なんだ!」
「許せねえ!おれ、許せねえよそれ!」
「そうだよ!俺達毎日毎日ガキの小遣いでブサイクなモンスターとヤってんのによ!」
「イヤになってストレス発散しようとしたらホーリツがどーだとか言われて、だから気を遣って引っ掛からないように工夫してやってんのに、ポリ公共は悪い事してるみてえに俺達を責めて来やがる!」
「挙句に燃えるゴミ扱いかよお!焼かれるってのかよ!」
「お、俺達がいなきゃ、誰がモンスターを殺るんだよ!誰がこの国のヘーワを守ってやってると思ってんだよ!」
「イライラしてきたあー!イライラあー!」
「ボス!俺達そんなの嫌だぜ!」
「でも何も出来ねえだろ!どうすんだよ!州兵になんか勝てっこないし、ここ以外で俺達は生きられねえよ!」
「落ち着け、お前ら」
口々に沸騰する男達を前に、ボスは懐から愛用の得物を取り出して、旗印のように翳して黙らせる。
50口径のリボルバー。拳銃としては破格のエネルギー、それが発射する暴力の気配だけで、圧迫鎮火する。
「奴らは、準備中だ、今は。言ってる意味が分かるか?」
「まだ準備が終わってねえ!」
「まだ動けねえ!」
「そうだ!しかも今、呼び寄せたディーパー同士を戦わせる見世物をやろうって、クライニー共まで慌ただしくしてやがる!警備が厚くなったように見えるが、逆だ!多く広くリスクがあるから、あっちこっち手を届かせなきゃいけねえから、人員を増やさねえといけねえんだ!」
同時多発的に問題が起きれば、局所的にでも人手が足りない場所が作れる。
そして、クリスティアという国とって、被害を出してはいけない者達が、山盛りで集まっている。
他国民、来賓、救世教の有力者。
「奴らの準備が整うまで、待ってやる理由があるかあ!?」
「ねえよ!」
「そんなのねえよ!」
「俺の子に相応しいのは、肝っ玉を持ってるヤツだ!肝っ玉があんなら、どうする!?」
「先に殴っちまえ!」
「俺達は充分待っただろ!」
「やっちまおーぜ!」
「度胸だ!度胸だぜ!」
血管内で徐々に揮発し、心臓一杯に満ちていた怨嗟が、とうとう点火した。
死を前にしていると、そう考えた彼らは、自由を取り戻すべく立ち上がる。
それは畢竟、チンピラ集団の暴力沙汰だが、
もしかしたらロマンティストが、後にこう呼んでくれるかもしれない。
“革命”、と。




