360.この時期に空を見てたら、なんとなく不安になることってあるよね part2
「じゃあ追いつめんのって誰だ?俺らか?」
「バッカ主人公様だよ。俺らとは真反対の見た目した連中だ」
「それこそよおー、最近は俺達でもやれるんだぜえー?白肌黄肌連中のやらかしを、俺達がぶん殴って止めるパターンよおー、増えたよなあー」
「たしかに、やれんのか、やっていいのか」
「だろ?だよな?こーゆーのはやるって決めた奴が主人公だよな?やらなきゃだよな?」
「そうだそーだ!ボスに言わねえと!俺達ゾンビ殺さなきゃって!」
「ボスに何度も言われただろうが。殺すのは科学者共にバレねえようにだよ」
「っつーかボスどこ行った?」
「イエローゾンビが海を渡ってやって来たらしいから、そいつ喰いに行ってる、ってさっき言っただろ」
「イエロー?どっから?」
「知らねえよ。イエローつってんだから、どうせオウファか半島のクソ共だろ」
「なんか最近ネットでよく見る奴だよおー。からっぽなヤツらがからっぽな言葉で持ち上げるから、イライライライラ……」
「ほら吸えって!吸え吸え!直れ!」
「しかもあれ、ローマンだろ?今セケン様はローマンをダンジョンに放り込んで、猛獣ショーやるのがブームらしいぜ」
「うおっ、アクシュミっ!ジョーシキある奴なら、ローマン見ただけでクソな気分になんだろ。人のクソ見てマスかく変態と変わんねえな。流石ゾンビ共だぜ。腐った物が大好き!」
「そのうち死体とファックし始めるかもね」
「っんとによ。イエローでローマンとかいうゴア画像がXnetにクソ流れてくんだぜ?俺のタイムラインは便所じゃねえんだよふざけやがって」
「ああああー…!しぼり取るとか言わず、ボスがあのイエロー殺してくれねえかなあー?そうしたらイライラしなくて済むのになあー……」
「おい、カエルはまだ帰って来ないのか?」
彼らが屯している、年季の入った集合住宅の入り口。頭頂から後頭部、首の後ろから服の下までタトゥーが入ったサングラスの男が、そこからのそりと現れた。
分厚い毛皮のコートや巨体が、冬眠から醒めた熊を思わせる。
「あれ!ボス、帰って来てたんですか?」
「さっきここを通っただろ寝惚けナマコ共」
「そうでしたっけ?」
「テメエに至っては俺に同行してただろうが」
「わか、わっかんな!わっかんなかった!クヒッ!クヒヒヒッ!」
「真っ昼間からラリってやがんなあ、このナマコ野郎……」
溜息を吐いて切り替えてから、改めて用件に入る。
「“脳害”に遣いを頼んだんだが、まだ来てないかって聞いてるんだけどよお…?」
「あー、あいつですか?まだですね」
「たぶん」
「俺ら、ボスと話した事も忘れちまったからなあー」
「クヒャヒャヒャヒャ!」
「ふうん」
ボスと呼ばれた男は、最もハイになっている一人の頭を片手で掴み、
「じゃ、思い出してくれるか?俺の為に」
アパートの壁に叩きつけた。
「おごぉーっ!」
「どうだ?目ぇ覚めたか?思い出せそうか?」
「ぼ、ボス」
赤いスタンプを押すように再度ぶつける。
「おぼぉーっ!」
「どうだ?目ぇ覚めたか?思い出せそうか?」
「ボス、まっ」
また一度。
「ぼごぉーっ!」
「どうだ?目ぇ覚めたか?思い出せそうか?」
「わ、わかん」
もう一度。
「も゛ぼぉーっ!」
「どうだ?目ぇ覚めたか?思い出せそうか?」
「悪かったボス!覚えてな」
またもう一度——
「ぼ、ボス!ボス!ボスぼすボス!」
そこに、比較的若い青年が、息を切らして駆け込んで来た。
彼の目は、怯えていた。
「……よお。会いたかったぜ?愛しい子」
ボスは青年に顔を向けながら、手の中の男を離してやる。
本当に、一瞥もせず、手を離しただけなので、男は受け身も取れずに崩れ倒れた。
「退屈しのぎに、こいつらと遊んでた所よ。お前の話をしてたんだぜ?で?奴の寝床は何処か分かったか?」
「ぼ、ボス、だめ、だめだ、ああああいつは、ダメだよ……!」
待ちぼうけが終わり、機嫌が直りそうだと息を吐く暇無く、ピアノ線のように場が張り詰めた。
「ダメ、って?ダメってのはなんだよお……?」
「あ、あいつの周り、変なんだ…!おおかしいんだよ…!」
「おかしいのは知ってんだよな。百も承知だよ。あんなのが担がれるなんて、まともな人間が少なくなっちまった証拠だぜ?悲しいな?バカとザコが力を持つと、つくづく碌な事にならねえ。お前もそう思うだろ?」
「そ、そうじゃあねえんだあ!あ、お、あ、あの女……!ぼ、ボスが言ってたヤツ…!あいつと入った、あの、クソジジイの酒場が、いつもと、様子ちが、違くて…!」
「おいおい口から垂れる前に考えてから喋れよ。なんにも分かんねえぞ。親に話してんだから、人の言葉で喋れよ、無頭のカエルがよ」
「ひとがあ!人が、き、消えたんだ…!いや、も、戻って来たんだけど、でも!でもおかしいんだよ…!なんか、とにかく、あそこにずっと居たら、おおおかしく、なりそうで…!」
「おかしく?おかしくなる……?」
ボスは階段状に設けられた通路を降り、青年の顔を下から掴んで持ち上げ、股間に左手を食い込ませる。
「う、ア…!ぼ、ぼす…!」
「タマ、いらねえか?テメエ、そんななら、ツイてんの勿体ねえよなあ?頭どころかこっちのボールまでお飾りか?腰抜けがよおっ!オイ!空っぽなら潰すか!」
「ぼす…っ!ほ、んとうに…!」
「本当に、おかしくなりそうだなあ?いや、もうなってんな、こいつは。お前はおかしくなってんだよ。何をやられたか知らねえが、白肌共にのほほんと化かされやがって」
ギリギリと、左手の肉に入った力が増すのが、音で分かる。
「消えた、だあ?魔法を使われたのか、一発芸でも見せて貰ったのか知らねえけどなあ!?俺達の家族の一員の筈のお前は、そんな分かりやすい異常を見ながら、『おかしい』って猿でも分かる事以外、何も持ち帰って来なかったって事かよぉ!?オイ!
奴らが怖くて逃げるってのは、俺達の家が焼き払われるのを、指をしゃぶって見てるのと一緒だぜ!?わかってんのかそこン所をよお!」
「そ、そんなん、じゃ…ッ!」
「何で分かんねえんだ!俺達の領分がケツの穴みてえに犯されてんだよ!俺達家族の危機だ!俺達は潰されそうになってんだ!何で分かってくれねえんだ!
それとも忘れたか?忘れちまったか!?忘れたのか大事な事を!俺達の核を!ここン所に何が詰まってんのかを!」
左手の人差し指が、今度は刺し貫くように青年の左胸を打つ。
「俺達の街ルデトロワは、すっかり変わっちまった!変えられちまった!奴らに“漂白”されちまったんだ!そうだろ!」




