360.この時期に空を見てたら、なんとなく不安になることってあるよね part1
「うん?どうしたの?」
燦燦と猛威を振るう陽光が、気候を蹴倒して陣取っている波止場。
寂しくくすんだ砂浜から離れ、蒼く沈んだ海面で、手漕ぎボートが波に揺られる。
「そっか、奴らが手を回してたか」
その上に寝転び空を見上げて、サングラス越しに太陽を見る女。
金色ビキニに焼けた肌、起伏の激しい肢体。
「うん、おかしな話だね。特にあのトリガーハッピーは、絶対に諍いを望んだと思うんだけど」
ハンズフリーイヤホンを使い、誰かと通話をしているようだ。
「何か、思いついたのかな?彼女を手に入れる方法を」
相手が語るは調査結果。
何故それが守られるに至ったか。
「だとしたらますます、破壊しなくちゃいけなくなったね」
背後に仇敵の影有りと聞いて、決断は至極当然に速い。
「彼らに渡ってしまう前に」
遥か東の空に、思いを馳せる。
彼らの縄張りであるが故、おいそれと足を踏み入れられない。
諸々の防壁の外に出たら、今度は僧侶や騎士による護衛。
いつぞや相手がやったような、暗殺者達のバーゲンセールは、成果が期待出来そうになかった。
「ううん?手は出すよ?静観なんて絶対にヤだもん」
だが、とある好条件がある。
この地には無くて、彼の地にはあるもの。
或いは、逆に言えるかもしれない。
この地にある障害が、彼の地ではある程度無くなるとも。
「結構ドカンとやれるんだし、やっとこうよ。やるだけソン無いし」
通話の相手は疑問を呈する。
彼の国への侵入方法と、“彼女”の機嫌を損ねる恐れについて。
「ダイジョブダイジョブ」
そしてそんな事は、言われるまでもなく分かっている。
「良い手があるんだ。とっときのやつ」
全て踏まえた上で、トライするだけの価値がある勝負だと、彼女はそう言い切るのだ。
「その為に、彼を選んだんだから」
明るく青い空は、彼女が見上げる先だけにしかない。
少し離れると、薄く寒々しい雲ばかり。
動植物の休眠の季節、それがもうどんよりと、大気を塞ごうとしていた。
「木枯らし」。
文字通り枯らし、命を散らす“気”。
「それが過ぎた後に静かになる」という意味では、実は親和性が高い。
己と真逆にも思えるその風を受けて、そんな事を考えた彼女は、自らの思い付きを鼻から吹き捨てた。
これから死ぬのが一人か、沢山か。
「願っておこうかな?あの子が賢い選択をしてくれる、って」
偶々そこに棲息していただけの、多くの生命種の為にも。
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『北部で季節外れの積乱雲や、それに伴った竜巻が頻発しており、政府から一部地域に注意報が発令されています。この異常気象は地球温暖化の影響と見られており——』
「聞いたかよおー?まーた“オンダンカ”だってよおー?」
ルデトロワ南部。
貧困層が詰め込まれるように生きる住宅街。
やや東寄りの区域にて。
通りに座り込みバケット入りフライドチキンをシェアしながら、舌で脂を舐め取った指で、スマホを操作し天気予報を見ていた一人が、口を尖らせ真面目腐ったアナウンサーを揶揄する。
「俺知ってんだぜえー?あれってよおー、カンキョーモンダイってのはさあー、エコだとかSDGだとかにかこつけて、ビジネスでボロく儲けるための嘘だってさあー」
「なんで暑くなってるって言うだけで、儲けられるんだ?エアコン売ってる奴らなのか?」
「違えーよおー。南極が溶けて無くなったりだとか、地球が変わっちまうだとか、そーゆーこと言われたらよおー、怖くなるだろおー?それを止めるから金をくれ、っつえば、バカがジャブジャブ払ってくれるのよおー。世のため人のため、地球のため、つってなあー」
「ああ、あああー!そゆことか!頭良いなお前!」
「南極だっけか?あん?どっちがどっちだ?まあどっちでもいっか」
「俺が頭良いんじゃねーよおー。聞いただけなんだぜえー?全部、国が仕掛けた猿芝居だってさあー」
「聞いたの?聞いたんだ?誰に聞いた?」
「そりゃお前、鳥と草花に、だよおー。自然の事は自然に聞くのがイッチバあーン!」
「草?鳥がしゃべるってのはよく聞くから知ってっけど、草とか花とかがしゃべんのかよ?」
「しゃべるしゃべるうー!ほら、今も話してる。雑草って強いからなあー。こんな町中でも聞こえるんだよなあー。どこだろう?お前、分からないか?どこにいるか、見つけられないか?」
「知らねえよンなこと!お前が聞こえてんだから、お前が探せよ!」
「あー、聞こえる。聞こえるけど、ちっちぇえ。ボソボソしてんじゃねえーよ。はっきりしゃべれよおー。何話してんのかなあー。きっと俺の悪口言ってんだろおーなあー。あー、あああ゛あ゛あ゛!イライラしてきたあー!イライライライラあー!」
「落ち着けよバカ。ホラ、ホラこれ」
頭をガリガリ引っ掻き始めた彼に、別の一人が錠剤一つと、紙で作った小さな筒を差し出す。
「吸って忘れろ、そんな声。おい」
「オンシツナントカガスとか、どっから出てるってんだよ!クソ!使われたコアは息してニサンカタンソ吐くってか!?なんでモンスターの死骸使ったらンな事になんだよ!死んでんだよ!息するわけねーだろーが死んだモンスターがよ!間違ってるって気付くだろフツー!バレねえと思ってんのか!黒色野郎は全員ガッコー行ってないからバカだってか!?ナメやがって!ゴセンゾが殺しまくったから金持ちだったブンザイでよッ!なんでエラくなった顔してイキってんだよ!エラくねえんだよクソァッ!」
「国もカンキョーカツドーカもバカだけど、今のお前はそれ以上にパーになっちまってるよ!薬で治せバカ!」
落ち着きなく貧乏ゆすりをしていた男は、それらを受け取って錠剤をカードで砕いてから、ストローを使って鼻から吸い上げた。
「す゛ぅぅウウゥうぅうううう……!おあワー……!」
「よしよし治ったかい?落ち着いたかい?」
「ぉおん、クールだあー。俺は今、最高にクールだあー」
「よし戻った。大丈夫だな」
「こんなに効き目が良い薬なのに、お医者共は大ゲガ人か金持ちにしか出してくれねーの、ケチ臭いよな」
「書類作らせんのも安くねーし、薬局回るのメンドくせーし、最悪だよなあ?」
「あいつらもホラ、金持ち側だからよ。俺達ビンボー人に楽しみを分けてやる気は無いって事だろ」
「お、俺聞いた事あるぜ?イゾンだかオゾンだかがどうって。だから危ないって」
「ばーかだねー!それこそ奴らに操られてんだろ!本当にコイツが、南聖でカルテルが捌いてるみてえなヤベーブツなら、そもそも国がお医者に配る事許可しねえだろ!何かと理由付けて、自分達だけで独り占めしてるだけだばーか!」
「こうやって吸うのがいちばんキクのによおー。いちばんクルのによおー。吸引器とか配らねえーのがその証拠さあー」
「お、復活かい?修理終わったかい?完全復活かい?」
「クスリの効果がいちばん出る飲み方をよおー、なあーんで医者が広めねえーんだよおー!」
「おーおー本当だよな!そうだよその通りなんだよ!通りをクソ真面目な顔して歩いてる奴らは、みんなガッコーで要らない事とか嘘とか頭に詰め込まれて、そーゆー肝心なこと考えられなくなってんだよ!バカだぜバカ!っつーかゾンビ!悪の科学者の言いなりになってるゾンビ!」
「じゃあなんで科学者はゾンビに食われてくれねえんだ?」
「確かに、悪の科学者ってゾンビ使ったらゾンビに食われるよな?」
「まだそこまで話が行ってないんだろ?」
「そうだよ、先に追いつめられて、クソつよ改造ゾンビを出さねえと」
「おい!今ゾンビの話するかー?フツー」
前歯で骨から身を刮いでいた一人が、手に持ったそれを投げ捨ててウッと口を押さえる。
「今更そんな繊細な奴がいるかい!ディーパーのクセに!」、ケラケラと笑いながらオレンジジュースを啜り上げる女。




