359.その舞台裏では…?
テーブル席に座った男。
生気が抜けたように、光が宿らぬ目。
硬そうな髭に囲まれた口も、今はだらしなく半開きである。
「どうしたどうした。酔っぱらっちまったか?」
ほとんど必要の無い儀式だが、それでも一応段階は踏む。
「どれ、おい、立てるか?しっかり歩けよ?」
他の席から様子を見に来た客が近寄り、両側から二人掛かりで肩を持ち上げ、男の足を引き摺りながらも店の奥に連れて行く。
他の客も一人、また一人と席を立ち、店内が少しだけ慌ただしくなった。
「なかなかたのしそーだったじゃあん。あんがいぃ、なかよくなれるんじゃないのぉお?」
カウンター席に座った泥酔状態の美女が、一つの空席を挟んだ隣、ノッポのマジシャンに絡み酒をする。
「さて、どうでしょうか。僕は飽くまで、国の決定に従うのみですから」
ショットグラスを呷った彼は、どこを見るでもなく、窓の外を眺めていた。
「どうだかあ?」
「御懸念でも?」
「さっきのあいつ、うんがいいな~っておもってにぇ~!」
「彼の実力は、今や誰もが知る所です。運が向いたのだとしても、それを逃さぬ力が」
「そうじゃないそうじゃにゃい!そっちのヤツじゃなくって」
彼女は突っ伏しながらも、店の窓際、今は空席となっているテーブルを目だけで振り返り、
「あいつ、あともう少し戦意が残ってたら、魔力使ってたにぇ」
相手を突っつくような声音で、そう言い切る。
「そうかもしれませんね」
「そうだよ。アタイ達の事、あぁんな熱烈に見てて、しかも度を超えた臆病だったから、あのマジックショーが変だって勘付いてやがってにゃ~!あんたがそれに気付かないわけないなぁい」
「さて、そうだとしても、僕がやる事は変わりません。ショーを遂行するのみです」
「でも、きけんブンシをこっそりしまつしてくぅ~って話じゃななかったぁ?あんなに圧かけて、逃げられちゃだめだよにぇ~?もう少しで、攻撃のコウジツができそうだったってのにぃい~」
「功を焦ってしまいました。相手をコントロールする為に、手綱を握りに行ったのですが、少々力づくに過ぎたようです」
「あんたが、力を、いれすぎたぁ~?ニハハハハ!ナイスじょーく!」
奇術師は風に逆らう事なく煽られ、決して不可解な揺れを見せなかった。
申し開きの要も、後ろめたい感も、一切持っていないように見えた。
「そんな事より僕は、ショーの開催それ自体に驚いています」
「んぇぁぇ~?」
彼女は身体を起こした、と思ったら今度はカウンターを背凭れにして、天井を見上げながら脱力した。
「僕と、あなた。条件付きとは言え、能力使用の承認が、国連から下りるとは。まるで大きな勢力が、横車を後押ししたかのように」
「例えば、彼の保護を決めた、世界宗教ですとか」
焦点も合わせず、ただ景色に没入しながら、彼は彼女に分かり切った事を訊ねる。
「とーぜん、ウチのプロデューーース」
彼女もまた、あっさり関与を、それどころか主導を認める。
「てっきりあなたの国は、プランβの再発動を狙っているものかと」
「そっちにハケンにぃぎらせたままなのが、イヤ~んなピト達もいるんだよにぇ~。“う゛ぁるきゅりや”って杭を叩いたらぁ、今度は親聖と反聖でファイッ!ってなっちゃってさぁ~!」
「その隙に、あなた方が権威とディーパーの武をちらつかせ、彼の保護へと舵を押し切った、と」
クリスティアと同じく脱ディーパーを掲げている、ように見える東洋の大国。
だが世界最大面積を誇る彼らの国政からは、聖国と比べると潜行者の影響力は抜けきっていない。
20世紀末に旧ナロド連邦が崩壊した時、帝政復古を謳った勢力が救世教会と手を組み、一大派閥を築いた。
彼らは皇族、貴族、そして有力宗教家であり、つまりディーパー勢力の総本山だったのだ。
国際同連安全保障理事会、略称UNSCの補助機関、WDAこと世界潜行協会。そこに深く食い込んでいるのも特徴と言える。
ディーパーを旧時代の遺物にしようというAS計画。それに懐疑的であったり、不都合を覚える者達も、政治や経済の世界で一定以上の発言力を持つ国。
だからこそパワーゲームの加減によっては、「この前殺しに掛かっていた相手を、護る側に回ってしまう」、という卓袱台返しが起こる事もある。
「国家」と一言で称していても、それは無数の意思のせめぎ合いなのだ。
「つぅかぁ、そっちぃこそどおなぁん?プランぶぅらーぼぁって、考えたのはあんたらじゃぁん」
「ええ。彼にこれ以上、名を売られてしまうのは困ります。認めましょう」
が、
「彼が残るにしろ姿を消すにしろ、国家はその後までを見据えなければなりません」
「あぁ~……!」
得心がいったような声を上げる彼女。
「丹本から、何かいわれたぁ?」
「先日の10ヵ国首脳会談で、大々的に」
「あずけたこどもたちをぉ、きずつけるようなことするなってぇ?」
「警備計画から本戦会場における導線まで、未来の担い手の皆さんを預けるリスクと対策について、事細かに聞かれたそうです。我が国の代表は、威信に懸けて彼らの安全を確保すると言い切りました。何か不備があれば、牙城を崩す一穴になりかねません」
「丹本に、あんた達を追い詰めるちから、あるかにぇ?」
「どの国の子どもに危害が加えられたとしても、少なくとも会談に立ち会った国々は、こちらに集中攻撃を仕掛けるでしょう。国際社会では、優位を取れるに越した事はありません。それが相手から出してくれた尻尾なら、遠慮なく鷲掴むでしょう?特に、あなたの故国は」
「まぁ~、そちらさんとはぃいっつもギスって、仲良くなれないからにぇい」
ディーパーとの共存社会から、AS計画後の完全民主主義へ。
その移行を他に先駆ける事で、世界最強の地位を保つ。
他国にはAS計画の恩恵を、一方的に売り付ける事で、味方にしつつ“下”に引き込む。
時代に取り残されないように、渋々帯同している国がほとんどだ。
足を引っ張り足並みを横に揃えさせる事が出来る、その機会を虎視眈々と窺っている。
今クリスティアの沽券に隙を開けるのは、宜しくない。
「覇権」とは最高の国防だ。戦わずして多くを守れる。
だがその玉座にしがみつくには、時代と共に変化を、否、変化の時代を自ら先導する必要がある。
「プランβは飽くまでも『保留』です。それが再始動するのは、いつどこであってもおかしくはありません。ただし、それがこの国であってはならない」
あの少年への有事は、クリスティアの中でだけは、起こってはいけない。
少なくとも大会期間中は、彼に一切の危機を近づけてはならない。
それこそ、この男が実戦に出て来た事実は、相当な本気度を表している。
「ほんんとかにゃ?」
「何が、でしょうか?」
「あんたがノコノコでてくんのを、かんたんにみとめる国じゃないでしょお~?」
本名も素顔も非公開とされている彼は、その情報が割れるリスクを冒してまで、ここに来た。
「ラミア・ムムムが、そんなにきになっちゃぁあ?」
「どうでしょうか」
「さっき、ししょぉうヅラしてたぁのは、あれはにゃにぃ?」
「ちょっとした興味、それだけですよ」
男は席を立ち、くるりと四半回転。
女に背を向けバックヤードに歩いて行く。
その先に待つのは、ロイヤルブルーのスクラブ姿の数人。
内一人は、袖を通さず見せびらかすかのように白衣を羽織っている。
「おい、“確孤止爾”」
彼女は身を起こし、しっかりとした口調で問う。
「本気でやるつもりか?あんな巫山戯た未来図」
男は半ばまで顔を向けて答える。
「言うまでもない事ですよ、“全仇冬結”。僕の、僕達の、悲願ですから」
前髪が隠した事で、表情は一切読み取れなかった。
「どうだか」
彼女の呟きを聞ける者は、初老のマスターくらいしか残っていない。
さっきまで半分以上が埋まっていた店内で、
今は閑古鳥が鳴いていた。




