352.これを「優しさ」と呼ぶ勇気
「………」
「お疲れ様です、ススムくん」
「それはどうも」
労ってくれるのは有難い。うん、素直に、ありがとう。
んで、
「それ何?」
「どれです?」
「その無意味に刺激の強い格好の話に決まってんだろ」
「応援者の正装ですよ?」
「良いように言いやがる」
はい、今回はチアガールです。
ヘッドバンドで上側のボリュームが増して見える白髪。短髪に見えて、後ろはクリップで纏められている。それでどうにかなる長さじゃなかっただろとも思うが、何でもアリなこいつには今更か。
前腕を覆う白グローブが金のボンボンを掴む。
黄色を基調とした服と合わせて、カンナには珍しいくらい明るく活発な色合い。
トップスはギチギチはち切れそうな上に覆い切れてなくて、横から若干胸が溢れ落ちそうになってるし、ヘソ出してるし、スカートが短いのに見せる為の下着を穿いてるようには見えないし、動きやすさ重視にも限度ってもんがある。
白いロングブーツは相変わらずヒールだ。いやそれだとパフォーマンスする時に危ないだろ色々と。
いや、もう実用性の面だけじゃなくて、デザイン面においても色んな意味で危ない。関係各所から怒られろ。チアガールはそんなに過激じゃねえよ。せめてアンダースコート的な物を着けろ。パンツみたいなのを見せてんじゃねえ。こっちが気まずくなるだろうが。和邇さんボタン16連打すんぞ。
「ススムくんは、スパッツの方がお好みですか?」
「思春期男子を追い詰めんなって言ってんの!分からん?そんな難しい話してる?」
「しかし、足の可動域が自由な方が、見ていて楽しいですよ?」
彼女はそこでいきなり、右脚で弧を描き直上に向けて立て、腕でそれを中心軸に引き寄せる。
2本の脚が1本のポールになったようなそれは、非生物的にすら見える形状で魅せるI字バランスだ。
その脚を下ろす動きを止めずに後ろに上げ、今度は背中にぴったり付くように伸ばして、更に前傾すると共に揚げ足を捻って頭の後ろに、どころか爪先を前に向け肩より先に出してしまう。
と、ヨガもびっくりな超人的柔らかポーズを次々と披露するカンナ。
骨どうなってんの?と言うか、こいつの骨ってまずなんなのか分からんか。
「ほら、こういう事も出来ます」
「ナメクジ人間の可動域なんだよ。普通は出来ないし出来たら足が捻じ切れるわ!ってかスパッツがあるとかないとか関係ないだろそれ」
「確かにそうですが、逆に着用する意味もありませんよね?」
「うるせえ嫁入り前の娘がみだりに足上げたり肌見せたりしてんじゃねえ」
「いつの時代の人間ですかあなたは」
凄い。
ここまで来ると、ちゃんと諦めが真っ先に来るんだな。
すっげー目のやり場に困るし、一切直視出来ないのに、なんか普通に会話出来てしまっている。
もう色仕掛けをモロに喰らって、頭がアツアツになってる状態で受け答えするシチュエーションに、俺の口が慣れてしまっているらしい。どもりも噛みもせずにビシバシ言いたい事が言えている。
1、2年くらい前の俺なら、喉が閉まって声が出せなくなってただろう。
やってる事が凄い通り越してキモいってレベルでイッちゃってるから、そっちに頭が向いてしまってるというのもあるけど、それにしても凄い進歩だ。
人間の適応能力、その底力を見た気がした。こんな形で実感したくはなかったけど「それですよ、ススムくん」
「わっ、急に思考に割り込まんでくれよ。何考えてたか分かんなくなったじゃん。それってどれ?」
「適応、耐性、それが本日の主題です」
「えー………」
何かに慣れろ、って事?
「ええ。あなたはまだ、人間相手に充分に揉まれていないようです」
「そ、そうか?最近は大会でそういう経験値モリモリ積んでるけど?」
「その実態は、向かい手にとって前例の無いやり方を使って、有利を取っているだけ。発想によって勝利している事は認めましょう。しかし、心理や策謀、読み合いという点では、互角以下の場合が殆ど。違いますか?」
確かに、初見殺しなやり方を、その場その場でパッと考えて実行、みたいな流れが俺の必勝パターンだ。
例えば俺の表情とか態度とかから、意図を誤認させて、みたいな騙し討ちは、成功例があまりない。
「国内大会で最も苦戦した相手、天上高校との戦いにおいて、あなたは何をしましたか?」
「なにって……いつも通りに敵を探して、飛び込んで、」
「ススムくん?」
ずっと挙げられてた足が、消えたかにも見える速度で振り下ろされた。
間合いの中には、バツが悪そうにモジモジしてた犠牲者が一人。
襲ったのは断撃の痛みではなく、むっちりと病的に詰まった脱力感。
膕で左肩を掴まれ、脹脛と太ももで体を挟まれ捕まえられた。
「分かって、いるでしょう…?」
「あ、う、か、かん……」
「誤魔化さず、もう一度、自分の口で、はっきり答えなさい?あなたは、何をしましたか?」
「じょ、情報漏洩と……」
「もっとはっきり。抽象化された用語に逃げず、詳しく具体的に」
「………女の子に釣られて、自分の手の内を、晒しました……」
腕を前から抜こうと、背中を後ろに離そうとして、麗質を発する泥のような肉を、押し退けようと右手をめり込ませる。
だけど、掛けた力は指先を凹ませただけで、全体に吸い取られ呑まれてしまって、形状変化に受け止められて動かせなくなる。
「それだけ、ですか?他に、何一つも、懺悔の要は、ありませんか?」
「……戦ってる最中に……お、音楽、聞き惚れて……」
鏡面のような灰色の向こうにある、巨体を支える強い骨。そこに着く前に、押し返される。
ギチギチと左半身がプレスされる中、抵抗する為に彼女を押すほど、抵抗意識がジュクジュク腐敗していく。
表面がツルツルした、御影石の低反発枕を揉んでるみたいに、止め時が分からなくなってしまう。
「そうして?」
「……余計な頭の、使い方して……、負けました……」
「よくできました」
ぐにゃり。
プリン状の極楽。
自分がその一部になって、溶け出したように感じた。
挟む力が消えて解放され、今感じたのが錯覚である事を確認しようとして、
左胸をまさぐろうとした右手が、繰り返し触れ損ねて空気を掻く。
「くぁ…!あ゛…っ!」
苦しい。
息が…!
体が熱を失い、胸から指先まで麻痺が進行する。
「心臓と、肺を半分、その他にも骨や臓器を各種」
左に倒れる自重を支えようと手を出して……
「頂きました」
出せない。
左手が、左胸が、無い。
「と、このように、快楽を背景にすれば、あなたから簡単に、欲しい物を引き出せます」
「簡単に、戦う意思すら、奪えます」、
彼女はそう言って、髪を掻き上げて左耳を、そこに下がった耳飾りを出す。
そこに映った俺を指で撫でると、すっかり元通りの姿が現れ、
「ぷはぁ…ッ!ハァー…ッ!ゼェー…ッ!はぁー……!」
俺は自分のパーツを取り戻した。
「ススムくんは、実の所やり方さえ知っていれば、倒し易いのですよ。淫戯つけばいいだけですから」
「ズルいって……!今のは、カンナだったからぁ……!」
「はいはい。女の子相手には、みんなにそう言うんですよね?」
「違くて……!ゲホッ…!」
「あなたが抗う意思すら失えば、肉体強化を始めとする防御は消えます。その時のあなたは、私でなくとも容易に2次元化出来るでしょうね?単なる小さな高校生に、苦戦する潜行者がこの世に在ると?」
だーかーらー!
ゴリゴリに攻撃されてるのに俺が警戒を解いちゃったのは、そもそも相手がカンナだからで………
でも、実際さっきの俺は、完全に身を任せてたのは確かで………
「あなたには、『耐える』精神はあっても、『堪える』力が足りていません。痛みや苦しみを受け切る程度には強靭でしょう。けれど、自分から発される何かを押し留める、その錠があまりにも緩い。受け流す事が出来ていないのです」
思った事を表情に出すとか、何かに気を取られて失敗するとか、それは咄嗟に湧いた小さな「こうしたい」を、我慢出来ていないということ。
「反応や欲望といった物を、あなたは操れなくてはなりません。でなければ敵にとって、絶対の脅威では居続けられないでしょう」
「また難しいこと言うなあ~……!生物の本能とか経験から来る感動とか、そういうのを制御しろっていう事だろ?そんなん無意識レベルの話だよ……」
「感じるな、と言っているわけではありませんよ?それでは何も娯しくありませんから。そうでなく、一度戦に臨む態度に切り替わったならば、表に見せる物を自由に選択できるようになれ、という事です」
同じ話じゃない?
そんなん考えるより前に動いてる領域だよ?
「これもまた感覚です。言葉が及ばない体感経験によってのみ習得出来るものです。一つ一つ、自分の体内で起こす事の出来る全てを試し、正解を見つけるしかありません」
「じゃあ、今日から暫く、俺は仮面の被り方を探し続ける、って事?」
そして失敗すれば、さっきみたいに大事な部位を持ってかれる、っと………
「人を励ます衣装を着てやる事じゃないねえ!?」
「最近頑張ってくれているススムくんへ、細やかな温情を御用意させて頂きました」
「信用出来ねえ~…!どこに情けをかけたんだよ!甚振り全開じゃねえか!」
「成功させれば、ススムくんはただ良い思いをするだけで終わりですよ?」
「その『良い思い』を素直に受け取ってたら物理的に引き裂かれるんだろうが!!」
ご褒美要素ゼロですね!知ってました!
「手法は問いませんので、頑張って下さいね?応援してます」
「よく言う…!」
白々しい定型句と一緒に、手首を捻ってボンボンを振っていた彼女だったが、
「はい」
それを両方とも高々と放った。
やけにテンション高いな……と思っていた俺だったが、目でそれを追ったせいで、彼女本体から注意を離してしまっていた事に気付く。
「そういう所、ですよ?」
「うわっ!なんだよ…っ!?」
背後からショールで両腕を縛られ、腋の下から手を通され、抱え上げられてしまった。
「体温、脈拍、震え……。掌握しなさい?どんな形でも……」
「そん……こと……言ったって……!」
「はあい、反応しないでください……?」
右手で左わき腹を、反対の手も同じように、細い指先が纏う風だけで触れるようにして、そろそろサワサワ、撫で戯れる。艶焦らす。
「に゛っ!それ…っ!はんそ、く…っ!」
「しっかりなさい?真面目にやらないと」
ズブりと猛禽のように爪を立て、一口サイズに毟り取る二手。
「ああああがあああああ!!」
「こうですよ?」
痛みに耐える為に踏ん張りたくて、だから足が地面を探して、爪先がピンと伸ばされた形で、恋しがるようにバタついている。
それが引き締まった泥濘に嵌まり、沈み込む。
体重が背中方向へ掛かり、液体の入ったクッションと思わせる触感が二つ並んで、ほどよく支えながら無限に深まっていく。
蜂蜜の中を泳いでいるかの如き抗い難さ。
彼女の上で転んだら、二度と起き上がれないかも、なんて恐れを本気で抱く。
危機感という棘が包まれ溶かされ、淡い信号で声が漏れるのを止められず、また齧り取られて死苦の香りを思い出す。
やがて丸く撓んだ双嶺に完全に挟まれると、それらは体積が増すように寄せられ、圧着して境が無くなり、谷間どころかトンネルと化す。
間に居る俺に、露の隙間も生じさせないほど密着し、ミシミシとへし折り、圧し延ばしながら。
激痛と共に、広く深い穴を落ちている時、
歯を食いしばる力すら、暗い底に吸われている時、
行き場のない焦苦が手足を力ませても、何も握れない、踏めないせいで、逃す先を得られない。
俺はどの辺に力を入れて、感応の発露を食い止めればいいのか?
こうして俺の飛行機デビューは、
酸鼻と陶酔を行ったり来たり、
浮き遊ぶ体験に塗り潰された。




