342.落ちてもただでは這い上がらない part2
降水が川を打つ事で火花が散るような撥音が生まれる。
刀身への通電と合わせて金属加工ライン上に立っているかのよう。
「この場面で前に出るって事は、政十さんマジでKじゃないんですね。お笑い大好き甲都人なのに、変な所で正直って言うか……それともそういうドッキリですか?」
「何言うとるかは聞こえへんが、『おおきに』言うとくわ、丁都者の小猿君。ワヤクソにしたるさかい、歯ぁ食い縛ってお覚悟しいや」
肌寒くなるような気候の中に、一条、恒星の如き白熱が走り、
進が跳んだ。
同時に魔力発射。
狙いは極辷。
消去法的に誰があのデータ化能力の持ち主かは露出済み。
だが雨粒を蹴散らし飛行するそれは、特に政十の目からは容易に観測可。
帯電した雲をぶつけ、電流によって起爆。雲と魔力で相殺。
その間にも進は政十の目前。
鞘に魔力を撃って抜刀を抑止しつつ右拳で頭を狙い、
腋から下、胸の右側面から肋骨に掛けてを横一文字に切り裂かれる。
体正面へのジェットで退いて理解に努める進と、
パチリと鯉口を鳴らして納刀する政十。
電磁抜刀術。
鞘と刀身に電流を流し、その磁界の方向を整えてやる事によって、両者を磁石化。
幾つかのブロックに分かれている鞘の端から電流を順次反転させ、刀を撃ち出す。
電磁加速を利用した速抜き。
政十家に伝わる奥義の一つであり、雷の出力を微調整出来る者のみが使用できる、使い手の熟練度の指標ともなる技である。
斬り付ける時に電流を浴びせる副次的ダメージも付いて来るので、生物相手には命中しただけで勝ちを決めるとすら言える横一閃。
が、
進が纏う魔力を爆破するのに電気エネルギーが費やされ、それでも胸の半ば程までしか反応装甲を剥がせなかった為、手傷を負わせるに留まってしまった。
ポイントは引けただろうが、傷自体は大した深さではない。電流も内臓には大して届いていないだろう。
更にベージュ色の魔力が切創を塞いで行く。
六本木の人形。彼女はまだ脱落していない。
そして位置が分かるのだから、今この時も間違いなく近付いている。
決定打としては不足。
故にすぐ返し手が打たれる。
進は迂回を選ぶ。
右斜めに飛び、直角に近い方向転換の後に極辷へ爆発的直進。
政十は予め置いておいた雲を使って障害物とし、遠隔魔力攻撃を防ぐ。
千切れ飛ぶ渦巻き雲を突破し片足跳び蹴りを放つ進。
その前に現れるは真空色の変身体。
寿が翼を一振りするだけで彼は勢いを殺されくるりと引っ繰り返される。
転んだような彼に向かって政十と寿が切っ先を突き出す。
が、魔力爆破によって丸まりながら回転し飛んで行く進。
離れた岸に着地し構え直す。
寿小染の魔法は、「守護」の力を元にする継承魔法である。
健康を守る桃、財産、つまり禄を守る鹿、子宝を守る鶴。
この三つのモチーフを一つにした魔法であり、人によっては眷属召喚という形で発現する事もある。
治療要員であると同時に、自分以外の何かを守る時にも真価を発揮。
対象の健康、財産、子宝を害する物を、問答無用で弾き返す力を与えられる。
彼女の背後に味方が居れば、不落の防御力を発揮する城壁。
NポジションとRポジションのどちらでも活きる優秀な能力だが、寿に関してはとある理由で、N起用が殆どだった。
彼女が立っている限り、極辷に攻撃を当てられない。
魔力を後ろに迂回させようと、今はその動きも見られている。雲などによって防御を刺し込まれて止められてしまう。
それでもカミザススムなら、時間さえあれば方法を探し当てただろう。
しかしその前に、来宣の補助を受けた極辷の、演算が終了した。
進が政十に接近。
が、掴んだ所で逃がさぬよう拘束できたりはしない。
手の甲を上向けパーにした指を交差させ、格子模様を作った極辷の完全詠唱。
「“酔いどれ水先案内”…!」
変身の直前、政十は再度、進を横切る抜刀。
それは魔力と、ケーブルを巻き付けた右前腕で防がれる。
スタート地点が分かっているのだから、軌道予測などわけもない。
けれどこれで政十はメキリ探知困難な海に
——?
刀を止めた進、その左掌が、政十の右肘の内に添えられていた。
内側?
そっちは外だ。
どういう状態なのか?
肘関節が、180°以上開いている。
「なぁああっ!?」
光景の理解と、200点強減ったポイント。
それらに加速された事で、痛みが認識に追い着いた。
いつの間にか、刀身が腋に固定されていた。
伸びきった腕を、肘部分を魔力爆破で押しながら、更に外に開かされたのだ。
「今のあなたを『そのまま』データ化する魔法」
進の右脚が下から迫る。
政十は雲と左の向こう脛で防御。
「しかも、発動には煩雑な手続きだか計算だかが、必要みたいですね」
そこから右側面を更に押されて、左斜め下へ体幹を崩し落とされる。
「じゃあ、『今のあなた』の“形”が変わったら、どうなりますか?」
間接が外れ、装備や骨の一部が砕かれ、
データとして取り込むべき、元の物体の情報が変質。
一部演算のし直し。
魔法効果発動までが遅延。
彼らが乗る黒雲が魔力に吹かれ削り減っていく。
その下には、鉄砲水とでも言うべき暴流。
落ちれば二人共、纏めて流されてしまう。
極辷の回収可能圏外まで。
「ぐ、のぉお……っ!」
刀離せば相手の右腕が自由になってしまう。
だが斬り上げようとしても、折れた腕で力比べに勝てるわけがない。
だからそちらはどうにもできない。
かと言って左腕は身体を支えるのに使っている。
そして進の左手が何度も政十の右肩を打って、アーマーを端から破砕しつつ立ち上がるのも形状情報が定まるのも許さない!
『テンマ!』
「来るな!」
今彼を助ける為に、3人がこちらに来ると、大事故が起こり得る。
進が撃った魔法がより近くで、そして急角度で回り込む形になり、目で追うという行為の難易度が上昇。全部を完全に処理出来るか、分からなくなってしまうから。
かと言って誰か一人か二人だけで援護に来たとして、来宣か極辷のどちらかが無防備になり、進か、間に合った明胤パーティーの誰かに襲撃される。
腹を括った。
いいや、
最初から、政十の家から逃げぬと決めた日から、そんなもの幾らでも括り上げていた。
「これが一番、“安全”や」
来宣なら意図を読む。
彼はそう確信して、この一帯を除いた空から雲を引かせ、その分で浮いた魔力で避雷宝棒を生やす。
彼らが取っ組み合っている所より、上流地点に当たる場所だ。
「何を…っ!?」
進が不自然な魔力の流れに気付いた。
が、政十が両脚でがっちりと彼の体に組み付き、更に周囲を黒雲で囲い、数秒の間その場から動けなくした。
「シマコぉッ!」
大きく2回掻き撫でられる五弦!
『やって!』
「“萬雷”ァァァ!」
宝棒に突き刺さる雷電!
激しく弾かれる楽演!
簡易詠唱直前で消された足場の曇雲!
二人は混流に叩きつけられ、そこに電撃が通過!
進は爆水流に呑まれ、政十は残しておいた雲で左手を挟みその場にぶら下がる!
「悪いなぁ、日魅在君」
来宣志摩子の能力を言い表すのに、水中での音の伝達、という言葉は狭過ぎる。
厳密に言えば、液体振動操作を基礎とした、それを媒介とする事象の伝達と増幅の自在化。
噛み砕くなら、水の振動を操り、それを伝わる温度、音、電気を手中に収める能力である。
「ほな、さいなら」
彼ら4人は、波の下に消えた。
空から雨雲が去り、
束の間、穏やかな濁り空が戻る。
文字通り、嵐の前の静けさだったが。




