340.何故かと言えば、食べたがったからだ part2
それは、潜行者である事を辞めた、あの部員達や教師の話だ。
彼らがどういった戦いを経験してきたか、此云慈の目から見た物語を事細かに。
相変わらず、こちらの都合なんて意に介さない勝手な女だと、彼女はそう思った。
上流階級というのは、自分の興味の為に、傷ついた後輩達の気持ちなど、平気で無視して掘り返せるのかと。
それでも此云慈は話した。
どうしてかは分からないけど、話したかった。
かつて隣に並び、軽口を叩き合い、出し抜き合って、モンスターを倒し、一進一退の模擬戦を経て、着実に強くなっていった。
そう、彼らは強かった。
否、自分達の力で、強くなったのだ。
敵として何度も相手にしていた彼女には、それが分かる。
ようやく、自分が理解出来た。
彼女は、怖がっていたのだ。
彼らが功を焦ったのは、自分と競い合っていたからじゃないか。
打倒明胤、登頂丹本一という、高い目標を掲げ合ったせいじゃないのか。
彼らの強さは彼女が一番よく知っている。その努力を、一番近くで見て来たのだから。
退いた教師だって、いつか超えるべきと思いながら、その強さの背後にある月日や苦難を、彼女は尊敬していたのだった。
彼女が急かした事で、多くの潜行者生命を、それも社会にとって大きな利益を与えただろう物まで含めて、終わらせてしまったのではないか。
違う、そんな事じゃない。
もっと小さくて、シンプルな話だ。
彼らの頑張りを、彼女という存在が、溝に捨てさせてしまったんじゃないか。
それが怖かった。
悲しくて悲しくて、
深く深く、骨まで到るくらいの悲しみがあって、
涙に溶かして流し減らそうとしても、到底償い切れないくらい重たくて、
それを直視するのが、恐ろしかった。
そんな物があると認めれば、それは質量を得て、落ちて来る。
それを避けてはいけないのだと、
彼女はそう思っていたのだ。
堰を切ったように喋る彼女の話に、来宣は黙って耳を傾けていた。
一字一句逃すまいとでもするように、スマートフォンで録音しながら、手元のメモ帳にペンを走らせていた。
彼女の中で言葉が飽和し、口からだけでなく目からも溢れ出てしまった時は、黙ってハンカチを渡してくれた。
「琵琶を始めたのは、軍記物語が好きだったから」
落ち着いてから、何故来宣がそれを書き記そうとするのか、訊いた彼女への返事がそれだった。
「勝った人が讃えられるのは、当然、当たり前で、そしてそうあるべきだと思う。何かを勝ち取るには、相応の過程が必要で、それが褒められないのは良くない」
「だけど」、
だけれども、
「負けた人、途中で挫折した人、最後の最後で失敗した人。そういう人達に何も残らないのは、誰も彼らを認めないのは、切ないなって、遣る瀬無いなって思う」
彼女は悲劇が好きだと言った。
それは誤り、仕損じ、躓き、頽れ、力尽きて倒れてしまった人々を、
その人々の話を語る物だから。
「彼らが諦めてしまったとして、それまでの積み木細工がガラガラ崩れるっていうのは、おかしいって思うのよ。信用は無くなる時一瞬だって言うけど、そんなの変だって思ってしまうの。
だって、事実は消えないでしょう?負けたからって、歴史から追い出されたりしないでしょう?あった事はあった事でしょう?だったら、負けても辞めても捨てようとしても、犯した罪が無くならないのと同じように、積んだ研鑽は無かった事にならない」
頑張ったからって勝ちにはならない。
だが、勝てなかったからって頑張っていなかったわけではない。
彼らは彼らなりに、全力で、魅力的に生きていた。
その結果負けたとして、その生き様が不十分だったと、そう言い切れる者がどれだけいるか。
「スベ君……極辷君はさ、能力が微妙に使いにくくて、それプラス本人が充分な強さに至れなくてね?明胤の中等部まで行ったけど一度挫折して、天上で伝馬先生と一緒に、また別の戦い方を編み出そうと苦心してる。
水鏡君は、大好きな叔父さんを奪った海を、自分は乗り熟すんだって言って、どんな大波にも負けない漁師を目指してる。魔法能力も、叔父さんが元になってるんだって。
一つの負けから、本人だったり、周囲だったりに、行動力って言う燃料が伝播してる。それは偶然もあるかもしれない。けど、そこに積み重ねが、力を持った何かがあったからなんだって、私はそう思っていたい」
消えていない。
なくなってなんかいない。
無意味な物など、何一つこの世にない。
出来事の集合が世界を作り、世界の堆積が歴史を作る。
今の世の形は、過去によって作られている。
つまり、少しの勝利と、それに伴う無数の敗北と滅亡と、その全てによって。
この世に生まれた物は、起こった事は、宇宙が消滅する時まで、決して死なない。
「『失敗』とか『敗北』とか『挫折』とか、その一言で済まされた背後に、何かが残ってる。それを証明して、声高に掲げて、みんなに見せて、誰にも無駄なんて言わせない。そういうのに憧れたから、私は物語を紡いでる」
物語は遺された意思となり、魔法のような力になる。
負けの背後に堆く積まれた物が、より直接的に世界に触れる、その助けとなる事が彼女の望み。
敗者にも大きな力を与えたいのなら、出来る事は一つ、知らしめるのだ。
「でも、ここまで言っといてそもそも論になるけど、負けちゃったり、死んじゃったり、そういう悲しい事が無いって、それに越した事はないからさ」
だから来宣は、此云慈にこう言う。
「迂闊な事して、死なないでよ?あなたには期待してるんだから」
此云慈契はその後、戦い方を大きく変える事になった。
自分を中心とした編成を組むのでなく、飽くまで自身を一つのパーツとして使い、全体に寄与する立ち回りが目立つようになった。
滅私奉公的なやり方だが、彼女に不満は見られなかった。
どれだけ地味な裏方であっても、見逃さずに認めてくれる人が居る。その理想論に確信があるかのように。
表向きには知られていない事だが、3年生になった彼女の許に、政十家からの使者が送り込まれていた。
他企業や他国との暗闘や、緊急時の対応等、彼らが即座に使える手駒として用意された部隊、“十影”。その候補生にならないかという打診だった。
「先輩が推薦してくれたんですかぁ~?」
「私がコネとか後輩贔屓で、テンマの大事な部隊に介入するわけないでしょ?考えたら分かる事じゃない、おバカちゃん」
「ムッカぁ~!」
「あなたの実力よ。よく頑張ってたから、それが報われただけ。おめでとう、シウちゃん」
元はと言えば、一つの浅ましさから始まった。
「お腹一杯食べたい」、
その煩悩が、二人を引き合わせたのだ。




