339:作戦その2……だったもの part1
「さっきの手が見事決まって、そいでも日魅在君が落とせん場合も………」
政十は自分の言葉の不条理さに、アシンメトリーな形で眉を歪める。
「自分で言うておいてあれなんやが、それあり得るんやろか?」
「笑止千万、と、称したき所。然し」
「事実を並べるとギャグコピペみたいな功績集が出来上がる、それがカミザススムだゼ?」
「考えておいた方が宜しいと、私からもそう進言します」
「せやな」
常識で掛かるのはご法度。相手はあの“歩く奇跡”だ。
呼吸を主要な源とする「人間の」戦士が、水の塊である鯨の胃に収まって、どうやって脱出するのかは知らないが、とにかくそうなった時を仮定する。
「言うても基本は変わらんわな。ワシと志摩子が後衛、此云慈君と寿君が前衛。水鏡君は真ん中立って、鯨使うて全体のカバー。極辷君は外から見つからんよう明胤さん達の残りから離れる。こんな所や」
此云慈は進本人との相性は悪いが、しかし壁役としては充分に機能する。
彼が彼女に少しでも手間取れば、そこを変身した寿が突ける。
更に後衛には政十と来宣という豪華布陣。
水鏡の合いの手も混ざるので、流石のカミザススムと雖も勝ち切る事は出来ない。
そして天上高校は、政十、来宣、極辷の3人が残っていれば、一方的な遠隔攻撃が可能となる。
カミザススムを他5人から引き離し、6人全員と相対させる。そのパターンに持ち込めた時点で、大局の勝利も含めて揺らぎようがない。
「一対多において、緻密な魔力探知に没入するのは、逆に己の首を絞めかねない行為……」
「そうなれば脅威度はZさん未満や。ワシらでも充分手の届く高さやな。まあ、やらんやろ」
とすれば、魔力でブーストされたフィジカルエリートでしかない相手を、魔法能力と武技によって封じてやればいいだけ。
「スタンダードに、ワシが雲を置いて囲む、寿君と水鏡君がそれ使うてやりたい放題する、此云慈君はなるたけ魔力弾をナイナイする、志摩子はいつも通り、そんな感じやな。逆に言うたら、それ以上細かく決めとったら、本番動きが硬くなってまうわ」
「色んな状況を受け入れられるよう、練習あるのみ、ですかぁ~」
「情報漏洩防止の為に、このメンバー以外を使っての訓練が出来ないというのが、少し不安が残る所ではありますね……」
「しゃーなしや、ゴーストさん達に今回もご協力頂くしかあらへん」
こうして彼らは、対カミザススムの擂り潰し作戦を準備していた。
しかしそれら皮算用は、企画倒れと言っていい。
「向こうの波、派手に抑えようとすると、それだけで位置がバレると思う」
「志摩子だけやのうて、ワシも入らなあかんか」
極辷の魔法への反撃手段確立が、予想の倍早かった。
進に粘られたら、彼らの位置が露出する事で、内外から挟圧される。
では外から殴られるのに構わず、全員の力を結集して、招いた客の顔面を手早く凸凹にしてやり、5対6になってから外に対処するか?
あの空飛ぶ小型機を追って、振り回されてまで?
駄目だ。
追い掛けっこでは進に分がある。
捉えるだけで苦心して、倒し切れずに時間だけが過ぎる。
そして外からの干渉を無効化し切れず、極辷の魔法空間から燻し出され、変身が解けてから正面至近での6対6が開始。
そうなるのは明らかだった。
リソースの無駄、優位からの降板。上手いやり方とは言えない。
進を押さえつつ、外部に反撃の一打を加え、タイムリミットを後ろ倒すのと対手に被害を出すのと、同時並行的に行う、その欲張りプランの方に未来がある。
そこまでを3秒で思考した政十は決断する。
「寿君!ワシは外に注力する!こっちの援護は片手間になるわ!志摩子は完全に外部攻撃要員に組み込むさかい、指一本分もそっちに構えん!ええな!」
〈お任せあれ!〉
今パーティー最強の直接攻撃力、寿小染が長刀を構えて承った。
此云慈と水鏡は覚悟を決める。
これで戦力差が、3.3対1程度に縮む。
確実に勝てるわけではなくなった。
死が近い場所で戦う事を日常とし、務めとしてこの場に立つ彼らにとって、その不確定性が持つ意味は大きい。
勝てるかどうか分からない戦いは、死ぬかもしれない賭けと同じ。
確実に遂行すべき任の中で、本来やってはいけないもの。
ここから先は、禁忌の時間だ。
ひゅ、ぅぅぅううう………!
一陣、
吹き鳴った。
「風、風だ…!」
〈来ました!〉
翼で前へ気流を起こし飛び退る寿。
彼女が立っていた場所、船首部から船底まで届き得る爆閃裂壊!
「ひゅ、おおおぉぉぉ…っ!」
空間を擦るつむじ風の中心が、そこに着地、否、着弾した。
「ひゅ、ぅぅぅううう…っ!」
深級ダンジョン深層と比そうと遜色ない緊張が張り詰める。
6人全員、今居る立ち位置に縫い付けられた。
「政十さん。聞いときたいんですけど」
風が、人の言葉で語り掛ける。
「甲都だとこういう時、何て言うんです?『ドつくぞ』、とかですか?」
政十は再度、詠唱姿勢を取り、鼻で笑いながら教えてやった。
「『いてこましたる』、や」
「なるへそ、勉強になります」
進が左手を前に構えた。
小さな黒雲がそれを取り巻く。
ドンドンゴロゴロゴロドンドン
ドドンゴロゴロドンゴロドン
雷鳴にも鼓にも聞こえる拍が、放電と共に気を叩く。
「ひゅ、」
風向きが、
「おおおぉぉぉ…っ!」
変わる。




