338:作戦その1 part1
「日魅在君を倒す手として、一番簡単なんが、水鏡君と極辷君のコンボや」
天上高校、第一視聴覚室。
伝馬立ち合いのもと、六福シフトの構成員のみによる打ち合わせ。
「水鏡君の魔法、“鯨付き寄り神回し”。水溜まりがあれば、それを元に作ったカツオを釣り上げる。漁獲量、もとい、召喚数は液体積の大きさや流れの強さに左右され、一定数を超えると合体して鯨を作れる、いうけったいな能力や」
波や急流といった、自然発生する力を借りて、何かを為す事を主眼にしたもの。
水鏡家の継承魔法である。
「条件はキツい。やけど、鉄砲水みたいな急な圧力を生じさせ、更に水場の規模や形態によって威力の上限が青天井。釣った魚を別の水溜まりまで引っ張って合流させ、良さげな場所に流して勢いを増させ、言うお膳立てをしてやれば高威力攻撃成立。魔力の押し合いで勝てる相手やったら、敵体内の水分をカツオに変えて引き出してやる事も可能や。
ピーキーなだけでごっつうやっとる効果やで。砂漠にでも行かん限り弱いって事は無いわな」
「恐悦至極」
さして喜ぶ事も恥じ入る事もなく、水鏡は淡々と評価を受け入れる。
「日魅在君の事やから、直接脱水しようとしても弾かれるやろう。それが出来るくらい追い詰める為にどうすんのか、言うんが今問題になっとるわけやし」
「そうね。まず針を打ち込めるかが分かんないし」
来宣が頷いて先を促す。
「やから、逆のやり方でとっちめたる」
「『逆』、『逆』か……。鯨となった水塊に閉じ込め、溺死させる、という事だな……?」
「言い方が剣呑過ぎるけども、まあそういう事や」
鯨の肚の中に入れ、押し潰す。
幾ら嵐を呼べるとは言っても、人一人を沈める事の出来る深みが作れるか、それは別の話。それを解決するのが水鏡の魔法だ。
「ですけどぉ~、そもそもあのカミザススムに、鯨を当てるのが難しいですよねぇ~?」
「彼一人と戦っているのではありませんし、彼が囚われた瞬間から、他のメンバーが全力で救出しようとしてきます」
「その通りや。そこで、もう一つ魔法を混ぜ込んで、回避も救助も不可能な攻撃を作らなあかん。それが——」
「俺の“酔いどれ水先案内”、という事か……」
「せや!」、
政十は満足気にホワイトボードをノックする。
「極辷君の魔法、“酔いどれ水先案内”。液体内に情報保存能力を持ったナノ粒子群を溶かし、水辺にネットワーク空間を構築、任意の対象をデータ化してインストールする………あー………早い話が、液状化変身魔法やな。これの便利な所は、変身した者でないと入れん領域を作った後に、誰を入れるか、誰を入れんか、それをある程度こっちで選べる、っちゅー事や」
そして魔法空間に入った変身体達は、外部からの認識を阻害される。
特に敵意を持てば持つほど、意識が戦闘状態の中にあるほど、
水溜まりの中の海が、そこに浮かぶ船が、霞が掛かったように直視出来なくなる。
味方全員をそこに乗せて、輸送する事も可能。
6人全員でソッと忍び寄り、ワッと襲い掛かりパッと逃げる。
そして“敵”からは追われない。
立ち位置の有利不利など無い。
陣取りの概念が、戦いから消失する。
「日魅在君は魔力で防御するやろうが、その魔力の層ごと鯨に呑ませ、纏めて情報に変換するんや」
魔力による改変への抵抗すらも、「そういう情報的エネルギー」として能力に取り込んでしまう。一部残存に成功したとして、その部分は本体から引き剥がされる事になるだろう。
それは進も避けたい。彼単体では治療手段を持たないのだから。
となると、自ら丸ごと引き込まれるしかなくなる。
「日魅在君の全力なら、ワシらを見つけられるかもしれん。やけども、」
「あの状態は本人にも負担が掛かり、初っ端からガンガン使えるもんじゃねえ、って事か」
伝馬の答えに対し、何度も大袈裟に頷く政十。
「せやせやせっや。そしてぇ?」
「その状態に移行するのにも、相応の時間が掛かる、ですね?」
「せやそうやそいやっ!ほんで、これまでの観察と寿君のインタビューから、日魅在君が使っとる技術、その中枢をワシらは理解しとる」
「呼吸系利用に依る魔素魔力高速大量循環」
「襲われてから気を尖らせようとしても、もう遅いって事ね」
「気付いたら鯨のお腹の中じゃあ、普通に息するのもムリですからねぇ~」
カミザススムを止める方法。
その呼吸ペースを乱す事。
水に沈めるのは最適解の一つだ。
詠唱さえ出来れば魔法は発動する通常のディーパーと違い、継続的なエネルギー運用が切れればすぐにでも破綻するという弱点。
カミザススムが、他から明確に劣っている点である。
「残るは、どういうドッキリやったら、日魅在君に水鏡君の鯨を当てられるか、言う所や」
「誰かが水鏡の糸を引っ張って、本人に巻き付けてやるしかないゼ?勿論、魔力反応装甲を一部でも剥がした上で、その部分を狙って、だ」
「そこについては、ある程度危険を冒さなければいけないでしょう?」
寿が挙手する。
「単なる武道で言えば、この中で最も秀でているのが私です。これ以上の適任は、私を措いて他にありません」
「こう見えて、Nですから」、
控え目な言い分にそぐわない自信と共に、彼女は奇襲の尖刃を請け負った。
「捕まえたで…?日魅在君……!」
腹積もり通り、一本釣り。
犠牲者もなく、相互破壊は発生せず。
これで順調に5対6。
「水鏡君、止めはきっちり頼むで?」
「問題発生」
仮想空間を泳いでいた鯨の背が暴発。
内部から何かが突き上がる。
「うっそぉ~………?」
「………水鏡君、一応聞くんやが、あれ、鯨の潮吹きだったりは——」
「全面否定」
「——しないわなあ………」
最初の手は、それで破綻が確定した。
「ど、どうやったわけ……?」
「恐らく詠訵君のリボンやな。ギリ残っとったあれの端が水から酸素を漉し取り、僅かな時間だけ日魅在君の呼吸を助け、そこから反撃に繋がった、いうことやろうけども……」
にしても猶予は数秒な筈だ。
あの少年が鯨の腹を脱したと言う事は、その間に魔力効力の増大と、魔法眷属への攻撃、破壊、その場から水面への浮上に必要なエネルギーの調達、その全てを行った事を意味している。
数秒あれば、あの大きさの眷属を、殺せると言うのだ。
「溺れるんもデカブツに襲われるんも、慣れとるみたいな速さやな。適応能力が高過ぎるわ。ワシら怪獣でも相手にしとるんか?」
こうなった以上あと十数秒後には、魔力爆破でこちらに飛来しているだろう。
「まあええ、助けは来ん、ワシら相手に逆転勝利はさせへん。水鏡君!あのちんまい猿に大漁をお見舞いしてやりぃや!ここでゆっくり1v6を」「テンマ!ちょっといい?」「こちらも至急だ……!」
聞きたくなかったが、そういうわけにも行くまい。
「……外やな?どないした?」
「この感じ、たぶん辺泥さんね」
「慎重にやり過ぎた…!閉じ込められたぞ…!」
靄に覆われた空から、石ころ一つがポチャリと落ちて、
水面に波紋が広がっていく。




