336.激突の時は来た!
「っしゃあ!ドンピシャや!」
枝申大運動場、第1模擬戦闘用ホールの選手控室にて。
対面でのオープンロール宣言時から、ずっと皮膚一枚の内側に閉じ込めていた喜色を、政十はとうとう爆発させた。
壁に掛けられたスクリーンには、編成内容が映し出されている。
彼が言った「当たり」とは、まさにそれの話である。
水鏡三上 P 日魅在進
寿小染 N 辺泥・リム・旭
政十天万 B 狩狼六実
此云慈契 R ニークト=悟迅・ルカイオス
極辷猩星 Q 六本木天辺
来宣志摩子 K くれぷすきゅ~る
オープンロールで許されているのは、ロールを一度入れ替える事のみ。ベンチのメンバーとの入れ替えについて、宣言後は一切許されない。
いざメンバーを発表し合ったら、相性が最悪な人選になってしまったり、という事も普通に起こる。
そこの読みや情報収集、そして運。それらも含めて「ディーパーの能力」とされる。
試合がBO1で決着するというルールと共に、“競技”の中にも色濃く残された、実戦の手触り、色合い、香りだ。
ギャンバーをもっと軟化させ、死の臭いを消してスポーツ化しよう、という向きもある。特にエンタメ界隈が無ければ、大部分のディーパーが追い出しの対象となっている、先進国社会の数々から、そういう圧が掛かるのだ。
が、丹本国内に限って言えば、運動はあまり影響力を持てていない。
人は興味がある物にしか金を払わない。だから仕方なく、最低限娯楽として見れるよう、場を整えて行っている。
けれど本来は、「一度きりしかないチャンスの中で、どこまで準備ができて、どこまで出し切れるか」、それを問う高レベルな演習なのだ。
無論、スポーツに命を懸ける人間も居る。しかし全体の切羽詰まった緊張感は、失われてしまう。
ディーパー社会脱却を目指すならいざ知らず、丹本がそれを容認出来るわけがない。
魔学・潜行分野で発言権を持つ丹本がその調子なので、ギャンバーは殺伐としているのが常識のままであり、それが逆に集客にプラスになっていたりする。
潜行配信が流行るのと同じで、「見目麗しい殺し合い」という物に、人は頗る弱いのである。
話を戻せば、政十が「来る」と見ていたメンバー全員、「来る」事が間違いなく確定していた。
山は大当たり。
彼らの蒔いた種、その最初の一つが芽吹いたのだ。
「六本木さんのQ起用はどう思う?」
「ハッタリやろなあ。ワシらが川を使うて来る事は、どないなアホでも分かっとる事や。それは当然、ワシらの陣地から伸びて来る物だと見んのが自然」
「機動性が特別優れているわけでもない彼女は、こちらから出来る限り遠ざけるのが鉄板だ……。防御方法が無いでもないが、重いリソース消費が伴う……」
「まぁ~、詠訵さんと入れ替えで、ってなるでしょうねぇ~」
「至極同意見」
「後は………」
寿が一度大きく息を吸い込み、
「後は、勝つだけ、ですね」
苦戦しながらもそう吐き出した。
力が入った彼女を見る機会は、そう何度も無い。
だけれど、誰もそれを嘲笑しなかった。
皆が同じようなものだったから。
だから顔を見合わせて、獰猛に歯を見せ笑い合う。
それぞれが装備の最終チェックを行い、悠々と待機スペースにまで進んだ。
職員からの合図。
あと1分程で会場。
「円陣でも組もうかしら?」
「良いですねぇ~それぇ~」
「やるか……」
「縁起は担いどくに限るわ」
「鼓舞後士気高揚」
「仕方ありません。お付き合いします」
全員が肩を組み、頭を突き合うくらい近くする。
「見えん奴がナンボのもんじゃい!こちとら深級のZさんで、そういうの相手は鍛えられて慣れっこなんや!軟弱な丁都モン共に甲都育ちの過酷さ見せたらあっ!ええなっ!」
「「「「「応っ!」」」」」
「天上ぇっ!!」
「「「「「応っ!」」」」」
「天下ぇっ!!」
「「「「「応っ!」」」」」
「唯我ぁっ!!」
「「「「「応っ!」」」」」
「独尊っ!!!」
「「「「「オオオオオオオッ!!!」」」」」
「っしゃ!行くで!!」
ゲート上のランプが青色に点灯し、階段が解放される。
足取りに闘志を滲ませて、彼らが登ったその先には、
「なんや、」
紅葉や針葉樹、首無し地蔵が並ぶ中、
所狭しと入り組んだ寺院群。
斜面や崖も多く、背の高い竹藪もあり、塀は無いのに遮られている。
「ある意味ワシらのホームやないか」
広く視界が悪い山寺のような場所に立ち、政十は何か、「流れ」とでも言うべき風が、背中から押し抜けて行くのを感じた。
それぞれが決められた位置につかされる。
カウントダウンは正常に進んでいる。
これがゼロになるまでに問題が起こらなければ、そのままここは戦場になる。
「ああ、あかんな」
指抜きグローブの填まり心地を確かめながら、政十はひとりごちる。
「これはあかん。楽しみ過ぎる」
どうしてか、彼は今を謳歌していた。
お務めであると言うのに、彼は2ヶ月前から今日まで、一時も苦痛を感じていなかった。
相手が倒せそうにないと分かれば分かるほど、彼は増々《ますます》張り切っていた。
「やっぱ男は、自分より強いモンと戦ってこそやな」
どうやって倒すか。
どうやって勝つか。
そういう困難を考え、答えを出せた時の高揚。
必要な公式を忘れた証明問題で、自力で道筋を見つけた時のような。
「分かった」と閃くその刺激。
「出来た」と叫ぶあの爽快感。
詰まった喉がスッと通る瞬間。
彼が一番好きな物。
ブザーが鳴った。
——日魅在君
——君はワシに、
——どんな問題を出してくれるんや?
彼は即座に完全詠唱を開始した。




