331:ぜ、全然効いてないしぃ…? part2
「きゃ…っ!私ったら、初対面でいきなりはしたない…!ごめんなさい、忘れて下さいね?」
「え、あ、はい、うん、忘れる忘れる、うん、忘れた、今忘れた」
陪審員が判事に「忘れろ」と言われた事で、弁護士の誘導尋問で引き出された返答をより強く記憶してしまうように、先程の彼女からの「攻撃」は、寧ろ彼により深く刺さり込んでしまった。
『いやはよ本題に入らんかい!』
『どう考えても要らない手順挟んでんだろコラ!』
『ブキちゃーん?目的忘れてないかな?』
『いひひひぃ~!この人マジぃ~?面白いくらい引っ掛かってますぅ~!』
おっといけない、と、寿は内心で舌を出す。
危うくこのまま勘違いさせて連絡先交換してからWIREをブロックするまで、フルコースを味わわせてしまう所だった。
今やりたいのはそっちではない。
幸い趣味に走った事の副次効果として、進の脳は中身を守る頭蓋ごと、ふにゃふにゃにふやかされている状態だ。これなら二つ三つ聞き出す程度、朝飯の用意より早く済むだろう。
「そう言えば、ススムさんに前々から、お聞きしてみたかった事があったんでした」
「ふへぇ…っ?あ、お、おほん、そ、そうなんだ。俺が答えられる事なら、何でも聞いてよ」
まずは、
「ススムさんって、ダンジョンの中だと、どれくらい小さな物まで分かるんですか?」
「う、うーん、条件によると言うか……」
「それじゃあ、深級ダンジョンの中だったら、どうです?」
「深級で?」
「はい、直近で潜っていたんですよね?」
「そ、そうだね。だけど、」
「もしかして、魔力や魔素の他にも条件があるんですか?詠唱のように」
「そ、そうそう、そんな感じ」
「それは、結構重いものなんでしょうか?何と言いますか、日頃の配信を拝見した限りですと、呼吸を深くする以外には、何も特別な事をしていないようにお見受けしてしまうんですが……」
「ああ、あれは、魔素の循環量とか効率とかを上げるっていうのと、情報処理の為に集中する為って言う二つの理由があるんだ」
「集中、ですか?」
武勇伝を是非聞いてみたい、という男にとって都合の良過ぎる態度で、寿は身を乗り出す。
この角度なら、大きな瞳が店の照明を最大限反射して、星空のように見えてくれている事だろう。
「物事を広く細かく見て、それぞれ別々で動かそうとすると、どうしてもちょちょいのちょい、ってわけにはいかなくて……」
「そんな中、あれだけのパフォーマンスを発揮されているんですね…!凄いです…!」
「た、確かに普通の技術ではないけど、そこまで突出してるわけでもないよ?本当に強い人達と比べたら、まだまだ、って感じで……」
嬉しさを誤魔化す為の無意味な謙遜モードに入った。良い傾向だ。この状態の人間は、口が発泡スチロールよりも軽くなる。
「一番深く集中したら、どれくらいの広さで、どれだけ小さい物までご覧になれるんですか?」
「そ、そうだな~……?鋭敏過ぎて動きにくくなる所までいけば……、ちょっと距離感は分かんないけど、大きさで言えば、赤血球を一個一個分けて感じ取れるくらい、かな……?」
「すごぉい……!」
ここで身に染み付いている筈の敬語を抜かす事によって、人生最大級の「思わず」感を演出する。
勿論、顔への血流を強め、うっとりした恋慕に染まる紅顔を作る事も忘れない。
『もうお前は女優になれ…。今直ぐデビュー出来るぞ…』
何か言っている極辷に一片の注意も移さず、次に彼女は相手を慮る慈母に変ずる。
「けれど、それだけ詳細に世界が見えてしまうのは、何だかお辛そうです……。歩きにくくなる、とも仰っていましたが……」
「そーなの。痛いしうるさいし目は回るしで、普通に歩くのでさえ一苦労で……」
「まあ……。そんな状態、すぐには入り込めないでしょうし、長く続けるのも大変でしょう?」
「分かる?やり過ぎると気を失うんで、いきなりその技を発動してから戦う、ってわけにもいかないんだよね」
調子に乗って腕を組み、玄人のような顔で頷く回数を微増させ始める進。
「実際の所、どれだけ——」
『あ、あれ…?み、皆さん!まずいですぅ~!』
『え!?何でここに!?』
『偶然って事には……いや真っ直ぐ来てんな!ロックオン済みだゼこりゃあ!』
『予測不能理解不明瞭』
『言うとる場合か!寿君!撤収や!作戦中止!そこから離れるんや!』
『駄目だ…!接触は避けられない…!既に階段に差し掛かっている…!来るぞ…!』
『ブキちゃんごめん!多分見つかってる!ちょっと面倒になるかも!』
問題発生。
その仔細は分からないが、このボーナスタイムはもう二度と訪れないと、彼女の勘がそう言っていた。
ならばギリギリまで漁網を引き上げるのみ!
「こ、コトホギさん…?」
不穏な気配を感じ取った進を見て、
「ススムさん、教えて欲しいんです」
「うん?え、うん!?」
寿は彼の隣に移り、相手の左手に右手を重ね、肩の上にコテンと頭を預け、
その水溶性の理性に再びの型崩れを起こさせ、そして聞いた。
「あなたの集中って、気絶するまでに」
「あれぇ?ススム君、何やってるの?」
寿はその時、魔法による攻撃をされているのかと、本気で錯覚した。
「痛ッ」
進の手を握り潰しそうなくらい、力が入っていた。
多分、筋肉のリミッターが、外れていた。
魔力使用までに至らなかったのは、運が良かったと言うしかない。
灯りが吹き消え、
肌が凍り付く。
それがすぐ横に立つだけで、たった一言口にしただけで、
その場がまるで、禁忌を破って迷い込んでしまった、神域の内側になったみたいに。
「なん、で……?」
寿が握った手から、滝のような汗が搾り出される。
それがどちらの体内から出たのか、どっちが出した声なのか、誰にも分からなかった。
そんな様を見て、新たに店に入って来た笑顔の少女は、ますます瞳の黒点を広く、夜を昏くする。
「奇遇だね、ススム君」
「そうだね、うん、オハヨ、なんて」
「アハハ、それ、私の真似?もう『こんばんは』の時間だよ?ウフフ…、ススム君ったら、可笑しいんだ……!」
「あ、ははは…」
「アハ、アハハハハ…」
「はははははははは…!」
「で?何してるの?」
寿は死線を視覚し、
進は死を確信した。




