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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十三章:まずは国内!目指せ世界一!

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331:ぜ、全然効いてないしぃ…? part1

 とある喫茶店。

 落ち着いた音楽、シックな色合いの店内、ウォルナット調のテーブル。

 駅前通りに面した大きなガラス窓の際で、二人の男女が向かい合って座っていた。

 進は室内でも帽子とサングラスはそのままで、紅茶を飲む為にマスクだけを外している状態だ。


「じゃあやっぱり、()()()()さんもディーパーなんですね」

「ほんの嗜み程度です。ススムさんと比べてしまうと、お恥ずかしい限りです……」

「それで俺の名前を……でも良く分かりましたね?変装してたのに」

「日頃から配信を拝見させて頂いておりますから、お声や雰囲気などで……」

「成程……」


 一部嘘である。

 確かに進の配信映像を見ているが、漏魔症が戦う方法が本当にあるのなら、知っておかなければならないという、上流階級の義務感が半分。

 もう半分は今回の務めに際して、彼の戦い方をより詳しく知る為に、連日アーカイブをお浚いしていたという理由からだ。

 長いスパンで見れば、そう頻繁に視聴していたわけではないし、事前に変装を知らなければ、普通にスルーするくらいの興味しかない。


「ところで、コトホギって苗字、なんか聞いた事あるような気がするんですけど、人違いですかね……?」

「実は、それなりの名家の血が入っておりまして……。と言っても、私や私の両親自体は、そんなに凄くは無いんですよ?ただ本家の名に権威がある、というだけなんです。ススムさんはつい先月まで、甲都に遠征にいらしてたんですよね?」

「はい、2週間くらい……」

「その時にきっと、耳にでも挟んだんですよ」

「ああ~、確かに言われてみれば、そうかもしれません……」


 偽名はあまり自分から離しても、会話中に反応出来なくなるなど、不自然さを見せてしまう事が懸念された為、響きはそのままに僅かに変えるだけで済ませた。

 明胤学園なら天上パーティーメンバーの名簿くらい、警戒対象として回しているだろう。実際、進は記憶に引っ掛かりを感じていたが、それ以上の深掘りはせずに終わった。


「コトホギさんは——」

「あの、ススムさん?」


 信頼構築はある程度進んでいる。


「同い歳なんですし、敬語を解いて頂けると、嬉しいです」


 だからそろそろ、次の段へ上がる。


「そ…!んな事言ったって……。って言うか、コトホギさんも、そうじゃないですか」

「私のこれは、習癖しゅうへきみたいなものです。家族に対してもこうですから。けれど、ススムさんは違いますよね?」

「………それも、配信知識ですか?」

「ええ、それはもう。ススムさんたら、しょっちゅう言葉が崩れるじゃありませんか」

「……わかりまし……分かったよ……」


 出会って30分程。

 友達のような距離感にまで詰める事に成功。


「ありがとうございます」

「やっぱなんか、俺だけ変えるのズルい……」

「ええ、私、結構我儘なんです」

「い、良いんだけどね……?」

 

 彼女はそこで、自らの目で相手の視線を虜にしながら、左手をそっとテーブルの上に出し、まず中指と人差し指で同時に、それから中指のみで2回、音が出ないようにそっと叩いた。


『サインだ……!』

『なんて?』

『今のは…、目標が想定よりチョロかった時の符牒やね』

『それ要りますぅ~?』

『順風満帆』

『男を転がさせたら右に出る者はいないね』

『よ!天上あまのうえ一のサークラ!天下一の悪女!』


 好き放題囃し立てているオーディエンスは、帰ってからしっかり型に嵌めてやるとして、今は目の前の獲物からはらわたを引き出す作業に集中する。

 

「ススムさんって、お強いですよね」

「そ、んな事も……は、流石に嘘になるなあ…。ディーパーだし、強いかと聞かれたら、強い方だと自負はあるって言うか。って調子乗っといて、まだマイナスランクから抜けれてないのが、どうもダメな所なんだけど……」

「そんな事ありません。あれはWDAの見る目が無いだけです。私はススムさんの頑張りを知っていますから、そう言い切れます!」

「そう、かな……?」

「ふふふ、ススムさん、まるで褒められ慣れてないみたいに見えます。ススナーさん方から、沢山のお言葉を頂いているでしょうに」

「それはそうなんだけど、こう、面と向かって言われると、誰からでも嬉しいし、それに慣れる気配も無いって言うか……」

「何故でしょう?ご学友の方々から、毎日色んなお声を掛けられるでしょう?特に、毎日同じクラスで憧れのススムさんとお会い出来るなんて、私だったらもっと喜んでしまいそう」

「ああー……、ええっと……」


 そこで彼は何とも微妙な表情で、


「褒めてくれる人はちゃんと居るよ?うん。少なくとも友達のみんなは俺の事見てくれてるし。だけど、憧れられて、っとかは無いと思う」

「何故です?能力が高い水準なのは、火を見るよりも明らか……あっ…」


 そこで彼女は片手で開いた口を隠し、「しまった」とでも言いたげな顔を作った。


「も、申し訳ございません。聞かれたくない事ですよね……。不躾ぶしつけでした」

「ああ全然全然!俺の体質の事、聞いてくれていいって。最近はそれなりに、自分の中で折り合いが付きつつあるし、その話になったからって、嫌な気分になったりとかはないから」

「御心が広いんですね……」


 ここで眼差しに尊敬を一つまみまぶす。

 予想通り、嬉しそうに「困ったなあ……」などと、愚にも付かない反応を見せる少年に、簡単に掛かり過ぎて逆に手応えを感じられない少女。

 刀で豆腐を切り崩す気分だ。


「さっき助けて頂いた時、私、あなたが誰か分かって、とっても嬉しかったんです。ああ、この人は、カメラが無い場所でも、勇気を持てる方なんだ、って」

「か、過大評価だと思うけど……」

「きっと、人としての芯まで、本当にお強いのでしょう」

「そんなそんな、それこそ俺の方が無神経なだけだって。ミヨちゃ……えー、同級生の女の子にも、よく女ゴコロが分かってないって、注意されるくらいだし」

 

 と、ここで寿は急に、膝の上でもじもじと指を絡ませながら、黙りこくってしまう。


「あ、そのぉっ……?」

 何か地雷を踏んだかと焦る進に対して彼女は、

「あ、あの、これも我儘なお願いだと、お笑いになって欲しいのですけれど……」

「な、なんです?」

 緩和からの緊張によって、敬語に戻ってしまう進。

 何か自分の不備を思い知らされる事への備えとして、腹痛に耐えようとボディの前までガードを下げて、


「今は私と二人きりなんですから、他の女の子のお話はしないでください……。私、妬いちゃいます……」

 

 そう上目遣いで言われて、予想外の甘さをがら空きの顔面にストレートでぶつけられる。


 出会って間もない女性から、急に彼女にでもなったかのような発言をされるというのは、普通なら危機感を持つべき事象だ。


 しかし寿小染は、「普通」ではない。


 ほとんどの人間に好印象を与えるルックスと、上流階級特有の洗練された立ち居振る舞い、更には数々の純情を食い物にしてきた経験から来る、手練手管までもを備えている。


 例え電車で隣に座って、急に話し掛けただけだったとしても、拒める者はそうはいない。特にターゲットが男性であれば、尚更である。

 慎重に堀を埋め進む時間を与えられていれば、もう落城しない道理は無い。


 しかし、対する日魅在進もまた、「普通」ではない。


 漏魔症として迫害され、人の悪意に触れて来た事数知れず。

 中には救い主のような顔をして、罠へと手招きするような者も、少なくなかった。

 ギャンバーでの心理戦やダンジョンでの実戦経験を積み、更に様々な勢力から価値や有害性を見出され、騙し討たれ刺客を放たれ、生き馬の目を抜く暗躍の世界を切り抜けて来た男。


 それが彼である。

 

 百戦錬磨である彼は、姦計の徒である彼女の攻め手をしっかり受け止め、


「んひう…っ!?ぇえ……っ、とぉぉぉ~……?」

 

 声を震わせ阿保面を晒して陥落しかかっていた。

 少々下品な言い方をすれば、「即落ち」であった。

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