330:よし、決まっ……決まってない!? part1
『目標はA地点を通過した』
『現在時刻1810……。「門限」とやらにはまだある上に、上手く引き伸ばせば“うっかり”超過させる事も可能な按排だ……』
『適時』
『ブキちゃんのトーク力に掛かってるよ。ここから見守ってるから、頑張って!』
通話アプリを使って連携を取る天上パーティー。
その中でも特に人目を集めているのは、駅前広場に立っている寿だ。
『音声の最終確認だ……。寿、聞こえてたら髪を三回巻いて見せろ……』
ヒール高めのサンダル、深い青色をしったハイウエストスカートと、前や肩口がフリル状になっているノースリーブの白シャツ。薄い水色のスカーフに、白いリボン付きつば広帽子。小振りでレザー素材の肩掛け鞄も提げている。
右手で豊かな黒髪の毛先を弄び、構成要素に一切の穢れ無く佇んでいる様は、傍目から見る分には深窓の令嬢と見紛う事だろう。
いや、正確には、出自的に良い所の御令嬢である事は、合ってはいるのだ。そんな外付けの属性などどうでも良くなるほど、中身が些か強烈なだけで。
兎も角、今回の作戦は、自然さとタイミング、そして第一印象の良さが何より肝要。
そこを外す事は絶対に許されない。
そこから考えれば、「第一印象」は悠々クリアと言えるだろう。
『目標B地点通過ぁ~!予測到達時間残り1分30秒ぅ~!』
『ブキちゃん!準備は良い?いざという時のフォローはするからね?』
『気張っていけや寿君!』
『残り一分~!』
左耳、髪の下に隠したワイヤレスイヤホンから、その報告が上がった時点で、彼女はそろりと音も無く歩き始めた。
カミザススムは、潜行配信以外でほとんど学園外に出ない。
平日はいつもギリギリになるので、帰りはそそくさと慌ただしくなる。
配信予定を事前に告知している関係上、行きに関しても時間の余裕はあまり無い。
例外が、週末の配信帰り。
特に日付を跨げば平日になってしまう、日曜日。
少し余裕を持ってダンジョンを出る傾向にあると、事前の調査で判明している。
狙うなら、その時だ。
大人は動けない。
だが、生徒が丁都に「観光」に行くくらいの事、その全てを目くじら立てて監視する余裕は、向こうには無い。
ただでさえ公的潜行関係者は、最近多忙なのだ。
天上高校主力の一人であり、寿家の令嬢でもある彼女が動いたとしても、怪しむかもしれないが、探りを入れるには手が足りない。
唯一の懸念が、裏で丹本政府内に上がって来ている、「カミザススム常時護衛の提言」だが、未だ正式採用に到ったという報せは無い。おおかた総理派あたりが睨みを利かせ、黙殺させているのだと言う。
少年少女が私的且つ詩的に出会う、それを牽制出来る監視員など、彼の周囲には配置されていない。
魔力や魔法を使った不正なら、警戒される。
ならばそれを使わず、利を引き出すまで。
という事で、ハニートラップで情報を搾り取る、乃至、ボーイミーツガールを演出し「仲良く」なる作戦が決行された。
実行役に選ばれた、と言うよりほとんど自薦で任命されたのは、寿小染。
「お任せ下さい。殿方の御心を頂くのには、手慣れております」
という、心強いのか恐ろしいのかよく分からない事前インタビューを経て、いざ本番に臨んだのだった。
伝馬や政十は甲都から通話にのみ参加だが、他のメンバーは現地入りしてセッティングに協力中。
あと数十秒でカミザススムが駅から出て来る。
いつもと同じ道を通っているらしい事も、確認済みだ。
寿は儚げな憂いを孕んだ表情を浮かべ、きょろきょろと周囲を見回し始めた。
役に入ったようだ。
この状態で目標とぶつかり、方向音痴の振りをして道案内を頼む。
そして用事はすぐ終わるので、その後でお礼がしたいと引き止め、近くに「偶然」あった喫茶店に誘う。
後は会話を弾ませ、ポロっと何か言ってくれるも良し、時間を忘れさせ門限を破らせ、宿に招待する流れになっても良しだ。
因みに「宿」についてだが、既に実家が太い組の割り勘によって、丁都にホテルを押さえてある。家族旅行者という設定だ。抜かりはない。一足入ったが最後、「お父様とお母様、今日はお帰りにならないみたいなんです……」、という寸法だ。
寿のパーソナルスペース侵入スキルに全幅の信頼を置いている所が難点と言えば難点だが、入念な準備と行動予測に裏打ちされた、華麗なる篭絡計画、
『いいぞ…、衝突軌道に入った…』
『現速度を維持しつつ50m直進——』
「こんにちは。大丈夫ですか?お困りならご案内しましょうか?」
が、
一瞬で運用不良を顕在化させた。
『なんだぁ!?明胤の連中、既に護衛を配置してやがったか!?』
『いいえ、違うわ!こいつ……!』
「道をお探しですか、お嬢さん?お手伝いしますよ」
「あ、いえ、すいません。折角の御厚意ですが、ご遠慮させて頂きます。ご迷惑になりますから……」
「いえいえ迷惑だなんてそんな。あなたのようにお美しい人のお役に立てるなら、苦ではありませんよ」
『こいつナンパ師よ!民間の!』
『何処から湧いて来た…!見張りは何をしている…!』
『映像記録を見る限りはぁ~、水鏡先輩の担当区域から抜かれてますねぇ~』
『水鏡ィ!』
『陳謝陳述五体投地』
『言い訳は後や!はよ修正せんかい!』
爽やかな風と共に現れた、そこそこ見目が整った青年によって、企画がドミノめいて倒れていく、その音が彼らに這い寄って来ていた。
「ごめんなさい、人を待っていますので……」
「しかしどうやら、随分と心許なさそうにお見受けします。御連れの方が来るまででも、どうです?すぐそこでお茶でも。良い店を知っています」
「あの……」
「ほんの10分、いえ5分程度、暇潰しに僕を利用するのだと思ってください」
『ホストとかだったりしねえよなあ!?ウチの生徒に手を出しやがったら八つに千切って掘に流してやるゼ!』
『この作戦に賛同してる時点で、先生に怒る権利あんまり無いですよね?』
『ああーん!?』
『しかしまずいぞ…!最初から自身の欲の下に組み敷こうという気配が濃い…!押せば押すだけ可能性があると酒場で論じる類の人間だ…!』
『あかん…!チラチラ婀娜やら色やら見せて餌ぁ撒いて、相手を手玉に取る事を生き甲斐にしとる寿君が、いっちばん嫌っとるタイプや!手ぇ出されるより先に手ぇが出る!』
『お前ら、世間擦れし過ぎじゃないか?先生心配になって来たゼ?』
『時既に遅し』
『ブキちゃん!作戦は中止!今すぐ振り切って駅に逃げて!』
来宣の叫び空しく、
「まあ待ってください。最近は日も短く、この通り空も真っ暗です。お美しい方お一人で居るなんて不用心ですよ」
恭しい仕草で青年に手を取られ、寿は固まってしまう。
「怪しい店じゃありません。ほら、あそこに見えるでしょう?人通りの少ない場所に行こう、っていうんじゃあないんです。駅前から見える所まで、ほんの数分、一杯だけですよ。是非ともあなたとお話したい。一目見て運命を感じた、妖精のように可憐なあなたと」
「………」
違う、固まっているのではない。
付き合いの長い者達は、遠くから望遠鏡で覗く後ろ姿だけで、その背から昇竜のように上がる白煙を幻視した。
火が心頭に達している。
もっと俗っぽく言えば、「キレて」いる。
興味も無い男に進路を妨害されただけでなく、大事な計略も破壊され、しかも「欲の捌け口」として見る下心をヒシヒシ伝えられる不快感。
積もりに積もった憤懣が、彼女の肚奥を火薬庫に変え、内の温度が発火点まで上がり、今内から破裂して「や、ヤー、ゴメーン、マッター?」
その中に颯爽と、と言うにはどうにも締まらない、はっきりしない態度で入り、結果的にガス抜きとなった、キャップにサングラスにマスクという怪しい風体の少年は、誰あろう問題の日魅在進その人だった。




