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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十三章:まずは国内!目指せ世界一!

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329:ちょっと楽しそう

「あかん。見えん。見える気がせえへん」

「ごめん!魔素濃度上げてくれない?!」

「はー!こりゃスゲー!」

「もうちょっと、もうちょっと……!そこですっ!良いですよだぶりゅー型さん…!」

「ほんで自分はどの視点で見とんねん!」


 場所を移して、天上高校の第二模擬戦闘用アリーナである。

 照明を出来るだけ落とさせ、わざわざ持って来た観戦用テレビに映像を流し、全員で身を寄せ合いながら、穴が開く程画面に食い入っていた。


 彼らがわざわざこの場所に来てから鑑賞会を再開したのには、それはそれは深い理由がある。

 ニークトが速過ぎて見えないのだ。


 ガバカメの簡素なフレームレートと、貧弱な画質、ブレブレなカメラワーク。

 そして明胤生側からの希望によって、一部プライバシーに配慮したカット編集。


 上記のせいで、コマ送りだと間が飛び過ぎて、生きた動きとして感覚的に捉えられない。

 仕方が無いから魔素がある場所で、魔力による視力の全般的強化を行って、等速で見る事で無理矢理流れを補完しようと考えた。

 だが何度見返しても、一向に目が追い着く気配が無かった。


「ガバカメのエコノミー画質とは言え……、ちょっとここまで見にくいのは、中々無いわね……」

「不愉快千万、不可解蔓延」

「恐らくこれは…意識の問題だな……」

「って言うと、どういう事ですかぁ~?」


 他の面々が抱いた疑問に、極辷が自説を披露する。


「俺達肉食習慣のある生物は、木々の間に隠れて獲物を待ち伏せていた……。その為に、枝葉で一部隠れている相手を見て、欠けた部分を補完する、という習性が」「いやそこは分かりますからぁ~!それが何なんですかぁ~?」


 此云慈の横槍によって、端正な眉間に皺を寄せるも、すぐに氷のような無表情に戻って続ける。


「補完能力は、動作にも適用される……。右に等速直線運動をしている物体が、途中で遮蔽の向こうに見えた時、追っていた視線は速度をそのままに、その壁の途切れ目まで動かされるだろう……」

「フレームレートが低くても、その能力で見れるようになっとるわけやが……、今回に限ってはそれが通用せん、言う事やね……」

「フレームとフレームの合間、その僅かな隙に、もうワンアクション、何かしら挟まれている……。それが速度や軌道と言った、次フレームの結果に、ほんの僅かだが予測とのズレを生む……。見事な使い手だ…。ただはやいだけではこうはいかん……」

「感心してる場合ですかぁ~?」


 見えない敵を見ようとする進化的技能が、逆に足を引っ張る結果となっている。

 ただ素早く動いているのではない。

 彼は空中で何かしている。

 いや、空中だけでなく——


「その前」

「どうしたの?ブキちゃん?」

「地面から跳び上がる時です」


 狼が地に着き、モンスターの攻撃範囲に入る、その危機チャンスを重点的に見ていた寿が、それを指摘する。


「来た方にそのまま跳ね返る、というわけでもありません。角度を変えて、力の入れ方を変えて、敵の配置を確認しながら、瞬時に熟考して軌道を修正しています」


 だがその時、彼の速度は、


「変わりがない、いいえ、時には増しているようにすら、思えてしまいます」

「確かに、単なる身体能力強化の延長、って言うには変な動きだって思ってたけど、それはあるかもね。着地してからスムーズに走り出したり、体の向きを反転させたり、そういう動きを挟んでるのに、足が離れる度に速くなってるみたい」

「そこまでおかしな話でもねえゼ?強化は何も、肉体の剛性に関してだけじゃねえってのは、結構最初らへんで教えただろ?魔力による衝撃吸収で、人体の発条ばね的な柔軟性を増す事も、また重要な技能だって」


 伝馬が言うのは、身体強化の基本である。

 筋肉を固くするだけでは動けなくなり、骨を固くするだけでは打撃が内臓を減衰無しで揺らす事になる。肉や骨が鉄板になれば、それで人間が強くなるかと言えば、そうではないどころか逆に脆くなる面もある。

 時に柔らかさ、しなやかさといった、「上手に受け止める」力が必要なのだ。


 身体強化は無意識にそれを行っており、その魔力配分を意識的に変える際、靭性の事を忘れて重大事故に繋がる、というのは低ランクディーパーの“あるある”ネタ。

 

「肉体の強度や構造をその場で最適に組み替えて、着地時の衝撃を殺して、時には利用する形で加速してる、ってな感じで考えれば、筋が通る話ではあるゼ」

「そうでしょうか…?そうだとしても、もっと全身を使う素振りがあっても、良いような気がします。一端を捉えただけというのを承知で、印象のお話をさせて頂きますと、彼は足をちょっと捻った程度で、無理な挙動を為しているように見えるのです」


 そういった不自然から生まれるズレが、彼らの意識を振り切っている。


「どう思う、テンマ?」

「せやなあ………どうにも、材料が足らん、言うか——」


「詠唱」


 水鏡が一言呟いた。


「音量上昇要求。此奴こやつの詠唱聞取(ききとり)所望」

 

 映像が問題のシーンまで巻き戻され、投げ上げられたニークトが狼に変身する直前から再生される。

 スピーカーまで使って音量最大で流されたのだが……


「雑音と戦闘音で聞こえない!」

「まあ当たり前っちゃそう」

「シッ……!ちょっと黙ってて……!」


 得られる情報量の少なさに嘆く周囲を黙らせ、来宣が耳に手を当て髪を掻き上げ目を瞑ってじっと集中へと沈む。聴覚の敏感さに関して言えば、このメンバーの中でも随一なのが彼女だ。


「ニク……ニュクティ……フィフティ……?たぶん、そう言ってる……?」

「籠められた意味は……物語は、聴き取れるか……?」

「流石に同じ空気の中で、直接聞いたとかじゃないと、詠唱の意味までは知覚できないけど……」

「けど?」

「取り敢えず8区切れ、普通に8文字詠唱らしいのは、なんとなく分かった。あとは、どこか誇らしそう?」

「流石、地獄閻魔()順風耳じゅんぷうじ

「頼りになるぅ!流石はあたしの生徒だゼ!ケツの青い中坊とは大違い!」

「それって私の事言ってますぅ~?」

「それで、何か思いついた?」


 聞かれた政十は跳ねるように飛び退く事でその場の密集を一度抜け、より広く動ける場所に移動。

 そこで右に左に、行っては引き返し、

 腕を組んで首をコキコキ鳴らしながら、ウロウロと彷徨い始めた。


「ニュクティ……ニークト……ルカイオス……いやでも意味的に……いやそれは人それぞれって言うんやったら……でも狼だし……でもルカイオスやし……なら開き直って……やとしてプラスって言えるんやったら……何かと何かが半分で……いやでも……」


 と、自信無さげにコソコソボソボソモゴモゴと早口で分析していたが、


「お!あ!!」


 突然前方45°上方辺りに視線を固定して感嘆の声を上げ、


「閃いたで!神様仏様カミナリ様が落ちよった!」


 そう言って全員に向き直り親指を立てた。


「要はコレ、ルカイオスさんトコの魔法だって思うてたのが良くなかったんや!」

「?どういうことですかぁ~?」

「詠唱の文言から“ルカイオス”の名前が消えとる!あの家の物語で通過点扱いされとった、“狼”を全力で出して来たゆー事や!」

「?」

「見た目が狼で止まっている、不完全なルカイオス継承魔法でなく、この男にとってはこの形態が完全だと、そういう事か……?」

「そうや極辷君!その通りや!その身体能力は神話的人物に到る過程やない!狼人間いう結論によって手に入れた物や!」

「『狼という結論』……!」

「あなぁるほどなあ…!」

「???つまりぃ~?」

「つまりや!」


 政十は両手を広げ、広大な自然を連想させる。


「狼が野山を駈けるトコを想像してみい!必要なもんは何や!」

「狼が走る時……?」

「食肉目足裏無毛部分。通称“蹠球しょきゅう”、もとい“肉球”」

「肉球?ああ~ぷにぷにしてて可愛いですよねぇ~?」

「そういう事ですか……!」

「え???どういう事ですかぁ~?」


 何故か納得している周囲に置いて行かれそうになり、少し焦って質問する此云慈。


「つまりですね?彼らがそこらを走り回るのに、肉球というのは欠かせない器官なんです。あの部分があるだけで、踏み込みや蹴り跳ぶ際の衝撃を緩和して足腰への負担を軽減し、鋭利な物で足裏が傷つけられる危険性をも抑止する事が出来ます」


 肉球はクッションであり、靴底。

 安全で快適な道ばかりを選んでいられず、時には砂利や茨の中にも飛び込まなければならない自然界の中で、その部位を獲得した捕食者達は、素早い身の熟しという特典を手に入れたのだ。


「衝撃の相殺にしろ、方向転換にしろ、使ってるのは足裏だけ。その部分の特性を魔法効果として引き出す事で、蹴った時思いのままの方向に加速するような反発力を得てる、って事ね」

「足裏が小っちゃくて角度が自由なトランポリンみたいになってる、ってことですかぁ~?」

「ま、まあ、細かい事を置いとけば、そう思って良いんじゃない?」

「すっごぉ~い!政十先輩、よく分かりましたねぇ~?」

「せやろせやろ!」


 鼻の高さを何処までも付け上がらせる政十。

 だがそれも無理はない。

 この情報一つで、敵方の最大級の戦力に、つけ入る隙が見えた。


「楽園がどうのカミサマがこうの言う、ルカイオスの魔法やったら、どう対処するかは暗中模索やったけどな」

「デカくて賢い狼として対処すればいいってこった。喜べお前ら!対ニークトプラン策定に目途が立ったゼ!」


 そう、神話から来る正体不明の敵ではなく、より限定的な概念が背景である事が発覚した為、「分からない」という最悪な状態を脱せたのだ。

 かなり大きな前進と言えるだろう。


「よっしゃ、これで——」


 これで、


「日魅在君クラスの問題が一つ、ちょいマシになったで!」

「………このレベルが複数居るんだから、気が遠くなる話よね………」

「いや、カミザススムに関して言えば、これ以上の可能性もある……」

 

 極辷の懸念は、決して単なる慎重論や悲観的視野ではなかった。


「深級Z(ゼロ)型……。奴一人の能力であれを倒す術など、果たして思い付ける者が居るのか……?」


 しかし、証拠がそれを指し示しているのだから、仕方が無い。

 或いは、彼を最初に発見したという、詠訵三四が偽りを述べているのやもしれないが、


「そうでなかった場合、乃ち、日魅在進君が真に、“御怨恩オン・ノン・アイオン(ゼロ)型を超える人外にんがいであった場合に、私達は備えなければなりません」

「寿君の言う通りや。ワシら普通にやっても、6人であれに勝つんは無理や」


 彼が五十妹と政十からの聞き取りに対し答えた内容は、確度の高い真実と見るべきだ。

 そしてそれによると、魔力で義手を作りZ型の糸を探知し、ナイフで挟み切ったとされている。

 どういう事なのか、もっと分かるように言って欲しいという問い合わせには、意味が分からない事が起こった、という回答が返される。


「言ってる通りだとしたら、普通に頭おかしいですよこの人ぉ~」

「もっと詳しい参考資料とか無いの?」

「今ん所は、本人のチャンネルの配信映像と、丁都大会の映像くらいやなあ」

「ざっと目を通したが、遠征以前と以降で、特段異常な変化は見られなかった……」

「死ぬような目に遭わないと使って来ない、かあ……」

「大会でも使わないでいてくれればいいのにぃ~」

「詮無い事(なり)


 彼らが考えるキーワードは、“魔力探知”だ。

 カミザススムの魔力操作精度が異常である事は、この業界では常識となって久しい。


 その少年について、より深く知る事が出来ないか。

 

 そう考えた彼らは、別のアプローチも試みる事にした。

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