断章その十:二つ目の「奇跡」 part2
リボンを2本伸ばしてW型に差し向ける。
奴はまた跳んだ。
今度は見えた。
脚部を紙バネのように折り畳んで、そこに実体を持たせ形を元に戻し、その時に伸びる運動を利用して地を蹴っている。
「そっかあ、そうやってたんだあ……フフフフフフ……」
私は奴と同じようにリボンの一つを折り曲げて、小さく纏める。
片目をウィンクみたいに閉じて、伸ばした右手で作ったキツネサイン、その耳の間で狙いをつけて、
「紺」
効力を解放。
瞬時に最大長まで伸びたリボンが、W型を貫いた。
黒と青のリボン。
「融合」と「癒し」を失った代わりに、それ以外に特化したもの。
「良くない物」を弾く力を高め、「絶対に拒絶してやる」って意思が宿った能力。
リボンが振るうのは、強い斥力。
今の攻撃も、リボンを圧縮してから斥力を持たせる事で、折り目が押し合い瞬時に伸ばされた。
そう、リボンの斥力を使うかどうかは、任意操作のまま。
そうすると例えば、こういう事が出来る。
リボンの先端部に宿る拒絶する力を、斜めにカットエンドされたライン上のみに限定集中させる。
圧力は狭いほどに破壊力が増す。
細い線状に掛かる物は、斬撃や刺突となる。
それでW型を貫通させた。
そして、リボンがそいつの背中側に出た後に、側面からの斥力を発生させて、
「紺。悶えて?」
傷口を横にバックリと開く。
W型の左脇腹辺りに長方形の穴が作られた。
この状態の私に、魔具は必要ない。
それ以上の防御、そして攻撃を、抵抗の無い小さなエネルギーで振るえるのだから。
W型は黒の向こうに退避。
他のモンスターにも離脱させる。
M型の矢と、G型のボールと、C型の角。
それらを使った「数撃って当てる」作戦に変更したらしい。
私の再びのガス欠を待ってるのだと思う。
目醒めたばかりの私の能力、その詳細が分かってないのも、仕方のない事だけど、
「それはちょっと、“浅い”かな……」
私のリボンは、「良くないもの」を弾く。
今の、何処までも欲望に正直な私にとって、「良くないもの」って何だろうか?
私の恋敵。
恋の障害。
その全て。
私の尻尾が嫌がっている方向に、それらが居る。
敵の強さは、邪魔さと同義。
リボンの反応で、大体の配置が分かる。
「見ぃつけたあ」
リボン5本を畳み、放つ。
糸を渡って右に跳び逃げたW型だったけど、私は命中コースの1本を広く囲むようにして、四点にリボンを撃っている。それらの間隔を掴むように狭めて、W型を捕らえた。
体に巻き付いたそれを剥がそうとしても、反撥されて手が出せない。丁度さっきの私と、同じような目を味わっている。
5本全部で捕まえたら、まともに動く事も出来なくなって、L型の符も届かなくなった。
それを引き寄せる。
私の邪魔をしたんだから、状況の是正に出来るだけでも協力するべきだ。
そいつを私の周りで振り回す。
そいつが何処に居るのが一番嫌なのか?
それを測る。
そいつに一番居て欲しくない所は、私と彼の再会に、一番邪魔な場所。
つまりその先に、彼が居る。
矢も角も球もW型を掴んだ5本で払いながら、私はリボンから伝わる感覚に集中して、
「あ、そっちかぁ♡」
彼を見つけた。
「じゃああなた、もういらないや」
エッジ部分の斥力を増し、締め付ける力も強める。
W型はなんだか抵抗したいようだったけど、端の方からビリビリに引き裂かれてしまったから、ジタバタさせる手足を失っていた。
仕上げに頭を包み潰して、それで終わり。
「晴れたよ。怨みも悩みも」
私はリボンで残りの小物を片手間に刻みながら、彼が待っている方へと歩き出す。
この力は、私の狭量さ。
私の中のエゴ。
そして、私の覚悟。
私はススム君と結ばれる。
地獄の底まで一緒に居る。
赤ちゃんとかも欲しい。
沢山の方法で愛を証明したい。
世界に刻み残したい。
ススム君自身すら、私の癖に利用する。
だから、
邪魔者は全部、私が私自身の手で消す。
それ以外の一切の機能が、この魔法からは削ぎ落とされている。
だから軽いし、強い。
そして、
もしカンナちゃんが、
彼の師である事を超え、唯一の座を横取りしようって言うのなら——
——私があなたを殺す。
例え相手が何であっても、
私は諦めない。
偏熱によってこの身が灰になるまで、
戦い続けてやる。
モンスターを片付け終わって、進行方向の鏡を破壊した先に、彼は横たわっていた。
私は一度詠唱を解いて、白いリボンの方で彼を治療する。
左腕が切られていて、しかもその先が何処にも見当たらない。
失われたパーツを復元するのは、私では無理だ。
地上まで連れて行かないと。
近くに落ちていた高純度のコアを回収してから、小柄で持ち上げやすい彼の体を、陶器のように丁重に抱え上げて、
視線を感じて左後ろを見上げる。
建物の上に腰掛ける、色が死滅したみたいなモノクロの中から、
薄明の如き橙が、私達を見下ろしていた。
(((成りましたか)))
満足そうに言って、甲都のお菓子を口に入れてる。
(分かってたの?私が自分の欲を見つけるって)
(((さて)))
彼女はそこから飛び降りて、
次の瞬間眼前から覗き込んでいた。
(((もしそうなれば、もっと面白くなると、そう思っていただけです)))
「楽しくなりますね」、
底知れない慈悲なのか、
天上知らずの悪意なのか、
今はまだ分からない。
だけど、
(負けないから)
(((ええ、そうしてください)))
「期待していますよ?」、
外核みたいなドロついた情欲を味見して、
彼女は悦愛するように微笑んだ。
やっぱり私は、カンナちゃんが嫌いではない。
いつか倒すべき敵だってだけで。
だから、これからもよろしくね?




