断章その9:深層からの刺客 part2
魔力と魔法の関係性を、単純化して考えてみる。
例えば貯蔵出来る魔力の総量を100として、完全詠唱に必要な初期投資がその内50だと仮定する。
魔法に籠めた50は、魔法を維持していれば当たり前に目減りしていって、0になると魔法効果が完全に無効化される。
そして成立させ続ける限り、魔法は自動的に使ってない魔力を吸っていく。
貯蔵魔力の中に、魔法成立用の「枠」が設定される、そう思えば分かりやすい。
残った50の内、身体強化を恒常的に回す為に必要な枠が20くらいだとすると、使ってない30の枠内に生じた魔力を、魔法側に順次補充し続ける事で、効果を維持する事になる。
魔法に籠めた50が減っている間に補充せず40貯めて、魔法の効果切れと共に、別で用意してた10と合わせて連続完全詠唱、みたいな事は出来ないのだ。
少なくとも、出来た人は伝説上にしか存在しない。
魔素濃度が高いダンジョンであれば、30を使い切るより、30以上が補充されるペースを維持出来るから、滅多に魔力切れが起きない。
ただし何事にも例外はある。
例えば燃費面が最悪な私とか。
一般的に、発揮させる効果が多い程、魔力消費は大きくなる。
多機能な私の魔法は、簡易詠唱でもそこそこ出費が重い。
更に完全詠唱、“九狐旧亙倶苦窮涸”は、言ってしまえば簡易詠唱をそのまま強めた能力。全体の防護力を上げる衣装も身に纏い、複数のリボンと併せて運用。
簡易詠唱の時は、私の体に開いた穴のうち、4つまでに出口を限定する事で、魔力使用を抑えている。
完全詠唱ではそれを全開放。
九つの魔学的孔を使った最大出力稼働。
元の貯蔵量が多いとは言っても、そして深級ダンジョン内だと言っても、流れ出る口が広くて、敵の攻撃が苛烈だから維持費も嵩んで、その状態では明らかに支出が収入を上回り、時間制限付きの使用にならざるを得ない。
一人で戦ってる以上、一度使ったなら勝たないといけない。
身体強化だけで彼らから生き残るなんて、ススム君には出来ても私には無理だ。
でもこのまま嬲られて、気付いたら何も出来なくなって死んじゃうより、私は自分が用意した博打を選びたい。
だから、この詠唱で決め切るんだ!
「こん!」
リボン5本でボールを押し返しつつ2本でF型と矢を止めて、残った2本を別々の方向に伸ばす!
1本はW型の符に撃ち落とされるけど、もう1本は壁を掴んだ!
脱出!そして壁と融合した部分を支点にして振り子運動で前へ!大攻勢!
L型からの符を到達させないようにすれば、集中攻撃で特定の1体を狩るくらいは出来る!
だったら狙うは当然W型!あなたしかいないでしょ!
四つの魔具全てを攻撃モードにして、私の魔力で作ったエネルギー刃を形成させる。
W型は全体のブレイン役を担う為に、この夜めいた景色の中で、どうしても私が見える範囲、つまり一番近い所に立ってなきゃいけなかった。
それでも私が動けなかったら、そこはまだ安全だった。私のリボンがそこまで伸びても、スピードもパワーも足りてなかっただろうから。
でもここまで近付けば、全然有効射程距離内!
ペラ紙になっても逃さない!挟み切っておしまいだから!
魔具4個を使ったXを書くような交叉斬撃!
W型の身長が少し縮む。
潜って躱そうって事?でも下から掬い上げる私の2本の方が速い!
チョキンって——
「?」
明確な空振り。
私の攻撃の先に、W型は居なかった。
緋色の残像が、鮮やかな帯のように上から垂らされる。
私はそれを目で追って、より高い所から見下ろす、狐頭と目が合った。
「どうやって?」
無駄な質問をした私に、
返されたのは答えでなく、報い。
左袖から伸びた糸が引っ張って来たのは、柄の入った唐衣と大きな白紙。
その裏から楕円の歯列がニョキリと生え伸びた。
V型。
紙状態だったそれを手繰り寄せ、私の頭上で質量を獲得させたのだ。
F型が複数体でそれを上から押し込んで来る。
私はその下から逃れようとする。
伸ばしたリボンがどれも、糸を通された針のような物にぶつかられる。
W型の符を丸めて作られた針。
この使い方で、複数同時に発射出来る事を、今まで隠されていた。
魔具4個全てを使って落下攻撃を押し留めようとする。
その間に四方に残りのリボンを再度展開。
糸の表面にL型の符が張られ、それの作る魔力壁でまたもリボンが徹せない。
リボンの解呪効果を使う。
障壁が薄くなった所に向けて純粋魔力爆破での体当たり。
まだ破れない。
生臭い歯並びが落ちて来る。
力負けして倒され、背中が接地し、下へ逃れるのが限界になる。
すぐに受け身で押し立って、また体当たり。
リボンの効果で薄められた場所に、L型が符を継ぎ足して補う。
破れない。
一部を地に着けたV型が、自らの意思で呑み込もうとする。
歯がズラズラと蠢いて、魔具を喉奥へと掻き込もうとしている。
「うわああああああああ!!」
リボン5本を使った解呪と身体強化を全開にした体当たりでようやく外に出る。
魔具はV型にバキバキと噛み砕かれ、サルベージ不能になってしまった。
助かった。そう思った私の前に、G型が居た。
V型はその内側に、何体かG型を隠している。
それを思い出した時には、既に穂先のような脚で蹴られていた。
リボンを使って守るしかない。
ボールも飛んで来た。
跳ね返した事でリボン2本が砕けた。
それらを再構築できる魔力はもう無い。
ボールのパスワークは続いている。
L型の符が作る壁も経由して、より複雑な挙動に。
備えられない。
左肩に命中し衣装を削り取られた。
W型の符。
リボンが縦に鋏を入れられたように別たれる。
F型とM型による上からの攻め手。
V型が起き上がって一方を塞いでしまう。
リボンをG型の1体に融合させ、頭部をむしり取る。
そこに開いた穴から包囲を脱しようとして、
尖った棒のようなもの2本が突っ込んで来た。
リボン4本で防御。
2本が消える。
それを放ったのは、大牛、C型だ。
それだけの戦力をここまでずっと、投入せずに隠し持っていたのか。
私がモンスターの賢さに感心した所で、もう手遅れ。
危険な気配を感じてリボン2本を防御に回したけれど、魔力の残量的にも敵対してる相手の強さ的にも、防備として不足していた。
私の首回りを、符が巻きつけられた緋色の縄のようなものが巡り、即絞められて引っ張り上げられた。
「やめ…っ!」
〈ろろろろろろろろろろぉぉぉぉ〉
残りのリボンも使って抵抗しようとする私に、F型とM型が攻撃を仕掛け、魔力を削る。
縄がリボンの力場に食い込み、直に触れようと狭まっていく。
ジリジリバリバリ、削り掘りながら首を目指す。
リボンを巻いた手でそれを掴んでも、抵抗しようと糸に損傷を与えるだけで、ローカルが発動して符の威力が強くなる。
そして縄はとうとう、ボディースーツ越しに私に触れて——
「あ…!くぁ……!」
引かれるに従って、足が浮いてしまう。
爪先を伸ばして地面に触れようとバタつかせ、引っ掻く事も出来ない。
気道も血管も、ぺったりと平らに潰されてしまう。
届かない。
足が届かない。
彼に届かない。
彼が行ってしまう。
私だって出来るって、そう言いたくて、
私は、
私は、なに?
何がしたかったのかな?
そんな事も分からないで、戦場に潜ったのだから、
きっとこうなるのが、お似合いな終わり方。
身の程知らずが一人吊られて、
めでたしめでたし。




