断章その6:あー、“見つかっちゃった”か
「深級の深層に、漏魔症が一人で放り出される」。
リテラシーの無い人を釣る為の、嘘や誇張だと思われるような、
ううん、エイプリルフールでネタとして言ってみるような、
そのレベルの椿事。
深級の8層なんて、出回ってる情報も少ないから、そういうので稼いでる人達も群がって来る。
注目度は、彼のチャンネル史上最高。いや、同接数万人単位は、トップクラスの配信者でないと出せないような数字。星の数ほどいるTooTuberの中でも、頂上付近に位置する人達の伸び方だった。
彼が生きていた。
だけどそれが知れた時、帰って来れない事が確定してるような、どん底みたいな状況に居た。
上げて、また落として、やっぱり揺さぶられる私だったけど、頭の何処かに根拠無く確信してる部位があった。
ああ、この人達、
今からニシン君の、ススム君のリスナーになるんだ。
生還への道筋すら見えてない中で、
彼が人気になる事だけは、完璧に理解った。
そして彼は、私の期待の遥か上を行った。
『がんばって!』
『すごいよ!』
見つかったら終わりの8層を進み、
『やった!』
一度C型から攻撃されるも切り抜け、
『やったああああああああああ』
7層への到達まで成し遂げた。
『そこから出て!』
『いちかばちか入り口側のv型を突破して!』
『はやく!』
でもD型から逃げれなかった時は、私でも駄目かって思った。
だけどモンスターが、何故かまだ育ち切ってない弱い状態で、
『上から降ってきてた!』
『地面に魔法陣を設置して魔力を流したからローカルの範囲内扱いされたかのかな?バフ乗ってる?』
『おねがい!』
彼は、ススム君は、それを相手に次々と妙手を打って、
『万事解決ですよ』
ずっと私に聞かせてくれていた決めゼリフで、最高にカッコよく〆た。
“爬い廃”まで来て、閉鎖に立ち往生していた私は、その時思わず天に向かってキツネサインを掲げ、ガッツポーズしてしまった。周囲も同じ放送を見てる人ばかりでなければ、身バレしてたかも。
その後からも、怒涛の展開だった。
何故かA型が7層まで登って来てて、
ススム君が抵抗空しく死にそうになって、
ダンジョンの入り口を押し通ろうとした時、更に正体不明な、息を呑むような美しさを持った、人?モンスター?が現れて、
映像が途切れる最後の瞬間まで、彼の冒険に熱中していた。
彼の生存が絶望的、そう言われていた時も、今度は信じる事が出来た。
彼は生きている。
私達の所に帰って来る。
必ず表舞台に戻って来る。
そしてその通りに、彼は「奇跡の生存」を果たして、
インフルエンサーの仲間入りをした。
それでもまだ、彼の継続的なコンテンツ供給能力に、疑問を持つ人達の方が多かった。
私はそこを、あんまり心配してなかった。
有名になってから来たミーハーは、認識が浅い。家庭用ビニールプールみたいな、ちゃぷちゃぷした浅瀬に居て、海より深い彼の魅力を知ろうなんて。
彼らと違って、私はしっかり知っている。
ススム君が、どれだけ頑張って来たか。
あの深級配信は、危ない目に遭ったけれども、神様がくれたご褒美みたいなものだ。私と違って、勇気を持って行動し続けた彼だからこそ、報われたのだ。そんな彼なら、このチャンスだって、きっとものにする。
私は腕を組んで、訳知り顔で頷いていれば良い。
だけど、私もまた浅かった。
彼の伝説は、そこがピークじゃなかった。
そこからがむしろ始まりだったのだ!
漏魔症なのに「魔力が使えるようになった」と言い出し、
一度躓いたかと思えば「身体強化を習得する」なんて宣言して、
数あるコメントの中からアドバイスをピックアップして私のニューロンを焼き切り、
中級ダンジョンのソロ攻略を有言実行した。
快進撃と言うか、歴史を作ってるレベル。
だけど特に、私の心の根を止めかけたのは、明胤が彼に編入試験の案内を送った事実だ。
彼が言っていた受験時期からして、私と同じ歳。
つまり、同じ学年。
もしかしたら、クラスが一緒になる事も………
——そ、そんな…!
——そんな、入眠間際にする妄想みたいな…!
——都合の良い事が現実にあって良いの…!?!??!
彼からその話が語られた時、私は勉強机に突っ伏してしまった。
高等部編入となると、天に届くような高いハードルを超えなければならない。
普通は無理だ。
普通でなくとも無理だ。
これが可能だって考える人なんて、何処にもいない。
私も、信じられない。
挑戦するのが、日進月歩チャンネルのカミザススムでなければ。
——私も、
——今度こそ…!
もう変わるのが怖いとか言ってられない。
事はその段階を過ぎた。
変わらなければならない。
彼の方から私に会いに来てくれる。
踏み出せない私の為に、彼が私へと踏み込んでくれている。
私だって、それに応えなきゃ、嘘だ。
私の気持ちも行動も、嘘になってしまう。
勝手にススム君の気持ちを決めるような、良くない考え方だって分かってる。
偶然を好きなように並べて、こじつけただけだって。
でも、離せない。
野生が食事を欲するみたいに、理性が喉から手を伸ばす。
私の持つ何一つも、“運命”を止める事は出来なかった。
ススム君が、私と同規模くらいのファンを、集めて来てくれた。
「同級生」というリアルでの接点を、不自然にならない言い訳を用意してくれた。
私が、私だけが勇気を出せば、二人のコラボは現実的なラインに落とし込める。
炎上がなんだ、迷惑がどうした、それら全部、自分の力で解決するって、それくらい言い切れ。
まず必要なのは、「しつけ」と「整理」だ。
「ヨミトモ」である事を盾にすれば、私に言う事を聞かせられると思っている、一部の過激なリスナー達。彼らにやんわりと注意をしつつ、従わないなら見捨てる事を明言する。
私は彼らに性を売ったつもりも、貞操を誓ったつもりもない。
私は私の出来る範囲で、彼らを不快にしない。どうしても合わないならそれまで、何も言わずに去って欲しい。
それらを言い訳のしようもなく理解させる。
「知名度上昇」を理由に、コメント上の禁止事項やブロックなどの措置も、より厳格化する。
ススム君の存在に暴徒化しそうな層を、先んじて他のヨミトモと敵対させ、いざとなればみんなで押え込ませる。
そこからは、「訓練」と「軍備増強」。
衣装に凝ったり、戦い方や所属パーティー、ダンジョンのバリエーションを拡げたりして、コンテンツの質を上げる。
リスナー数を更に増やしつつ、排他的な空気は許さない。触れやすい配信者へ、自分を作り替える。
「同じ明胤生になるかも」と、ススム君への興味を言及し、視聴側に耐性をつけさせる。
配信に迷惑な人間が紛れ込んでも、触れずに通報とブロックして、ポジティブなコメントで押し流す事を都度徹底させる。
攻撃を全て笑い話にして無力化し、私の強さを味方に見せる事で、簡単には落ちない城だと信を寄せる人間を増やす。
けれどやるのは防御まで。誰かや特定集団をターゲットにした攻撃はしない。ネガティブを自分から作る事はご法度。振り回し過ぎると、武器の切れ味は落ちる。
そこまでやっても統制し切れない末端は生まれるし、調べもしない外野はある事ない事言うだろうが、もう知ったこっちゃない。
彼は“本物”だ。そこらの嫉妬や無根拠から来る悪口程度、歯牙にもかけないだろう。
少しばかり周到だったり、目に余る程にしつこいようなら、私が、私とそのファンのみんなが相手だ。
腫瘍は切除しつつ戦力を増強し、アンチの放火を鉄の城壁で消沈させる。
戦争だ。
戦争してやる。
私とススム君の輝かしい学園ライフを、顔も知らない無象なんかに邪魔させるものか。
まだ彼の合否が分からない頃から、私は当然のようにお迎えの準備を進めた。
そこには迷いは無かった。
そして彼は、いつだって私の期待を叶えてくれる。
高等部課程から、彼が同じ学園に通う事になった。
乱舞して、疲れ果てて、ヘトヘトになって椅子に倒れ込んで、
配信が終わって、PCの電源を落とした時、
真っ黒な画面から、肉食獣にも似た、
脂ぎった眼光に刺された。
——私を見ながらセクハラコメントを打ってた人達も、
——こんな顔してたのかな?
きっと同じ。
ごめんね。
私も「そっち側」だった。
「良い子」で居るのはやめる。
彼らと違って正しいから、幸せになる権利がある、なんて、傲慢だった。
私は気持ち悪いネトスト女だ。
でも、普通よりちょっと狡猾。
だから“推し”を不快にさせずに、
私の望みを満たして見せる。




